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前を見ながら後ろを見る⑤スケルトンより

不気味な唸り声は、もうすぐそこまで近づいてきていた。


「なんだろう」

「この騒ぎに反応して、少し大きな魔物が来たようですね」

「大変! 早くジェイドたちを止めないと」


店主のエプロンを引っ張って訴えるが、店主はぴくりとも動かない。

ジェイドと双剣はまだ魔物の気配に気づいていないようだ。不意打ちをされてはひとたまりもない。


「ねえ、店主ってば!」

「止めに入りたい気持ちは山々なんですが……まだ珈琲が残っているんです」


カップに半分ほど残る珈琲を見せると、困ったように笑う。


「いやいやいや、面倒くさいだけでしょ!」

「大丈夫ですって。ここは彼らに任せてゆっくりしましょう」


こうなってしまった店主はテコでも動かない。僕は店主に頼ることを諦めてジェイドに声をかけた。


「魔物が来るよ! それも結構大きいのが」


だが真剣にミランダと睨み合っているジェイドは返事をしない。聞こえているのかと不安になり、もう一度口を開こうとした、その時。


地を這うような低い咆哮が辺りに響いた。あまりの声の大きさに地響きのように床や壁が揺れる。びりびりと身体に伝わる圧は、かなり強い魔物が持つものだ。


「なんだぁ、こいつは……」


動きを止めたジェイドが現れた大きな魔物に驚愕の表情を向ける。ミランダも動きを止めじっと身構えた。

そこにいたのは大きな爪と硬いうろこを持った巨大な爬虫類のような魔物、サラマンダーだった。鋭い牙の覗く口と長い尻尾からは真っ赤に燃え盛る炎が出ている。


「サラマンダーってこんなにでかかったか?」

「これならスケルトンの方がましだったかも!」


ぎょろりとした眼が射るようにこちらを向き、二股に分かれた舌をちょろちょろと出して舌なめずりをする。サラマンダーの高さは大柄なジェイドの背丈をはるかに超え、その尻尾までの長さは長い廊下を埋め尽くすほどだ。一体どこにこんな大きな魔物が隠れていたのだろう。サラマンダーにとっては僕らのことなどただの餌に過ぎないのだろう。特に警戒する様子も見せずに地響きを響かせながらジェイドに一歩ずつ近づき、炎の覗く口を大きく開け、刃のような牙を見せた。


「危ないっ!」


肉を骨ごと引きちぎるような鋭い牙と灼熱のファイアーブレス。それがジェイドめがけて襲い掛かる。

ジェイドの眼前に炎が迫ったその時。

くるりと身を翻すとジェイドはサラマンダーの首元に滑り込んで炎を躱し、そのまま首を掴んで前足を足場に背中に飛び乗った。大柄なジェイドの身体が軽々と動き、まるで大きな鳥が羽を広げているように見える。その右手にはミランダが握られている。その繊細で鋭い剣を首筋に突き立てると青い血が噴き出した。

その痛みに咆哮を上げ身体を捩って振り落とそうとするが、右手の剣を突き刺したまま引き裂くように尻尾のほうまで滑り降りた。


「お前、いい剣だな。軽くてしなやかで、見た目と違ってちょっとやそっとじゃ折れそうにねえ」


ジェイドが剣についた血を振り払いながら満足そうに呟いた。


「な、なによ! そんなの当り前じゃない。ちょっと褒められたくらいで喜んだりしないわ!」

「だがなあ、右だけだと軸がぶれるな」


双剣といっても左右の大きさは微妙に違う。右のミランダが少し長く、左のメリンダが刃の幅が若干広い。二本同時に使うことで絶妙なバランスが生まれ、通常の剣より少し劣る攻撃力を圧倒的な手数で凌駕するのだ。

