移動する遺失物P②ハンカチ……?
「それで、落し物っていうのは?」
「俺たちさっきまで『蜜壺』にいたんすけど」
「『蜜壺』?」
聞いたことがないダンジョンの名前に僕は思わず訊ねた。
ダンジョンはときどき新しく生まれ、古いものが消えていく。一番古いダンジョンがいつからあるのかはわからないが、ダンジョンにも寿命があるのだ。
僕が冒険者とともにダンジョンを攻略していたのはもうかなり前のことだから、その後に新しく生まれたダンジョンなのかもしれない。
「セリア海峡の近くにある洞窟型のダンジョンだ。中が蜜だらけでべたべたして、強烈に甘い匂いが漂う。別名『甘党の胃袋』とも呼ばれている」
ジェイドの説明に、店主がわずかに眉を顰めた。
店主は少し潔癖なところがあるから、汚れそうな場所はあまり好きではないようだ。
エッジが話を続ける。
「ちょっと暑かったんでハンカチで汗を拭いてたら魔物に襲われて、それでうっかり壁のべたべたにハンカチをくっつけちゃって。取ろうとしても簡単に取れないし魔物は襲ってくるしで、泣く泣く置いてきちゃったんす」
「ということは、落し物というのはそのハンカチですか?」
「いえ、パンツっす」
「は?」
店主が真顔になる。
代わりに僕が会話を引き取った。
「待って! ハンカチの話はなんだったの?」
「だから、それがパンツだったんす」
「は?」
僕も真顔になる。
カウンターで水を飲んでいたジェイドが大きなため息を吐きながら頭を抱えた。
「すまねえ、こいつ馬鹿なんだよ。ハンカチだと思って間違ってパンツで顔を拭いてたらしい。そもそも俺は、自分のメンバーには忘れ物、落し物をするなって口酸っぱく言ってんだよ。店主に迷惑をかけたくねえし。それが……パンツなんて……ふがいねえ!」
「どうしたんすか団長。元気出してくださいよ」
「お前のせいだろうが!」
「サーセン」
「ったく……」
うなだれるジェイドを、店主がとても大事なことを確かめるように真剣な目で見た。
「一点確認させてください。パンツというのはどっちですか?」
「下着っす! ボクサータイプっす!」
「タイプは聞いてません」
代わりに答えたのはエッジだった。
店主は一縷の望みに賭けたのだろう。パンツがズボンである可能性に。しかしそれはあっけなく否定された。
「しばらく経つとダンジョンの摂理によって遺失物がここに届くことがあるんです。それを待つというのはどうでしょう」
「あー、それは無理なんすよね」
「なぜですか」
「……俺、替えのパンツそれしか持ってなくて」
恥ずかしそうに顔を赤らめるエッジに二、三度軽く首を振ると店主はきっぱりと告げた。
「モノに罪はありません。ですが、彼の下着の思い出話や苦労話は聞きたくありません。直接現場で探しましょう」
ダンジョン内の遺失物を探すときは、遺失物の声に耳を傾けて場所を特定する。でも遺失物は自分の経験や持ち主との思い出話を語る傾向がある。
良い話にせよ悪い話にせよ、パンツの話は僕だって聞きたくない。
店主はそそくさと準備をはじめ、棚に置かれた双剣を手に取った。
「君たちも行きますよ」
彼女たちはまだ眠気の残る声で「パンツは斬らないわよ」と呟いた。




