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忘れられた落とし物③邪悪な声

「え? もちろん、人間だよ」

「そうなの?」

「でも……」


二人は顔を見合わせ、少し納得いかない表情を浮かべている。

いくら店主がそこらへんの冒険者よりもずっと強く人間離れしていると言っても、それは人間ではないということとイコールではない。



その時、ふと耳に何かの音が聞こえてきた。

微かなその音は――。


『……して…………ここから、だして』


ハッとして音のする方を見る。


「何か聞こえたの?」

「遺失物の声がする!」

「どこ?」

「奥の方」


僕と双剣は声のする方へ向かった。

並ぶ棚のさらに奥に、金庫のような鉄の扉がある。店主曰くここにはやっかいな遺失物があるという場所だ。

そこから耳をじっと澄ましてようやく聞こえるほどの微かな声が聞こえてくる。


『たすけて。ここからだして。ぼくはもちぬしのところに、かえりたい』


僕たちははっと顔を見合わせた。


「君がジーノさんの遺失物なの?」

『ジーノ? ……そう、ジーノ。ぼくのもちぬし』

「やっぱり!」

『ぼくはずっとまっていたんだ。たったひとりで。ここはさむいしくらいしこわい。はやくここからだしてよ』


その声は幼子のようで、か細く震えている。

双剣が鉄の扉についている、車輪のような輪っかを掴む。そして「すぐに出してあげるわ」と、力を込めた。

しかし扉はびくともしない。おそらく店主のかけた魔法の影響だろう。


「だめね、店主を呼んでこなくちゃ」

『まって。いますぐでたいんだ。きみたちならできるよ。まずはそのとびらの――』


どんっと言葉を遮るように、質量のある風の塊が飛んできて扉にぶつかった。

驚いて振り返ると、片手を上げた店主がそこに立っていた。その表情にはいつも僕たちに見せるような優しい微笑みではなく、知らない人間と話をするときの、完璧に作られた仮面のような笑顔が張り付いている。


「駄目じゃないですか君たち。それの言葉に耳を傾けてはいけません」


怒っているのだとすぐに気づいた。

静かに怒りを孕んだ声が倉庫に響く。


「で、でもこの中にあるのがジーナの落とし物だって言ってたわ」


ミランダが恐る恐る勇気を出して店主に告げた。


「そう言うでしょうね、それは。君たちをだましてここから出たいのですから、どんな嘘だって吐くでしょう」

「嘘だなんて、そんな」


メリンダの声は、笑い声でかき消された。

笑い声は扉の中から聞こえてくる。


『あーあ、惜しかったなあ、もうちょっとだったのに』


先ほどとはまるで違う、邪悪で不穏な気配とともにだみ声が聞こえる。


『その馬鹿そうなガキどもなら簡単に騙せると思ったんだ。もう少しお前が来るのが遅ければ、晴れて自由の身だったのによぉ』

「させるわけないだろう」


店主が冷たく言い放った。


「お前がやったこと、忘れたとは言わせない」

『違うだろ、《《俺たち》》がやったことだ。忘れるなよ。どんなに取り繕ったところで、お前はエチュード――」

「黙れっ!」


店主が思い切り扉に拳をぶつけた。途端に中の声は静かになる。

僕たちはその異様な光景に息を呑んでじっとしていた。

扉を向いて顔を伏せて立っている店主の顔はよく見えない。

そのまましばらく無言が続いた。

ようやく顔を上げると、いつもの笑顔で何事もなかったかのようにゆったりと微笑んだ。


「少し封印が緩んでいたみたいですね。また封印をかけておいたのでもう大丈夫です」


一体中には何があるのか、店主とその遺失物の間に何があったのかとか、聞きたいことはいろいろあった。きっと双剣だってそうだろう。

でも僕たちはあまりにもいつもどおりの店主を前に、誰も口を開くことができなかった。


「そうそう、さっき見つけたんですよ。ジーノさんの落とし物」


店主が持っていたのは青い露草の刺繡が入った、白いハンカチだった。


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