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プライバシーは配慮しております①初恋

君に会うまでの僕はなんて愚かでちっぽけだったのだろう。

ただ起きて食事をして寝るだけのくだらない人生に、君という目標ができ夢が生まれた。

その感情に名前を付けてしまえば、それは恋なんていうありきたりなものに変わってしまうのだろう。だけど僕のこの胸を激しく打ち付けるのは、そんな簡単な感情じゃない。

若者特有の熱病だと人々は笑うかもしれない。でもその熱病は時に身も心も熱く焼き尽くしてしまうのだ。

ああ、今日も君に会いたくて仕方がない。

あの街角の花屋で、君はいつものようにピンクのガーベラを買い去っていく。それを後ろから見ていることしかできない僕を臆病者だと罵る者は、本当の愛を知らないのだ。

彼女の美しく輝く瞳に、僕がうつり込むことで少しの陰りも作りたくない。彼女にはいつもひときわ輝いていてほしいのだ。

そのためなら僕は、なんだってできる。



◇◇◇



「店主、遺失物が届いているよ」


ここはダンジョン遺失物センター。ダンジョン内の落とし物を回収・管理し、持ち主に返すのがここの役割だ。


ついさっき、店の外に遺失物が届けられていた。届け主はダンジョン『双子山』。二つの山が大きくそびえ、それぞれの頂上に双子のボスがいるという厄介なダンジョンだ。

遺失物センターには時々このようにダンジョン内の遺失物が魔法で届く。遺失物を異物とみなした自浄作用のようなものだと店主は言っていた。

いつの間にか届いていたそれを見つけたのは、双子のミランダとメリンダのカフェラテ試験の特訓をしているときだった。


僕も双子も本体は剣だが、時々店主の魔法によって人間の姿になる。

僕は銀髪の10歳くらいの少年の姿に、ミランダとメリンダは赤と白の薔薇のドレスとエプロンを着けた似たような年ごろの少女の姿になる。


特訓の手を止め遺失物に近づいた僕はそれを拾い上げると店主に手渡した。

手のひらより少し大きな赤く分厚いノートのようなものだった。

かなり使い込まれているようでページが膨らんでいる。表紙には日付だけが几帳面な字で書かれていた。


「これは……日記ですね」


店主が困ったように眉を潜めた。


「難しいんですよね、この類は」

「どうして?」


それに僕は首を傾げた。日記なら中を見れば誰が落としたのかすぐにわかるし、むしろ扱いやすいんじゃないか。そう訊ねた僕に店主が首を振る。


「いいですかバルムンク。人の世にはプライバシーというものが存在します。日記を読むことは人の頭の中を覗く行為に等しい。たとえ遺失物センターといえどもそれはできないのですよ。そしてこの場合一番厄介なのは……」


店主を遮るようにして声が上がった。


「僕は冒険者のエリオ。突然何者かの魔法によってここに飛ばされた。とても驚いている。事情を知る人はいないのだろうか。僕は訊ねてみることにした」


店主が手に持っている日記からその声は聞こえた。まるで書かれた文章を読み上げるような喋り方と抑揚に僕は思わず店主を見た。そして苦笑して頷いて見せる店主の耳元に口を寄せた。


「この日記、自分のこと冒険者だと思っているみたい」

「それに何あの喋り方?」

「本でも読んでいるみたいね」


店主は、いつのまにか話に入っていた双剣のミランダとメリンダの頭を撫でる。


「書いている人の思考と同化してしまうのは、日記にはよくあることなんです。それから喋り方も、書き言葉のようになってしまうのはしかたがありません」


そういうものかと納得していると、店主がカウンター奥にある扉をおもむろに開けて中に入っていった。ここは持ち主のいなくなった遺失物が自ら望んで封印されている保管庫だ。

戻ってきた店主の手には、封印用の白い箱が握られている。


「え? 封印しちゃうの?」

「どうしてよ、まだ話も聞いてあげてないのに」

「ひどいわ」


同じ遺失物として同情する気持ちがあるのかミランダとメリンダが声をあげた。しかし僕たちの声に耳を貸す様子もなく店主が日記を箱に入れる。

そして蓋をしようとしたその時。


「僕と彼女は隣町の花屋で出会った。正確には、僕が一方的に見かけただけだ。その時の感動をどう言い表せばいいんだろう。一つ確実に言えることは、僕の人生は、君に出会う前とで大きく変わったということだ。もうビフォア・君には戻れない。アフター・君の世界で僕は生きていかなければならない」


一方的に日記が喋り出した。しかもかなり恥ずかしい内容を。


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