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プライバシーは配慮しております④鳩に嫉妬

「恋について何も知らなかった僕は、恋愛小説や舞台を見るたびに恋とは素晴らしく楽しく、春のようなものなのだと思っていた。しかしそれは違った。君に見つめられ、手を握られた時から僕は、冬の凍える寒さを身に染みて感じることになった」


あの日あの瞬間から、エリオの中で欲が生まれた。

ただ見守るだけで幸せだと言っていた時代は過ぎ、こちらを見てほしい、名前を呼んでほしい、笑いかけてほしいとフィオリーノに望んでいる自分に気づいてしまう。そしてその浅ましさに自分を嫌悪することの繰り返し。

美しく尊い女神のような彼女を一目見るだけで得られていた幸せは、なぜこちらに気づいてくれないのか、なぜ笑いかけてくれないのかと彼女を恨めしく思う苦しみへと変わった。



「こわっ!」

「雲行きが怪しくなってきましたね」

「血なまぐさい事件とかになったら嫌よ、私」


いつも誰かを斬りたいなどと血なまぐさいことを言っているくせに、こういう時ばかりは少女のような反応をする。


いつの間にかみんなで日記を囲んでその話に真剣に耳を傾けていた。

こうなってはもうプライバシーなんて関係ない。

エリオの恋の行く末をいつしか応援する気持ちさえ芽生えていた。

エリオはきっと冒険者にしては珍しい、まじめで奥手なタイプなのだろう。表紙の日付の文字を見ても縦横きっちりと合わせて書かれた几帳面な性格が伝わる。

はじめての恋に翻弄し、はじめて直面する自分の新たな一面に戸惑っている様子が日記の話から覗える。

その生真面目さが吉と出るのか凶と出るのか、僕たちは固唾を飲んで話の続きを待った。


「ある時僕は、思い余って一度だけ花を買って帰る彼女の後をつけた」

「あ、これアウトだ」

「封印しますね」

「ちょっとまって!」


日記を掴んで箱に入れようとした僕と店主を意外にもミランダとメリンダが止めた。


「こういうの嫌がりそうなのに珍しいですね」

「だ、誰にでも一度や二度の失敗はあるわ」

「そうよ。それにまだ後をつけただけよ。まだ何もしてないわ!」

「いまのところはね」


嫌悪感より好奇心が上回ったらしい。たしかにここで終わっては、二人の若者の恋の行方が気になってしまう。

日記はわざとらしく二度咳払いをしてから先を続けた。


「僕はもう一度彼女に話しかけたかっただけだった。話しかけて、再びあの笑顔を見せてもらえたら。僕はそう思って彼女の後を追ったが、どうにも勇気が出ない。あの角で話しかけよう。あの赤い屋根の家のところで声をかけよう。そう思っているうちに彼女の家についてしまった。彼女の家は街のはずれにある小さな家だった。彼女が家に入るのを見届けたら諦めて帰るつもりだったんだ」

「……つもりだった?」

「花を持った彼女を迎え入れたのは、若い男だった」

「きゃー!」

「嫌ー!」


双子が聞きたくないと叫んだ。


「僕には一度しか見せていないその笑みを、男には何度も見せていた。僕は手が震えるのを止めることができなかった」


エリオはそのまま彼女の家に向かい、この男は誰なのかと彼女に聞こうとした。でもしなかった。なけなしの理性が彼にそれをとどめさせた。


「その日、僕は泣きながら家路についた」

「そんな、もう相手がいたなんて」


ここまで応援していた僕たちはつい同情して同じように悲しくなってしまった。ミランダは涙ぐんでいる。


「なぜ神は僕にこのような辛い運命を与え給うたのか。僕はすべての恋人たちを恨み、つがいの鳩を見ることさえ嫌になった」

「なんと鳩まで」


もうとっくに空になったカップを持ちながら、店主まで相槌を打ちはじめる。


「僕は心の痛みをごまかすように、身体に傷をつけることを覚えた。彼女を思うたびに傷は増えていった」

「そんなことしちゃだめよ」

「もっと自分を大事にして」


僕らは痛ましいものを見る目で日記を見つめた。もはや日記のよれたページや細かなシミすら愛おしく感じられる。


「だが、ここで事態は急変した」

「まだ何かあるの?」

「もう限界だわ!」


日記は少し間を取ると、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「なんと、彼は弟だったんだ」

「……は?」


彼は偶然(本当に偶然かはわからないが)その男の正体を知った。彼は彼女の弟で、仲のいい姉弟だということだった。


「僕の心は再び浮上した。僕は気づいた。恋というものはこんなふうに、感情を上下に揺さぶられるものなのだと。僕は魚で彼女は釣り人。水の中で浮いたり沈んだりしているうちに、彼女という名のルアーに囚われている憐れな魚。気がついた時にはもう、身動きが取れなくなっているのだと」

「もう何の話だか分からなくなってきたわ」


ミランダが首を傾げた。顎の下まで伸びた髪がさらりと流れる。


「つまり、まだ望みはあるってことよね?」


メリンダも同じように首を傾げる。

僕も同じように首をひねりながら、なんで魚釣りに例えたんだろうと考える。


「そしてある日僕は勇気を出して彼女に声をかけた。するとなんと奇跡が起きた。彼女が一度会っただけの僕のことを覚えていたんだ。そうして僕たちは挨拶を交わす仲になった」

「なんか一気に展開したわ」

「僕は毎日、彼女に会うのが待ち遠しい」


日記はそう締めくくると、満足したのか喋らなくなった。


「え? 終わり?」


僕は思わず声を上げた。ミランダとメリンダも困惑している。


「まあ、物語ではなく日記ですからね。読み手に都合よくできてはいないのですよ」


そして、その後日記を取りに着た冒険者を見て、僕たちはさらに驚愕するのだった。


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