背中を切り裂かれたサラマンダーは痛みのためか殺気が増し、前足と尻尾を何度も振り下ろしている。少し当たっただけでも大きなダメージを食らうだろう。

ジェイドは襲い掛かる鋭い爪をミランダで受け流しながら何とか凌いでいるが決定打にかけていた。


「ちょっと! そんなに馬鹿みたいにがんがんぶつけないで頂戴!」


ミランダが防戦一方のジェイドにじれたのかイライラした声を上げた。その途端、ジェイドの右手が大きく動いた。


「うわっ、ちょっとやめろって、お前!」


ミランダに操られた右手が闇雲にサラマンダーに斬りかかる。


「馬鹿、お前じゃ間合いが足りねえんだよ!」

「馬鹿はそっちでしょ! 攻撃は最大の防御だわ!」

「やめろ、マジで死ぬって!」

「安心して。あんたが死んだら愚かな脳筋の墓標を立てて弔ってあげるわ」


ジェイドにはミランダの言葉が聞こえていないはずなのに、まるで会話をしているみたいに二人が騒ぐ。

ジェイドがいつも使っているロングソードに比べるとミランダの刀身ははるかに短く、攻撃をするには敵の間合いに入り込まなければならない。食べてくれと言わんばかりの暴挙だ。


「さて、珈琲も飲み終わったことですし、そろそろ終わらせてもらいましょうか」


店主がのんびりと空になったカップを片付けて片手を伸ばす。その方向には、落ちて倒れたままのメリンダがいる。

優しく包み込むような風がふわりとメリンダを持ち上げ、ジェイドの方に向かう。

ジェイドの左手が、それをしっかりと握り込む。


「さあ、ミランダ、メリンダ。思う存分暴れてください」


ジェイドの両手の双剣が、ギラリと鋭く光を放った。ミランダが攻撃している間にメリンダが敵を牽制し、ミランダが離れるタイミングでメリンダが敵を穿つ。その刃先についた青い血が飛び散るたびに美しい放物線を描く。青い紋様のようなそれが空中に浮かび上がるその光景は、厳かでどこか儀式めいていた。

双剣の強さはもちろん、ジェイドも自身の手足のように武器を自在に操る。左手に重さが戻った途端、それまで不安定だった重心が安定し攻撃と防御に少しの無駄も生まれない。初めて使ったとは思えない、まるで馴染んだ相棒のように互いの呼吸が一つになる。

その圧倒的な手数にサラマンダーは反撃することも許されず、もがき苦しむだけだった。

ジェイドはコンドルのように両手を広げたまま高く飛び上がり、脳天を目掛けて双剣を突き刺した。

一際大きな咆哮が上がり、口から炎が吹き出す。だがそれも一瞬。更に深く突き刺した双剣によってサラマンダーの動きがゆっくりと止まり、やがて眠るように目を閉じると大きな体を横に倒した。


「久々にビビったわ」


ジェイドが額の汗を拭いながらこちらにやってくる。店主はジェイドと双剣を労うように笑顔を送ると手を叩いた。


「見せもんじゃねえっつーの」


戦闘中のんびりと珈琲を啜る店主の姿に気づいていたのか、ジェイドは大きなため息をついた。双剣の扱いに苦労していたとはいえ、店主なら一瞬で倒せただろう魔物に苦戦していた姿を見られたのが気に入らなかったのかもしれない。少し不貞腐れたように店主を睨みつける。


「だって今日は私の護衛じゃないですか。報酬の分、しっかり働いてくださいね」

「へえへえ」

「でも、これでミランダたちと和解できましたね」


ジェイドのベルトに差された双剣が不満そうに口を開いた。


「別に、この男を認めたわけじゃないわ」

「私たちもちょうど暴れたいところだっただけよ」

「こいつらなんて言ってるんだ?」


双剣の声が聞こえないジェイドが店主に訊ねる。


「ジェイドのことを褒めています」

「そうかい」


その嘘を今度は真に受けず、それでも楽しそうにジェイドが口の端を持ち上げた。


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