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プライバシーは配慮しております②珈琲は挽きたてが美味しいので

「遅かったですね」


店主は眉を寄せて困ったように笑った。


「日記はたいていお喋りなんです。プライバシーに配慮するためには持ち主が来るまで封印するしかないのですが……」


蓋を持ったまま、封印するかどうか迷っているように見えた。すると日記が懇願するような声を出した。


「お願いだ。誰でもいいから僕のこの思いを聞いて欲しい。一人で抱え込むにはとても大きすぎてどうしたらいいのかわからないのだ」


変わらず文章を読み上げているような抑揚だったが、その中には確かに切実な思いが感じられた。


「かわいそうだわ」

「聞いてあげましょうよ店主」


双子がその大きくつぶらな瞳で店主を見上げる。


「そんな目で見てもだめです」


きっぱりと告げ蓋をしようとしたとき、またしても日記が喋り出した。


「彼女の名前はフィオリーノ。僕はその名前に感謝した。なんて美しい響きだろう。その名前を口にすると僕の耳にはどんなにすばらしい音楽よりもすてきなメロディに聞こえる」


双子が、今度は同情だけでなく好奇心の混ざった顔で店主をじっと見た。


「だからだめですって」


そう言いながら店主は蓋をカウンターに置いた。

注ぎ口の細いポットに水を入れ火にかける。

双子に根負けして、封印は諦めたのだろうか。


「封印しなくていいの?」

「もちろんしますよ。ですが、さきほど豆を挽いていたのを忘れていました。挽きたてでなければ風味が落ちてしまうので、とりあえずコーヒーを淹れたら封印します」


フィルターをセットし粉を入れると、のの字を描くようにゆっくりと抽出する。いつもより時間がかかっているように見えるのは気のせいだろうか。

4人分淹れると、ミランダとメリンダのカップにはたっぷりのクリームまで乗せて僕たちの前に置いた。


「私はこのセンターの主として、決まりはきちんと守らなければならないんです」


僕たちに言い聞かせるようにゆっくりはっきり店主が口にした。


「プライバシーはきちんと配慮しなければなりません」


だからいまから封印しますと宣言し、再び蓋を掴んだ。蓋が閉められる直前、案の定日記が喋り出した。タイミングを見計らっているとしか思えない。


「この世に青色があってよかった。君のサファイヤのように輝く瞳を見ることができるから。この世に赤色があってよかった。君のその愛らしい頬を薔薇色に染めることができるから」


くすくすと双子の堪えきれない笑い声が聞こえてきた。


「だめだよ笑っちゃ」

「バルだって笑ってるじゃない!」

「僕がいつ」

「ほら、喧嘩はやめてください」


双子の頭を優しくなでると、店主は日記を箱から取り出して丁寧にカウンターの上に置いて再び同じことを繰り返した。


「プライバシーには配慮しなければなりません」


しかし右手では珈琲カップを掴み、左手では椅子の背もたれを掴んでいた。

そして椅子に腰を下ろすと、優雅に足を組んで珈琲を飲み始めた。

言っていることとやっていることが矛盾している。


「て、店主?」


僕が思わず声をかけると涼しい顔をして答えた。


「私は何も聞いていません。それに、喋りたいという日記の意思を止めることはできません」


先程とは大きく方針を変えたなと思いつつ、僕も日記の話が気になっていたので何も言わずに真似をして珈琲を飲んだ。双子もそれに倣う。


日記は喜んで、彼女との出会いについて詳しく話しはじめた。


冒険者エリオは、偶然街角で見かけた青い瞳と薔薇色の頬の少女フィオリーノに恋をした。彼女はいつも街角の花屋でピンクのガーベラを一輪買っていく。偶然目にしたその姿に心を鷲掴みにされたのだ。

それからというものエリオは何かにつけて花屋の前を行ったり来たりして彼女を遠くから見つめていた。


「僕にはそれで十分だった。彼女が僕のことを気づいてくれなくても、声をかけて微笑んでくれることがなかったとしても、僕は君のことを見ているだけで幸せだった。そんな僕のことを臆病者だと笑うやつがいるかもしれない。さっさと声をかけろと何人にも言われた。でも僕はこの世界に君がいるだけで本当にそれだけでよかったんだ」


事態が動いたのは見つめ続けて3カ月が経とうとしていた時のことだった。


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