いつか壁にぶつかるでしょう① ここは迷子センター?
ジェイドがいつものように遺失物センターの扉をあけた。
カウンターに座ろうとして、ふと視線を横に動かす。
「おいおい、いつからここは迷子センターになったんだ?」
視線の先にはカウンターの高い椅子にちょこんと腰かけて、足をぶらぶらさせている3歳くらいの男の子の姿があった。
その目は泣きすぎたために腫れ、顔は涙と鼻水で汚れている。
僕らはその子を泣き止ませようと試行錯誤していたのだった。
店主はジュースを出し、僕は背中をさすり、双剣は覚えたての下手くそな手品を披露した。
だが男の子はいやいやと首を振り、一向に泣き止む気配がない。
「ジェイドも何かしてくださいよ」
「無茶言うなよ、子どもの相手なんてしたことねえぞ」
「それはこちらも同じです」
仕方なくジェイドが変顔を披露し、男の子はより一層大きく泣き声を上げた。
「泣き止ませてくださいって言ったんですよ?」
「そのつもりだったわ!」
「さて、困りましたね……」
店主が腕を組んで男の子を見つめる。
「おいぼうず、そもそもお前どうやってここに来たんだ?」
男の子は下を向くと小さな声で答えた。
「ここにいけば、みつかるって」
「何がだ?」
「なくしたもの、あるってきいた」
「確かにここはそういう場所だが……誰から聞いたんだ?」
「ジョンっていう、いぬみたいな、おおかみにきいた」
店主とジェイドが顔を見合わせる。
リサという駆け出しの冒険者がお守りにしていた狼のぬいぐるみだ。
元気にしているようで僕は安心する。
「君はモノの声が聞こえるんですね」
「うん、きこえるよ」
「で、お前は何をなくしたんだ?」
「…………おかあちゃん」
その目にはみるみる涙が溜まる。
まばたきをひとつすると、それは大きな水滴になって両頬を流れ落ちていく。
「やっぱ迷子ってことか」
「君はどこから来たんですか?」
「……シリスの森」
「どこでしょう、聞いたことがありませんね。ジェイドなら冒険者ですし、知っているんじゃないですか?」
「ぼうけんしゃ!?」
その言葉を聞いた途端、男の子は椅子から飛び降りジェイドに向かって威嚇した。
その口には牙が生えて、指には鋭い爪がある。
「おまえ、かあちゃん、ころした!」
そう叫んで飛びかかるとジェイドのすねに齧りついた。
「いてててて! やめろって!」
ジェイドは男の子の背中に生えている小さな羽を掴んで引き剝がした。
「俺は滅多なことじゃダンジョン外の魔族は殺さねえよ。だから俺じゃねえ、多分」
男の子は魔族だった。
魔族と人間は長い間戦いを続けてきたらしい。
現在は人間の勢力に押され、魔族はもう随分その数を減らした。
ちなみにダンジョンにいる魔物や魔族は何度殺しても復活する不思議な仕組みになっているが、ダンジョンの外にいるものはそうではない。
基本的に冒険者はダンジョン内の魔物しか殺さないが、たまに外の魔物の討伐依頼が来ることもある。
その場合でも、よほど人に悪さをしているものだけが対象だ。
ジェイドに持ち上げられたまま、男の子が再び泣き出す。
彼は母親を冒険者に殺されたのだろう。
会えなくなった母親が恋しくて、ここに来れば会えるんじゃないかと思い、一人でここに来たのだ。
それを思うとその泣き声がより胸を締め付ける。
「おかあちゃん……おかあちゃん……!」
ぼろぼろと零れる涙が床の上を濡らしていく。
魔族と人間は違うルールで生きている。
魔族にとってはなんでもないことでも、人間にとっては迷惑になることだってある。
それが理由で討伐したとしても、それは人間側の都合だ。
この幼い子どもにとっては、理不尽に母親を奪われたことに他ならない。
「わ、悪かったよ、頼むから泣き止んでくれ」
ジェイドがあたふたとその子を椅子に座らせる。
「店主、何とかしてくれ」
「ですが、ここには彼の母親はいませんし……」
「そんなかわいそうなこと言うなよ」
「でも事実です」
店主が淡々と答えたのを聞いて、男の子が更に表情を曇らせる。
「ここに、おかあちゃんいないの……?」
「はい、いません」
「店主!」
冷静にただ事実だけを告げる店主に、ジェイドが声を荒げる。
ミランダとメリンダは無言で店主を両側から叩く。
男の子は、「おかあちゃん!」と叫ぶように再び泣きはじめる。
その声は店中に響き渡った。
店主は少し困ったように笑いながら、カウンターの奥の扉をちらりと見た。
「ここは遺失物センターです。遺失物の意志が最優先されます。私が口を出すことはできないんです」
「おい何の話だよ」
その時、扉の奥から微かに「ぼうや!」と呼ぶ声がした。




