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移動する遺失物P③ダンジョン『蜜壺』

噎せ返るような甘い匂いがあたりを包む。

はちみつ、チョコレート、砂糖、バニラ、花の匂い——。

これらがすべて混ざりあった強烈な芳香が鼻の奥を刺激する。


「これはなかなかすごいですね。頭が痛くなりそうです」

「大丈夫だ。そのうち鼻が麻痺するからな」


本物のハンカチで口元を抑えた店主がダンジョンを見回した。

一見普通の洞窟だが、壁や床がべたべたする粘液で覆われている。

店主が人差し指で壁の粘液を掬う。親指でこするとその液体は糸を引いて伸びた。


「かなり粘度が高いので、壁にくっついたのならその場所にまだあるでしょうね」

「場所はどのへんなの?」


僕はジェイドに訊ねた。


「中層だ」

「魔物は?」

「対して強い奴はいない。スライムかキノコの化け物みたいなもんしかいねえよ」


洞窟だがどこからか光が差し込み、松明などは必要ない。

よく見ると床は粘液のついている部分とそうでない部分に分かれていて、僕たちは粘液を踏まないように慎重に歩く。


「スライムなら物理攻撃が効きにくいですね。ジェイドは魔法が使えないでしょう。どうやって倒しているんですか?」

「効きにくいが効かないわけじゃねえからな」

「団長はすげえんすよ。スライム程度は剣でぼっこぼこっすわ」

「なるほど。実力があってこそですね」


『甘党の胃袋』という異名の通り、洞窟内はでこぼことしていて歩きにくい。だがまだ入口付近なので魔物も出てこない。

一本道を歩いているとやがて行き止まりになった。床には大きな穴が空いている。

その穴を降りて下に行くしかないようだ。


「これを使って下に降りるぞ」


ジェイドが示したのは、穴の横に生えている大きく長い植物だった。太い茎を何本か合わせてロープのように使えば安全に下に降りられそうだった。

だが、その植物もぬるぬるとした液体に覆われている。


「ほら、こうやって掴んで……」


お手本を見せるように茎を掴んだジェイドがするりと下に降りていく。穴の下で手を広げ、何かあったら受け止めようとするその姿はパーティのリーダーにふさわしい。

だがその手にも身体にも、謎の液体がついてきてきらきらと光っている。

店主はあからさまに顔を顰め、はあ、と大きく溜め息を吐いた。


「クリーニング代はきっちり請求させていただきます」


店主は諦めて茎を掴むと、危なげもなくさっと降りた。液体が掴んでいた手にしかついていないのは、多分魔法を補助的に使ったからだと思う。手についた液体もすぐにハンカチでふき取った。

続いて僕も降り、最後にエッジが全身を液体だらけにして降りてきたとき、それを待ち構えていたようにスライムが三体、穴から落ちてきた。


「うわっ!」


逃げ遅れたエッジが一体のスライムの下敷きになった。

人間の姿をしている時の僕は何の戦力にもならない。いま戦えるのは店主とジェイドだけだ。

ジェイドは店主に渡されていた双剣を構えた。


「今日もよろしく頼むぜ、双子ちゃん」


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