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帰り道はみんなで④ 珈琲かすの活用法

追いかけてくる魔物たちが一斉に通路に入ってくる。


店主は黄色いエプロンのポケットから小型のナイフをいくつか取り出すと、魔物の顔に向かって投げつけた。

それは正確な軌道を描いて目に突き刺さる。


悲鳴を上げて後ずさったタイミングをみて、店主が先ほどの呪符と珈琲かすを取り出した。

そして魔物と僕たちを分ける線を描くようにそれらを地面に撒いた。


魔物にダメージを与えることはできないが、その線を越えて来ることはなかった。


「彼らはもうこれ以上こちら側には近づけません。だから少し休みましょうか」


店主は腰を下ろして持参していた珈琲を飲みはじめた。

目の前にはおびただしい数の魔物がいるが、まるで視界に入っていないかのようだった。


「ねえ、店主。僕がいるんだから、僕を使えばいいじゃない。店主は剣は使えないの?」


店主は少し考えるように首を傾げたあと、僕を腰から引き抜いた。


「前に教えたことはありませんでしたっけ。私と君の力の相性は最悪なんです。もし私が君を使えば、多分君は『竜殺し』ではなく『破壊神』や『恐怖の大王』のような、恥ずかしい名前で呼ばれることになりますよ」

「どういうこと!?」

「それだけ君は強いということです。君は使用者の魔力を自分の魔力に混ぜることで力を増幅させる能力があります」

「そうなの?」


自分の力なのに、まるではじめて聞く話のようだ。


「魔力を持つものが使えば、一時的にはすごい力を発揮できます。ですが、いろいろと副作用のようなものがあるので、君をうまく制御できる人はなかなかいないんですよ」

「そうなんだ……」

「君の前の持ち主は、きっと『魔力なし』だったんじゃないですか?」

「うん、そうだよ」


『魔力なし』とは文字通り魔力を持たない人間のことで、ほとんどの人が当たり前に魔力を持っているが、一万人に一人くらいの割合で『魔力なし』が生まれる。

僕の持ち主も『魔力なし』で、魔石が使えないとよく不満を口にしていた。


「『魔力なし』は何かと不便ですが、君を扱う場合はその方が有利です。なので、本当に相性が良かったんでしょうね」

「へへ、そうかな」


元の持ち主のことを褒めてもらえて、僕は思わず頬が緩む。

もういなくなってしまったけれど、こんな風につながっていると思うと素直に嬉しい。


でも僕はふと気づいた。


「だったら、いまの状態の店主なら僕を使えるんじゃないの?」

「よく気づきましたね、バルムンク。まあそのとおりなんですが、剣を使っているところを見られるのは、少し恥ずかしいので嫌です」

「そんな理由で!? さっき危なかったよね!? 息あがってたよね!? 僕を使えばよかったじゃない!」

「結果的に無事だったんだから、いいじゃないですか」


店主は涼しい顔で微笑んだ。


しばらくすると、入口に集まっていた魔物も諦めて帰っていった。


「珈琲には匂いを消す効果もありますし、気配で新しい魔物に気づかれる心配もないでしょう」

「ここで一泊するの?」

「まさか。ちゃんと店に帰るつもりですよ」

「どうやって? そういえば、店主の魔力が消えたってことは、双剣も消えたってこと?」


双剣のミランダとメリンダは、店主の魔力で人間の姿になって店番をしている。

もし魔力が使えなくなったのなら、ふたりも本体の双剣に戻っているはずだ。


「彼女たちは大丈夫です。魔力を注いだ時に十分魔力を渡しているので、そのストックでちゃんと動けているはずですよ」

「そうなんだ」

「問題はこれですね」


店主はポケットから、先ほど拾った遺失物を取り出した。


金属でできた平べったいもの。

これはいったい何だろう。


「これは鏡です。開くと中が鏡になっています」

「鏡……」

「ただ、これは開くとまた別の仕掛けがされていそうですね」

「どんな?」

「わかりませんが、あまりいいものではないのは確かです」


魔力を封じる呪いに、また別の呪い。


「一体何のために……」

「バルムンクにはこの鏡の声は聞こえますか」

「ううん、聞こえないよ」

「そうですか」


店主はゆっくりとなにかを飲み込むように頷いた。


「やはり、鏡自体も封じられているのでしょう。おそらく、犯人を特定されないために」


犯人。

そう店主は言った。

この遺失物に施された仕掛けが何の目的で誰を狙ったものなのか、確信している口ぶりだった。


「店主、大丈夫?」


思わず訊ねた。

店主はカップの中を覗き込んだまま静かに、まるで独り言のようにぽつりと呟いた。


「少し厄介ですね」

「厄介?」


店主はそれには答えず、エプロンのポケットから、いつか来た探偵見習いのチェロキーの名刺を取り出した。

そしてそこに書かれた文字を張りつめた表情でじっと見つめた。


「なんだか最近妙なことが増えた気がします。油断をしていたつもりはなかったのですが。でも……」


ここで言葉を区切り、空気が一瞬緩んだ。


「君たちやジェイドといると楽しくて、つい」


ふっと店主が優しく微笑む。


「店主……」

「すみません、変なことを言ってしまいましたね」


残っていた珈琲を一気に飲み干すと、店主はいつも通りの余裕のある笑みを浮かべた。


「バルムンクも疲れたでしょう。少し眠ってください」

「でも……」

「大丈夫、ここに魔物は来ませんよ」


頭を撫でるのと同じ手つきで剣の柄を撫でる。

店主が鼻歌を歌う。子守歌のつもりかもしれない。

僕はだんだんと眠くなっていく。

どこか聞き覚えのあるその歌を聞きながら、僕の意識はゆっくりと消えた。


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