移動する遺失物P⑪店主の高い職業倫理だけがこの話を何とか支えている
「あれは何でしょう」
走りながら後ろを向いて魔物を見る。
全身を黄色がかった毛で覆われた巨大な魔物が、捕まえたゴブリンを壁に擦り付けている。
壁についた粘着質の液体がゴブリンにまとわりつき、全身にからみつく。それはまるでお菓子のようだった。
巨大な魔物はそれを高く上げると、大きな口の中に放り込み一飲みした。
満足気に舌で口の周りを舐める。
「やばいやばいやばいやばい」
エッジが加速する。
「さすが『蜜壺』や『甘党の胃袋』と呼ばれるだけありますね」
「暢気なこと言ってる場合じゃないよ、店主」
「あいつは隠しボスのスイートハニーベアだ。この巣穴に訪れたものをああして蜜まみれにして喰っちまう、凶暴な熊の魔物だ。あいつに捕まれば俺たちもスイーツにされちまう」
「名前は可愛いのにえげつないっす!」
狭い通路では一列になるしかない。先頭をエッジが走り、その後をジェイドと僕が続く。店主は一番後ろから付いてくる。
スイートハニーベアはまだ小腹が満たされないのか、僕たちに狙いを定めた。
四足歩行で猛スピードで追いかけてくる。
「追いつかれる! エッジもっと早く走れ!」
「無理っす! もうこれ以上スピードでないっす!」
来るときは下り坂だったため、今度は坂を上らなければならない。
坂道ではどうしても速度が落ちてしまう。
だがベアの速度は衰えない。
肉球についた粘着質の液体を上手く利用して、上り坂でも平気で速度を上げてくる。
「店主さん! なんとかしてください!」
「お前冒険者としてのプライドとかねえのかよ」
「なんすかそれ。俺馬鹿なんで30文字以上の言葉は——」
「30文字も喋ってねえよ!」
グルルルと唸り声がすぐ近くから聞こえる。
ベアの足音、呼吸の音、舌なめずりの音が生々しく迫ってくる。
店主が後ろ向きに走りながら手のひらをベアに向けた。
白い光が輝き、ベアの前に氷の壁を作った。
ベアは一瞬ひるんで動きを止めたが、すぐに突進して壁を壊した。
「なんで直接攻撃しないんすか! 店主さんなら一発でバーンって」
店主が再び氷の壁を作る。今度は2枚同時に。
だがベアはそれを再び破壊する。
壊されるたびに壁を出現させ、なんとかベアとの距離が少し広まった。
「力には二種類あるんです。守る力と壊す力。私の持っている力は、残念ながら後者です」
店主がいつになく真剣な顔をする。その視線は巨大なベアから動かない。
「見てください。背中のところ」
「あ!」
僕たちはベアの背中に視線を向けた。
蜜で汚れたべたべたのパンツが、その背中にべったりと貼りついていた。
「まさか俺のために……!」
「あなたのためじゃありません。遺失物を傷つけずに持ち主に戻すことが、遺失物センターの役目ですから」
「店主さん……!」
エッジは感涙した。




