移動する遺失物P⑬店主の授業再び
ゴブリンがいた広い場所は、先程スイートハニーベアが大暴れしたことによって崩れていたが、通路で戦うよりは広いスペースを確保できそうだった。
床に下ろされた店主が乱れた前髪を掻き上げ、てきぱきと指示を出す。
「ジェイドとエッジは遺失物の回収を優先してください。バルムンクは私の後ろにいてください。君にも働いてもらいます」
その背中は、早く帰りたくて仕方がないと語っている。
氷の枷を破壊したベアが何とか向きを変えて猛スピードでこちらに向かってくる。
そして僕らを一瞥し、吠えた。
「ボ、ボグノ、ズイーヅ!!!」
黄色く巨大な熊の魔物が甘いものが欲しいと訴えている。
「こいつ喋んのかよ!」
「やばい! いろいろやばすぎるっす!」
崩れた瓦礫の陰に隠れてジェイドとエッジはタイミングを見計らう。
何しろジェイドの3倍はありそうな巨大な身体に、鋭い爪と牙、店主の魔法を打ち破るパワーがある。
闇雲に突っ込んでいってはこちらがただやられてしまう。
おもむろに、店主が僕に大きめの石を渡してきた。
「何これ?」
「彼はお腹がすいているようなので、餌を上げましょう」
そして店主も同じような大きさの石を掴むと、壁の液体を石に擦り付ける。
「きっと、甘ければ何でもいいはずです」
「それ本当?」
僕の問いかけを無視して店主は思い切り石をベアの口めがけて投げつけた。
わずかに軌道が外れたが、ベアは舌を伸ばしてそれを受け止めた。
「ズイーヅ! モッド、ダベダイ!!」
むしゃむしゃと咀嚼すると、物足りなそうに周囲を見回した。
「じゃあ、あとは任せましたよバルムンク」
そう言い残して店主はその場を離れた。
「え? 店主どこ行くの? ちょっと!」
残された僕は必死で手当たり次第に石に液体をまぶして投げ続ける。
店主はジェイドのところに行き何かを話すと、魔物の正面の岩かげに隠れた。
そして手を伸ばし、僕が投げた石に何かの魔法をかけた。
魔力をまとって光る石を、魔物が口に入れ美味しそうに頬張る。
嚙み砕いて飲み込んだその時。
バンっと大きな破裂音がして、魔物の口から黒い煙が上がった。
店主の魔力が、胃の中で爆発したようだ。
魔物は苦しそうに呻くと、腹を抱えてうずくまった。
「行くぞ! 続け、エッジ!」
「はい、団長!」
その瞬間を見計らったかのようにジェイドがエッジとともに飛び出した。
目当てはもちろん魔物の背中に張り付いたパンツだ。
だがその巨大な背中には手を伸ばしたくらいでは届かない。
ジェイドが地面で両手を組んで構える。
そこにエッジが片足を乗せた。
「行けッ!」
ジェイドが両手を振り上げエッジを高く持ち上げる。
それに合わせてジャンプしたエッジは高く飛び上がり、その勢いで魔物の背中にしがみついた。
魔物はエッジを振り払おうとするが腹痛のため思うように動けない。
エッジは魔物の体毛を掴みながらさらに高く移動し、手を伸ばした。
「やった……! やったっす! 俺はパンツを取り返したぞおおお!」
その手にはヨレヨレとベタベタで原形をとどめていないパンツがきつく握られていた。
達成感で涙ぐむエッジは僕らの顔を順番に見つめ、思ったほど喜んでいないその表情に温度差を感じたのか、すごすごと背中から下りてきた。
「これでようやく帰れますね」
店主が両手を構えた。
「範囲魔法で魔物の周りにだけ圧力をかけます。覚えていますか、エッジ。空気は圧縮すると?」
「え? サーセン、覚えてません」
「熱が発生します!」
その言葉と同時に魔物が燃えはじめた。
体毛に絡みついていた液体は可燃性だったのか、さらに火の勢いが増す。
魔物は熱から逃れようと必死に暴れる。
壁に体当たりをし、爪を立て地面を掘る。
熱くて苦しいのか、悲鳴のような声を上げる。
店主は顔色一つ変えずに再びエッジに問いかけた。
「さて次の問題です。この状態で真空にするとどうなるでしょう」
「し、しんくうってなんすか」
「正解は、火が消えます」
店主が指を鳴らすと、魔物を覆っていた炎が一瞬で消えた。
しかし次の瞬間、魔物の身体が内側から破裂した。
目玉が飛び出し内臓が破れ血が飛び散る。
赤い飛沫を浴びないように風を起こしながら、店主が微笑んだ。
「そして真空にすると圧力差に内臓が耐え切れず弾けます。勉強になりました?」
「は、はい先生……」
僕の横にいつの間にか立っていたジェイドが小声で囁く。
「俺あいつが一番怖え」
「僕もだよ。多分、エプロンが汚れて怒ってるんだ」




