帰り道はみんなで③ 店主最大のピンチ
「あー、遅かったですね」
いつの間にかすぐ近くに来ていた店主が、前髪をかき上げて困ったように笑った。
もう片方の手には、先ほどの遺失物が握られている。
店主が魔法で作った僕の身体は消え、意識は本体である、店主が腰からさげている剣に戻っていた。
「何か異常はないですか?」
「ううん、僕は何も。店主は?」
「まいりました。魔法が使えません」
「えっ!」
店主は手の中にある遺失物をじっと見つめた。
「これは魔力封じの呪符ですね」
「呪符?」
「この遺失物には、触れたものの魔力を封じる呪いが掛けられています」
「何のために?」
「さあ。目的は持ち主にしかわかりませんが、ひょっとしたら……」
その続きを店主は言わなかった。
でも、これはどう見ても誰かを意図的に狙ったものだとしか思えない。
この遺失物が話せるようになったら何か聞けるかと思ったが、遺失物は沈黙を貫いたまま何も話さない。
店主は遺失物に貼られた紙を剥がすとエプロンにしまった。
「ずっと魔法使えなくなるの?」
「どうでしょう。おそらく影響は1日程度だと思いますが」
問題は、いま僕たちがダンジョンの中にいるということだ。
ふと上を見上げると、両手を広げたくらいの大きな星が、鋭い刃をいくつも光らせてこちらに落下した。
「店主、あぶないっ!」
店主は体をひらりとかわして落下の一撃を避けた。だが星はすぐに方向を変えこちらに向かってくる。
店主が魔法以外を使っているのを見たことはない。
これでは丸腰と一緒だ。
「どうする?」
「さっきの扉まで戻りましょうか」
「さっきの扉って、あの強い魔物がたくさんいた……?」
「大丈夫ですよ、心配はいりません」
店主は星をよけながら走った。
途中で襲ってくる魔物は無視して通り過ぎるか、星の破片を投げて倒した。
僕は走る店主の顔を見上げて心配すること以外何もできない。
「店主、あともうちょっと!」
一気に長い距離を走り珍しく息が上がっている店主に、僕は声をかける。
階段が見えてきた。
扉があるのは長い階段の中腹にある踊り場部分。
店主は階段を駆け上がった。
星はまだ追ってくる。
その距離がだんだんと近くなってくる。
店主が2段飛ばしで階段を走る。
「だめだ、追いつかれるっ!」
僕が悲鳴を上げた時、店主が踊り場に足をかけた。
目の前には扉がある。
店主はくるりと振り返ると、しゃがみこんで星の突撃をかわした。
星はその勢いのまま扉にぶつかり、刃を扉にめり込ませる。そのまま何度か空転させ、扉から刃を抜こうともがいた。
店主はエプロンから、先ほど破いた呪符のひとかけらを取り出すと、持っていた星の破片に貼り付けてそれを星に向かって思い切り投げた。
それは小さなダメージしか与えないような攻撃だったが、星の動きがぴたっと止まった。
「質のいい呪いですね」
「感心してる場合じゃないよ!」
店主は扉から星を引き剥がすと、足でぽんと軽く蹴った。
星は階段をただの大きなボールのように転がり落ち、やがて砕けて消えた。
「ふう、さすがにちょっと疲れましたね」
店主が額の汗を拭った。
「でもこれからどうするの? この扉の中には強い魔物が——」
「安心してください、バルムンク。君をこんなところで遺失物にはしませんよ」
「当たり前だよ! そんなこと冗談でも言わないでよ!」
「すみません」
眉を下げて笑うと、店主は扉を開けた。
扉の中は左右にいくつもの通路があった。
その通路のいくつかに魔物が何体もいる。
「どうするの?」
「ここはダンジョンですからね。魔物がいる場所にも何かしらの意味があるのでしょう」
「つまり?」
「魔物がいない場所は行き止まりになっている可能性が高いと思います」
「そっか、素通りされる場所に魔物がいても仕方ないもんね」
店主はゆっくり頷いた。
「私たちはこの厄介な星さえ防ぐことができればいい。先にも後ろにも進む必要はありません」
「魔力が戻るまで隠れられる場所さえあればいいんだね」
「だいたいそんな感じです」
魔物がいないと思われる通路は、一番近い場所で左側の手前から三番目。
手前から二番目までの通路にいる魔物に気づかれずに進まないといけない。
店主は慎重に中をのぞき、魔物がこちらを見ていないタイミングで扉の中に足を踏み入れた。
足音も立てないように静かに店主がゆっくりと進む。
一番目の通路にいるのは右側にスライム、左側にエレメント。
魔法がないと倒すことが難しいが、この種類の魔物は魔力に反応して攻撃をしてくるらしい。そのおかげか、魔力が封印されている僕たちには気づかなかった。
二番目の通路には、右側に巨大な芋虫型の魔物・ワームと左側に食人植物のマンイーターがいる。
どちらも気配に敏感な魔物で、正直どこに目があるのか、どこが後ろでどこが前かもわからない。
ほかの通路にも、オーガやボムなどの姿が見える。
どちらにせよ気づかれたら終わりだ。
店主は気配を消して進んでいくが、僕は内心緊張で体がねじれそうだった。
三番目の通路が見えてきた。奥は店主の予想通り行き止まりになっていて、魔物の姿はない。
あと10歩。
店主が体勢を低くしてなるべく視界に入らないようにする。
一歩ずつ、ゆっくり慎重に進む。
二番目の通路の半分を過ぎた。ワームとマンイーターが両側に見える。
僕は恐怖のあまり、魔物同士は共喰いしないのかななどと、どうでもいいことを考えて気持ちをごまかしていた。
あと5歩。
ここまで来ればもう安心だ。
目標の場所まではもう目と鼻の先。
その油断がいけなかったのか。
マンイーターの口から、よだれが一滴地面に落ちた。
それは強い酸性の液体で、床をジュっと溶かした。
頭上から降ってくるもう一滴のよだれを避けるため、店主が身体を捻った。
靴が地面を擦る、ズリッという音が本当にかすかに聞こえた。
途端、魔物たちが一斉にこちらを振り返った。
剣が震えるほどの威圧感を感じる。
「やってしまいました」
照れたように笑いながら店主が目的の通路に走り込んだ。




