前を見ながら後ろを見る④じゃじゃ馬と脳筋
「左右に分かれてる」
大きな階段は左右に枝分かれして2階へと繋がっていた。シンメトリーになっているので、一見して特に違いはないように見える。どちらに行くのが正解なのか、僕はジェイドを仰ぎ見た。
「前はたしか左に行った」
「じゃあ左?」
「だがスケルトンの大群に襲われた」
「じゃあ右だね」
スケルトンは昔ダンジョンで見た。頭蓋骨にぽっかりと空いた二つの空洞を思い出すと鳥肌が立つ。目玉がないはずなのにこちらを見ているのがわかるあの感覚は、本能的な恐怖なのかもしれない。とにかくスケルトンはない。アンデッド系は物理攻撃も効きにくいし、選ぶ理由がない。店主からも特に反対されなかったので、僕は勝手に進路を決めた。
ところどころ床板の抜けた階段を慎重に進む。2階につくと目の前には螺旋階段があり、更に上の階へと続いているようだった。
ダンジョンの攻略が目的ではないので、なるべく最短距離で最上階を目指す。僕らは2階で待ち構えていた小型の魔物を無視して階段を上った。
ちなみに冒険者は魔物を倒して得られる素材を集めて換金することもあるので、積極的に敵に向かっていく。ジェイドも気になるのかちらちらと魔物を名残惜しそうに見ていたが、無駄な戦いを嫌う店主がすたすたと歩みを進めるのを見て、諦めて僕たちの後ろを歩いていた。
「ここで行き止まりですね」
店主の足が4階で止まった。
階段はまだ上へと伸びていたが、手すりを残して床板がすべて朽ち落ちてしまっていた。
「奥まで進んで、上に行けるところを探さねえとな」
「では、そろそろこちらを渡しておきますね」
店主がおもむろに鞄から取り出したのは双剣だった。しぶしぶ承諾したものの、ずっとふてくされて無言を貫いているミランダとメリンダが、諦めなのか怒りなのか判別のつかない鈍い光を放っている。
「右手用がミランダで、左手用がメリンダです」
ジェイドが両手を伸ばして双剣をぐっと握り込んだ。そして顔の近くに持ってくると、しげしげと眺める。
「ほう、こいつはなかなか腕のある職人が作った業物じゃねえか。握りも悪くね、えッ!」
急に手首を返したジェイドが両方の刃先を自身の顔に向ける。薄く鋭い切っ先が目を突き刺そうとするのを、ジェイドが力で留めている。拮抗しているのか、その腕がわずかに震える。
「ちょ、ちょっと、何やってるの!」
僕の止める声も双剣には届かず、本気で切りかかっているように見える。少しでも気を抜いたらジェイドが刺されてしまう。慌てて店主を見るが、その顔には何の焦りも浮かんでいない。「ジェイドなら大丈夫でしょう」とさらりと言い、隅の方でまるで芝居でも見に来たかのように静かに成り行きを眺めている。
「くっ……! おい、店主! こんなじゃじゃ馬だなんて聞いてねえぞ」
「バルムンクも珈琲飲みます?」
ジェイドをしっかりと無視した店主は、鞄から取り出したポットに入った珈琲をカップに入れすっかりくつろいでいる。僕は当然断った。
「……僕はときどき店主がすごくヤバい人なんじゃないかって思うよ」
「そうですか?」
その間も、双剣とジェイドの押し合いが続いていた。双剣の勢いに押されているのか、ジェイドは足を前後に開いて踏ん張って耐えている。だがどこかジェイドは楽しそうに唇の端を持ち上げた。
「こいつは魔剣だな。俺と力比べなんておもしれえじゃねえか」
魔剣とは、特別な力が込められた剣のことだ。魔剣は意志を持ち、わずかながら動いたり、持ち主の力を吸い取ったりする。その逆に、持ち主に力を与えたり、敵を一瞬で消滅させたりすることもある。
彼女たちはジェイドの体の一部を操り歯向かっている。だがジェイドも負けてはいない。
後ろ向きで後退すると、廊下の壁に背中を付けた。そして双剣が手を振りかざした瞬間にぐいっとしゃがみ込んで頭を下げた。狙いを失った双剣は壁に勢いよく突き刺さる。
ジェイドがよけていなければ大怪我では済まないそれに、すっと背筋が寒くなる。
ジェイドの手は双剣を握ったまま放すことができないので、両手を高く挙げた状態になっている。
「よくも避けたわね」
「覚悟しなさい!」
深々と刺さった壁から引き抜こうと双剣が動く。その動きに合わせてジェイドが思いきり手を地面に振り下ろした。
勢いよく壁から抜けた双剣が地面を目前にした瞬間、双剣を握ったままのジェイドの腕がぴたりと止まる。
「私たちみたいな繊細な剣をこんな固い床に叩きつけようなんて!」
「これだから脳筋は信じられないのよ!」
一瞬動きが止まった腕をジェイドが思い切り振り払った。左手の力が緩み、メリンダが手からすり抜けた。悲鳴のような金属音が響いて床に落下する。
「メリンダっ!! おのれ、よくも……!」
右手に残ったミランダがジェイドの首を掻き切らんばかりに襲い掛かる。
「うおっ! 待て待て!」
右の手首を左手で抑える。さすがに両手で抑え込めば、ミランダの動きは簡単に封じられてしまう。だがなおもミランダから敵意は失われない。隙をついて何度もジェイドの急所を正確に狙ってくる。
その時、微かに何か音が聞こえた。
廊下の奥に視線を送る。埃と靄で先の見えない廊下から、ぐるるると低く唸るような声が聞こえる。餌を探す飢えた獣のようなその声は、すぐそこから聞こえてくるようだった。




