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時には昔の話を④ かつて少女だった私へ

そうして彼女は1年ぶりに家に戻った。


戦争の影響で実家の侯爵家も経済的に苦しくなっていたが、当初の結婚相手である侯爵家の長男が実家の支援を申し出て、彼女は彼と結婚した。


結局すべてが当初の予定通りになり、ただレイチェルの心にだけ、消えない傷が残った。



幸運なことは夫となった相手が、そんなレイチェルの傷ごと受け入れてくれたことだった。

彼はすべてを知ったうえで、魔導兵開発研究に投資までして、カムリを愛したレイチェルを愛してくれた。



戦争はその後も長く続き、三十年戦争という名で歴史に刻まれた。




◇◇◇



「私の悲劇は、あの当時はありふれたものだった。みんな誰かを失っていたから、私だけ辛いなんて言えなかったわ。そういう時代だったのよね」


そう彼女は締めくくった。


「ごめんなさいね、長く話過ぎたかしら」

「いえ、とてもいいお話でした」


ジェイドは赤くなった目を隠すようにウイスキーを煽った。

僕と双剣は、今日は剣の姿で棚に置かれていて、双剣は「なんてひどい悲劇なの!」と話の合間に相槌を打っていた。


78歳になったレイチェルは、皺のあるふっくらとした顔で笑った。


「結局、戦争が終わった後、魔導兵の研究所も閉鎖されたの。彼の夢は叶わなかった。両親も亡くなり、2年前には夫も逝ってしまった。いろんなことがあったけど、それでも、夫とはいい家庭を築けたと思うわ」


レイチェルが続ける。


「私ね、人間のいいところは、必ず終わりが来ることだと思うの。どんな悲劇も苦しみも、死んだ後には消えてなくなる。こういうのは順番だもの。いつか自分の番が来るわ。いまは会えなくなった人たちとも、天国で必ず会えると思うと何も怖くないのよ」


店主が静かに頷いた。


「けどね、人が簡単にいなくなっていることを知っているからこそ、心配症になってしまうの」


空になったグラスを置いて、ジェイドが口を開いた。


「そんであんたは自分の孫に冒険者ごっこなんてやらせてんのか」


レイチェルは一瞬驚いた顔をして、すぐにいたずらがばれた少女のように笑った。


「気づいていたのね」

「ああ、冒険者の振る舞いにしちゃ少々お上品すぎるからな」

「それにその装備、どれも高級なものですよね。冒険者というものは、いつもお金に苦労してるものなんですよ」

「うるせぇ」


ジェイドを見ながら言う店主に、ツケで飲んでいるジェイドがふんっと鼻を鳴らした。


「私はこの子に危険なことをしてほしくないのよ。冒険者って魔物と戦うんでしょ? 何かあったらと思うと心配で心配で。だから、一度冒険者の真似ごとでもさせれば気が済むかと思って連れてきたのよ。ここには本当に一度来てみたかったし」

「おばあさま」


後ろに控えていた護衛の冒険者——孫がレイチェルを正面から見つめた。


「私は冒険者になりたいと子供の頃から願ってきました。心配なのはわかります。ですが、どうかお許しいただけないでしょうか」


その眼差しはとてもまっすぐだった。


「でも……」


「冒険者がやってはいけないことが3つある」


ジェイドが指を三本立てて二人を見た。


「1つ、自分を過信しないこと。2つ、仲間に頼りすぎないこと。3つ、名声を得ようとしないこと。コツコツ地道にやってりゃあ、そんなもの勝手に上がっていくからな。あとはあれだ、ギルド職員の女に手を出すと痛い目を見るとか、二日酔いでダンジョンに入るなとか、賭け事は生活費の半分にまでとかいろいろあるが、まぁ、この3つさえ守っていれば、そんなに危険なことはない」


冒険者の先輩であるジェイドの言葉を、彼は一つ一つ噛み締めるように聞いていた。


「わかってる。わかっているのだけど、心配なのよ……」


なおも心配する彼女に、店主が微笑んだ。


「18歳のレイチェル嬢なら、彼になんと言うでしょうね」


ハッとした顔をして、やがて彼女も微笑んだ。


「そうね。『誰の言うことも聞かなくていいわ。自分の好きなことを精一杯やるべきよ!』。……そう、言うでしょうね」


レイチェルは孫の手を握った。


「おばあさま、私は……俺は、立派な冒険者になります!」

「ええ、応援しているわ」




帰り際、店主が思い出したように声をかけた。


「そう言えば、あなたのご主人が支援していた研究者の名前をご存知ですか」


彼女は足を止めて、不思議そうにしながらも思い出そうと斜め上に視線を送った。


「研究者? そうねえ、なにしろ30年も昔のことだから記憶が……」

「……そうですか」

「あ、でも1人だけ覚えているわ。彼は研究者というよりただの小間使いで、まだほんの子供だったけれど。音楽を習っているといって、一度うちで演奏をしてもらったこともあるのよ。名前はなんだったかしら……」


彼女が考え込み、やがて「思い出したわ」と顔を上げた。


「エドワードよ。エドワード・フォレスター」

「フォレスター…………」


店主の手から、握っていた布巾が落ちた。


「彼がどうかしたの?」

「……いいえ、なんでもありません」


店主が拾い上げた布巾の先では、祖母と孫が穏やかに笑い合っていた。

かつて少女だった祖母と、未来ある若者。彼らの人生が時空を超えて邂逅する。


彼らが去った後にはただ珈琲の香りだけが残った。


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