時には昔の話を① マダムの来店
「まあまあまあ!」
甲高い女性の声がして、僕たちは店の外に顔を向けた。
そこには派手な青い服に揃いの小さな帽子を合わせた年配の女性と、ひょろりとした冒険者風の青年が立っていた。
冒険者風、と言ったのは僕が知る冒険者とは少し雰囲気が違ったからだ。
「ここなのね! ようやく来ることができたわ!」
女性は興奮した様子で辺りを見回している。
「隠れた名店って書いてたけど、本当に隠れ過ぎなのよ」
女性の後ろで青年は所在なさげに肩を落としている。
「なんだ、あのばあさん」
「マダムですよ、ジェイド」
カウンターでウイスキーを飲みながらつぶやいたジェイドを店主が窘める。
おおかた例の雑誌を読んだ人が、何とか場所を突き止めてやって来たのだろう。
店主も別にこの場所を隠しているわけではないと言っていたけれど、やっぱりカフェの客が増えるのは少し不満そうだ。
女性が扉の前に立ち、青年が扉を開けた。
それを見てジェイドが眉を上げる。
「ごきげんよう」
「いらっしゃいませ、こちらの席にどうぞ」
店主が二人をジェイドから少し離れたカウンター席に案内する。
青年が女性の椅子を引き座らせると、自分は女性の後ろに立った。
その動作は手慣れているのに、どこか自信がなさそうだ。
「掛けないんですか?」
青年に訊ねると、女性が代わりに答える。
「彼は私の護衛の冒険者よ。護衛依頼をしたの」
「へえ、護衛にしちゃ随分……」
「ジェイド」
何か言いかけたジェイドを店主が止める。
余計なことを言うなということだろう。
女性は店主の顔をじっと見て、にこりと優雅に微笑んだ。
「あなた、私の夫の若い頃に似ているわ」
「そうですか。誉め言葉と受け取っても?」
「もちろんよ」
「光栄です」
店主はいつもの笑顔の仮面で微笑み返すと、メニューを見せた。
「品揃えはあまりよくありませんが」
「充分よ。ずっとここに来たかったの。あなたのおすすめをいただくわ」
「かしこまりました」
店主は正確な手つきで豆を計り、一定のスピードでくるくるとハンドルを回し豆を挽いていく。
ただそれだけで立ち昇る珈琲の香りに、女性は満足そうに目を細めた。
「ここについて書かれている記事を読んだわ。『隠れた名店特集』」
「ええ」
粉を布に移すと、少量のお湯で粉を蒸らす。
そしてゆっくりと「の」の字を描くようにお湯を注いでいく。
粉が膨らみ、表面にきらきらと光る泡が出てくる。
その泡が消えないうちに、またゆっくりとお湯を注ぐ。
「その記事には絵も写真もなかったけれど、私はすぐに情景が浮かんだわ。若い頃行ったカフェの店内の光景が。思った通りだったわ。ここはそこによく似ている」
女性は店内を見渡した。
年齢は70代後半くらいだろうか。でも昔を思い出すその瞳は、少女のように輝いている。
「それにしても本当に似ているわ。あなたもひょっとして、あの店を知っているんじゃなくて? グランダルの首都にあるお店なんだけど」
「……いえ、私は生憎この国を出たことはありませんので」
「そう、そうよね。そもそもそのお店は、あの戦争で焼けてしまってもうないはずだわ」
僕はその言葉に微かにひっかりを覚える。
店主が言う「この国」とはどこのことなんだろう。
この場所は世界中のダンジョンに繋がっている。
行こうと思えばダンジョン経由でどの国にもすぐに行くことができる。
「戦争……先の大戦ですね」
「ええ。きっとあなたのような若い方は知らないわよね。あの戦争で、私は多くのものを失った。でも同時に、私にとってとても幸せで忘れられない思い出でもあるの」
店主は出来上がった珈琲を女性の前にことりと置いた。
「ごめんなさい、私ったらずっと話してしまって。こんなおばあちゃんの話なんて、興味ないわよね」
「いいえ、マダムさえよければ是非聞かせてください」
店主もカウンターの中にある椅子に腰かけた。
「時間はまだたくさんありますので」




