忘れられた落し物①呼ばれる
懐かしい声がする。
誰の声だろう。
少し大人になって声が変わっているけど、この声は――。
間違いない、あの子だ。
◇◇◇
遺失物センターの前にある魔法陣が光った。
「お客さんかしら?」
「お客さんよ」
先日ようやくカフェラテ試験を合格したミランダとメリンダは、自分たちが作ったカフェラテを出そうと張り切って腕を捲った。
魔法陣の中から現れたのは、白衣を着た若い女性だった。手には薬草の入った籠を持っている。
自分がなぜここに来たのかわかっていないようで、きょろきょろと不安そうに周囲を見回す。
左右を見ても先が見えないほどの広い空間の中にあるのは、このダンジョン遺失物センターのみ。
亜空間に作られたこの場所は、世界中のすべてのダンジョンにつながっている。
「私どうして……」
「残念ですが、カフェのお客ではないようですね」
戸惑っているその女性に、濡れた手を黄色いエプロンで拭きながらドアを開けて声をかけた。
「どうかされましたか?」
「えっ!」
彼女は店主に視線を向けると、目を見開いて顔を赤くした。
店主の容姿はとても整っている。たいていの人は店主を見ると、その美しさに息を呑む。
店主は気にする様子もなく、店の中へと彼女を案内した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
おどおどした様子で頭を下げると、カウンターの椅子に腰を下ろした。
「それで、あなたはなぜここに?」
「それが、わからないんです」
「わからない?」
「ええ。私はアデラインの薬局で薬剤師をしているジーノといいます。今日はダンジョンの中にだけ生えているという薬草を集めるために、同僚と護衛の冒険者と一緒にダンジョンに入ったんです。それで、ダンジョン入り口の魔法陣に乗ったらなぜか私だけここにいて……」
アデラインといえば東の大陸にある国の小さな都市だ。そこから来たということは、『逆行する草原』に入ったのだろう。前に進んだつもりが後ろに進んでしまうという面倒くさい性質さえ攻略すれば、そこまで危険はない初心者向けのダンジョンだ。
店主は少し考えるように口元に手をやった。
「なにか落としたものはありませんか?」
「落としたもの、ですか?」
「ええ、ここは遺失物センターです。ダンジョンの中で落としたものはすべてこちらで保管し、落とし主に返すのがここの役目です」
ジーノはポケットの中や籠の中に手を入れ荷物を調べる。そして首を振った。
「何も落としていません」
「手袋や、ピアスなども?」
「ええ、ありません」
「以前ダンジョンに入ったことは?」
「ないです。ダンジョンに来たのはこれが初めてなんです」
「そうですか……」
手袋はここにやってくる落し物で一番多いものだ。なんでも黒い手袋をはめて剣をふるう伝説の冒険者がいたとかで皆あこがれて買うらしいが、普段手袋なんかをつけ慣れていない冒険者が魔物に追われて逃げる最中に落とすことがよくあるようだ。
僕たちは顔を見合わせ首を傾げた。
魔法陣にはいくつかの制約魔法を店主が掛けている。この店の場所を知っている人か、落し物の主以外は来ることができない。
間違ってここにやってくることはあり得ない。そう思って店主に訊ねる。
「どうするの?」
「さてどうしましょう。遺失物に直接聞いてみますか」
「直接……?」
戸惑う声を上げるジーノに「少し待っていてください」と珈琲を差し出すと、店主は僕と双子を連れてカウンター奥の扉を開けた。
「どうやって探すのよ」
メリンダが口を尖らせた。
なにしろ扉の奥はとてつもなく広い倉庫になっていて、さまざまな理由で持ち主が引き取りに来ない遺失物を保管している。
ここからジーノが落としたかもしれないものを探し出すなんて途方もない作業だ。
少し前に棚卸をした時の大変さがよみがえるのか、ミランダも顔を顰めている。
「そもそも多すぎるわ。何年待っても持ち主が取りに来ないのなら、そのうちここは遺失物で埋もれてしまうわ」
「一応年に数回、馴染みの古物商にいくつかは引き取ってもらっているんですよ。もちろん、遺失物の許可を取ったうえで、です」
店主は天井まで高く伸びた棚を見渡すと、耳を澄ませた。
「彼女をここに呼んだということは、遺失物の封印は解けているはずです。声が聞こえると思うので耳を頼りに探しましょう」




