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双剣のお願い

(『移動する遺失物P』の後のお話です。先にそちらを読むことをおすすめしますが、読まなくても充分楽しめると思います)




「ねえ、ミランダ」

「なあに、メリンダ」


パンツをめぐる不可解な冒険が終わった後から、双剣がひそひそと何かを話すことが増えた。

隣の棚にいる僕から、聞こえそうで聞こえない絶妙な声量だ。


「これは……でしょ」

「それはないわ。だって……が……って言ってたわ」

「ありえない! あんた………が………よ」

「そんなこと言ったって………は……だもの」


何の話をしているのか、肝心なところが聞こえない。

これはわりとストレスになる。

ケンカをしているように聞こえなくもないが、ふたりともどことなくうきうきしているのが伝わってくる。


「ねえ、何の話してるの?」

「バルは黙ってて!」

「レディの話を盗み聞きするのはよくないわ!」


けんもほろろだ。



双剣たちが何を話していたのかが判明したのは、それから数日後のことだった。


「店主、話があるの!」


少女の姿になったミランダとメリンダが店主に一枚の紙を差し出す。


「なんですか、それは」


それは、カフェの客が置いていった雑誌の1ページだった。


「店主にこの服を着てほしいの」

「私にですか?」

「お願い!」


そのページにはおしゃれな服を着た男性の写真が載っていて、さらにそこに双剣たちが手を加えていた。


「私たちの体を魔法で作れるなら、店主の服くらい魔法で作れるでしょ?」


店主は苦笑しながら紙を受け取った。


「いいですか、君たち。考えてもみてください。君たちの器は珈琲豆で作っているんですよ。私に珈琲豆を着ろと?」


珈琲豆を着る。聞いたことのないセリフだ。

確かに、一見服を着ているように見えて実は一粒の珈琲豆ということになれば、それはもうほぼ裸だ。


「それに、私にはこんなにすてきな戦闘服がありますし、この服を着る必要なんてないでしょう」


店主はエプロンの裾を軽く持ってみせた。

戦闘服……勝負服的な何かなのか?


「だから、それがダサいって言ってるのよ!」


メリンダがいきなり斬り込んだ。相変わらず情け容赦ない。


「ダ、ダサいですか、これ」

「ええ、センスがいいとは言えないわね」


ミランダが追撃をくらわす。


ショックを受けた店主はふらふらと椅子に腰掛けた。


「それで、これなら私に似合うと……?」


店主がまじまじと手元の紙を見つめる。


「本気ですか?」

「当たり前よ!」

「絶対似合うわ」


店主は双剣の顔を交互に見た。

そしてその口が駄目だと動く前に、ミランダとメリンダが瞳を潤ませる。


「だって、店主が言ったんじゃない。なんでも言うこと聞くって」

「約束、守れないの?」


思わずぎょっとした店主が僕を振り返った。


「バルムンク、助けてください」


僕は店主の方に手を置いた。


キラービーに襲われたとき、店主が僕を押したこと、忘れてないんだから。


僕はにやりと笑った。


「覚悟を決めなよ」

「そんな、バルムンクまで……!」



◇◇◇



いつものようにジェイドが店にやってきた。


「はぁ、今日は疲れたぜ。まったくエッジのやつ——」


顔を上げ、店主の姿を見て固まる。

すかさず店主が言い放った。


「笑ったら罰金です」

「ぶわっはははははははっ!」

「はい罰金」


笑い転げるジェイドを冷ややかな目で店主が見下ろす。


「お、おま、なん、ひーっひひひ!」


笑い過ぎて言葉にならない。

店主がはあっとため息をつき、双剣を見た。


「不公平です。彼にも、とっておきの服をデザインしてあげてください」

「嫌だわ。ジェイドには、いんすぴれいしょんが湧かないもの」

「脳筋はそのぼろぼろの装備がお似合いよ」

「おいおい店主、勝手に俺の話にすり替えるなよ」


笑い過ぎて目じりにたまった涙をぬぐいながらジェイドがなんとか席に着く。


「で、これはいったい何なんだ?」

「彼女たち曰く、エルフの王子なんだとか」

「違うわよ。『神秘的な森の中の湖のほとりに住む、儚げで憂いげで、でも愛する人にだけ情熱的なまなざしを向ける、お金持ちのエルフの王子さま』よ」

「私たちの理想をすべて詰め込んだわ」

「やばい、さっぱり入ってこねえ」


たしかに酷い格好だ。双剣の美的センスはどうなっているのか。

だけど僕は同情なんてしない。


「ほら店主、ちゃんと表情まで王子まさになりきってよ」

「バルムンク……。こうですか」


店主が眉を顰め儚げなポーズをとると、ジェイドが腹を抱えて涙を流しながら爆笑した。


「ぎゃーーっはははははっ!」


笑っているというより、もはや涙を流して泣き叫んでいるようにも見える。


店主は『神秘的な森の中の湖のほとりに住む、儚げで憂いげで、でも愛する人にだけ情熱的なまなざしを向ける、お金持ちのエルフの王子さま』風の服を着て、いつもどおりジェイドに酒を出した。

だがその目は笑っていなかった。


「ツケで飲むお酒はおいしいですか?」

「おいおいおいおい」


ジェイドがうろたえて顔を引きつらせる。


「あ、さっき罰金が追加されましたから、これはもう多額の借金をして飲むお酒ですね。それはそれは、さぞおいしいんでしょうねえ」

「ちょ、悪かった! 機嫌直せって。何したら許してくれる? ってなんで俺が謝ってんだ! やつあたりするなよ!」


店主が再びポーズをとる。


「ひーっひひひひ! やめろよ、お前」

「どうされました?」


王子さま風に手を差し出す。


「ぎゃははははは!」


荒ぶる店主と笑い転げるジェイドをよそに、彼女たちは満足そうに顔を見合わせるのだった。



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