月夜にて
今回はジェイドの話です。
月が明るく光り、灯りがなくても外を歩けるような、そんな夜だった。
ジェイドはいつものように遺失物センターで店主の出してくれる酒を飲み、どうでもいいくだらない話をしたあと店を出た。
店の前の魔法陣に乗って行先を頭の中で念じれば、世界中のどのダンジョンにも行くことができる。
現在拠点にしている街の近くにあるダンジョンまで移動するとダンジョンを出た。街まで行く乗合馬車の停留所までは1kmほど。ジェイドは酒の余韻を引きずりながら月を眺めて歩いた。
さてどうするか。
ダンジョンを出てすぐのところから、誰かに尾行されている。
あまりにも下手なその尾行は、隠れる気があるのか疑わしいところだ。このまま気づかないふりをしてからかってやってもいいが、今日のように月の綺麗な夜は、月見酒も悪くないと思い足を止めた。
「何やってんだよお前」
振り返ったジェイドが声をかけると、若い男がびくっとして動きを止めた。そして、眉を下げて上の前歯だけ見せる奇妙な笑い方をして頭の後ろを掻いた。
「サーセン、団長」
彼はジェイドのパーティに少し前に入った新入りのエッジという名の男だった。
「団長が、いつもどこに行くのか気になって」
時々ふらっといなくなるジェイドがどこで何をしているのか知りたくて後をつけたと悪びれずに言う。
ジェイドは呆れたようにため息をつき、エッジの肩を掴んだ。
「とりあえず酒付き合えよ」
「あ、俺飲めないんで」
「ジュースでも飲んでろ」
乗合馬車に乗って街まで行くと、ジェイドは馴染の酒場にエッジを連れて行った。
店員と軽く挨拶をかわしカウンター席に並んで座る。明りとりために作られた壁上部の窓には、綺麗な月が浮かんでいる。
「俺はウイスキーロック。お前は?」
「じゃあ、オレンジジュースで」
「子供かよ」
店員から飲み物を受け取ると、ジェイドは噛みしめるように一口ゆっくりと流し込んだ。大きなグラスの中には満月のような大きな丸い氷が入っている。
「で、教えてくださいよ団長」
ストローをがじがじと嚙みながらエッジが待ちきれない様子で訊ねる。
「その団長ってのいいかげんやめろって」
「サーセン、でもなかなか抜けなくて」
「騎士団と間違えて冒険者になる馬鹿がどこにいるんだよ。あ、いたわここに」
エッジはもともと騎士団に入団を希望していたらしい。だが何をどう間違ったのか気が付いたときには冒険者になっていて、そのせいかリーダーであるジェイドのことを団長と呼ぶのだ。
「なんで一人でダンジョンなんか入ってたんですか? 修行ですか? でも酒臭いし、魔物見ながら酒飲むのが趣味なんですか?」
「質問が多いわ!」
「だって誰も教えてくれないし、最初は女かと思ってたんですけど、この前ルーシーちゃんにすげえ振られ方してたしそれはないなって」
「失礼だなお前は。……俺はある店の店主に会いに行ってんだ」
ジェイドは何から話そうかと思いめぐらせた。
店主を見ているといつも浮かぶ光景がある。あれは、冒険者になりたての頃だった。
「昔、依頼で喋る鳥がたくさんいる施設に行ったことがあってな」
「なんすかそれ。どこのダンジョンですか?」
「ダンジョンじゃない。外国に、そういう場所があるんだよ」
「え、どこですか。外国? エスラですか?」
「お前は好奇心がとまらねえな! 3歳児か! 場所はどうでもいいんだよ」
「サーセン」
エッジはまた眉を下げて前歯を出して笑った。
「とにかく、そこにはたくさんの鳥がいるんだよ。その鳥の寿命は80年から150年くらいでな。当然世話してた人間はとっくに死んでんだ。でもその年老いた鳥たちが、昔人間に教えてもらった言葉をずっとしゃべり続けてた」
そこでは軍事目的で連絡通信のために鳥を利用し飼育していた。ジェイドが訪れた場所は、高齢になったり怪我をしたりして飛べなくなった鳥たちが余生を過ごす場所だった。依頼内容は覚えていないが、そこで見た光景は忘れられなかった。
もう死んでしまった飼育係に教えてもらった言葉を何度も何度も繰り返すものや、任務を実行しようと動かない羽根を必死に動かすもの。
それに耳を傾け、世話をする施設の人びと。
店主を見ていると、ときどきどうしてもこの光景を思い出してしまうのだ。
モノの声に耳を傾け、もういない人々の話に付き合いながら珈琲を飲む店主を。
「俺は別に、その生き方が悪いとか言いたいわけじゃない。いい仕事だとも思う。だけどたまには、今日あったくだらないことで馬鹿みたいに笑ってもいいんじゃないかって、俺はそう思うんだよ」
これは同情などではない。ただ人を避けてダンジョンの奥に閉じこもる店主の心に少しでも風を吹かせたかった。
もちろん当然それだけではなく、居心地のいい場所であるのは間違いないのだけれど。
酔いが回ってきたのか、ジェイドの目元が赤くなる。
「つまり団長は……」
エッジは真剣な顔でジェイドを見て口を開いた。
「鳥が好きってことっすね?」
「馬鹿か! なんでそうなるんだよ! 俺の話聞いてたか?」
「サーセン、俺30文字以上の話は理解できなくて」
「なんだよおい!」
「サーセン、あと2回くらい話してくれたら多分理解できるんで、もう一回お願いします」
「やだよ、なんでこんなこっぱずかしい話何度もしなきゃならねーんだよ」
「サーセン」
また前歯を出しながら笑い、その奇妙な笑い顔にジェイドもつられて笑い出す。
窓からはまだ月が銀色の光を放っている。
いつかあいつと月を見たいとジェイドは思った。




