前を見ながら後ろを見る⑧竜殺しと呼ばれた頃
「店主……?」
明らかに様子がおかしい。
城主の一番近くであの光を浴びた店主はまともに攻撃を受けてしまったようだ。
その姿はいつもの余裕のある店主ではなく、すべての表情を消して虚ろに一点を見つめている。時折歪められる眉に、見ているこちらが切り裂かれるような苦しみが見えた。
「店主!」
駆け寄ろうとした僕に、城主が再び呪文を唱えた。
しまった。そう思ったときにはもう遅く、赤い瞳に捕らわれ逸らすことができない。
『バルムンク、今日もよろしくな』
懐かしい声が聞こえて僕ははっと振り向く。そこにいたのはかつて国を滅ぼそうとした竜を倒し冒険者最強と謳われたかつての持ち主の姿だった。
剣を磨き、そう声をかけるのが彼の毎朝の日課だった。ピカピカに磨いてもらった後に覗き込むその優しい笑顔が大好きだった。
僕は剣の姿に戻っていて、その刀身に彼の顔が反射する。
「……な、んで」
場面が変わる。灼熱に燃えるダンジョンの中だ。岩でできた壁の隙間からは溶岩が噴き出し、足元からは沸騰したお湯が沸き、まともに歩くこともできない。そんな中を笑いながら彼とその仲間は進んでいく。
『この仕事が終わったら国に帰ろうかな』
『なんだよ、怖気づいたのか』
『そんなんじゃねえよ』
簡単な依頼だった。実力のある冒険者ならだれでもこなせるはずの依頼で、ましてや竜を殺したパーティにとっては朝飯前のはずだった。
この依頼が終われば、彼はその国の姫を妻にすることが決まっていた。だがそれに彼が乗り気ではなかったことも僕は知っていた。まだまだ冒険がしたいと言っていたし、僕だって彼と一緒なら世界中のどんな敵も倒せると思っていた。
思っていたんだ。あの時までは――。
「だめだ! そっちに行っちゃだめだ!」
溶岩から炎が噴き出す。足場にしていた岩が割れ、その割れ目から何かが這い出てきた。
「逃げて! そいつと戦っちゃいけない! お願いだからっ!」
炎の熱さが全身に伝わる。身体ががくがくと震える。何度も何度も叫ぶが彼らには声が届かない。
だめだ! そこに行ってはもう二度と――!
「…………ムンク」
取り乱す僕の耳に何かが届いた。
「……バルムンク」
溶岩が湧き出すダンジョンの壁の向こうに、何かが透けて見えた。
「店、主……?」
困ったように微笑む店主が、こちらに手を差し伸べている。
途端に頭の中が冷静に動き出す。いま見えているのはまやかしだ。城主の精神魔法で見せているに過ぎない。
僕はもう一度かつての相棒を見る。この後に起こることなど何も知らない彼が楽しそうに未来の話をしていた。
だけど――。
「もういないんだ」
僕はまやかしに背を向けると、店主の手につかまろうと手を伸ばした。
「まったく、私の護衛たちは手がかかりますね」
しかしその手に触れるより前に、店主の手が薄く光ったと思うと黒い粒のようなものが高速でこちらに飛んできた。
「いたっ!」
「いてっ!」
僕とジェイドが声を上げたのは同時だった。足元に石の粒が転がっている。まやかしはもう消えていた。




