パパ友
店主の瞳がゆっくりと揺れ、だんだんと光が戻ってくる。
僕を持ったジェイドの姿に驚き、目を大きく開く。
「店主!」
腕が力を失ったようにだらりと下がり、体が大きく傾いた。
ジェイドが片手でその肩を支える。
「ジェイド……、バルムンクも……」
「戻ったんだね! よかった!」
青ざめた表情で辺りを見回し、店主は苦しげに大きく息を吐いた。
「……みんなに魔法を向けてしまいました」
「気にすんな。お前の、せいじゃねぇっ!」
「……ジェイド?」
「悪い。その、お前が正気に戻ったことを喜びたいんだが……その……」
そのジェイドの声に店主がはっと顔を上げる。
ジェイドは何かに耐えるように、全身に力を込めていた。
「早くバルムンクを放してください! バルムンクの魔力が体の中で暴走してしまいます!」
咄嗟に手を放したが、一度体内に入ってしまった僕の魔力の奔流は止まることはなかった。
「どうしよう、僕のせいだ……」
ジェイドに現れたのは激しい破壊衝動だった。
店主を床に横たえると、うぉぉっと雄叫びを上げ、猛烈な勢いでフォレスターのもとに走り出した。
「な、なにをする! 8番、なにをしているんだ! 私を守れ!」
「うるせぇっ!」
再び鍵盤に手を伸ばしたフォレスターの横っ面をジェイドが素手で勢いよく殴りつけた。
そしてそのままの勢いでピアノをぼこぼこと殴り続けた。
ピアノ線がジェイドの手を傷つけたが、気にすることなく破壊する。
「ジェイド……」
このダンジョンのボスだと言われても納得してしまうくらいに暴れまわるジェイドに僕は呆気にとられる。
悲鳴のような音を出しながらピアノは見る影もなくばらばらになり、岩の上には意識を失ったフォレスターが顔をぱんぱんに腫らして伸びている。
自分を縛り付けていた偽物の父親とピアノが壊れていく様を、店主は体を起こして静かに見守っていた。
「ふむ。ここにもオーガがいたか。退治せねば」
「誰が魔物だ!」
突然入口の方から聞こえた声に僕たちは振り向く。
ひとしきり暴れまわってすっきりしたのか、冷静さを取り戻したジェイドが声の主につっこんだ。
そこには、ファエナが立っていた。
ファエナの後ろには数人の男たちの姿もある。
「やっときたか探偵、遅かったな。俺の弟子がぼろぼろになったじゃないか」
「すまない古道具屋。ちと手間取ってな」
老人とファエナのやり取りを、僕もジェイドもチェロキーも戸惑って見つめる。
「え……、どういうことですか、所長……」
ファエナは不敵な笑みを浮かべ、老人を指さした。
「ふむ。すべてはこの古道具屋の計画だ」
「嘘をつくな! お前が勝手にやったんだろう」
「そうだったか? それにしてもなんだ、このザマは。私があれだけ演奏をさせるなと言ったのに」
ファエナは、ぼろぼろになった店主と暴れまわったジェイド、魔法の使い過ぎでふらふらになったチェロキーを呆れたように見回した。
「ちょっと所長、あたし頭回ってなくて全然わからないんで、ちゃんと説明してもらえますか。それに、あの人たちは一体誰なんですか」
ファエナの後ろにいた男たちが、フォレスターと、縛られていた男を取り押さえている。
男の両目に双剣が刺さっているのを見て「さすがにやり過ぎでは」と言っている彼らの声が聞こえたが、ジェイドは目をそらして聞こえないふりをしていた。
「ファエナさん、でしたよね」
店主が脇腹を押さえながらよろよろと立ち上がった。
「ああ。お前は8番だな」
「ええ。あなたがあのとき、チェロキーを助けてくれたんですね」
「たいしたことはしていない。それよりもお前が守ってくれたからこの娘がここにいる。礼を言おう」
店主はいつものような穏やかな顔でふっと笑った。
力が抜けたのか傾いた体を、ジェイドが飛んできて支える。
「私はあの男がフォレスターを連れ出し、エチュード計画を再開しようとしていることに気づいた。もともとフォレスターの周りは警戒していたからな。研究のために、エチュードを利用しようとすることも容易に推測できた。8番の居場所は知られていない。だから大丈夫だろうと思っていたが……」
「あの雑誌か」
ジェイドの言葉にファエナが頷く。
男は店主の居場所を探していた。おおよその場所は推測していたのだろう。
遺失物センターは完全に閉鎖された場所ではなかったし、店主だってずっと隠れていたわけではない。
だから遺失物センターの場所を聞き出そうと、男は雑誌を書いた記者に近づいたという。
「あの雑誌は意外に注目を集めたようでしたから、私は彼に気を付けるように言いに行ったんです。ですが……一足遅かった」
「エッジが見たのはその時か」
「ええ」
店主の表情が曇った。結局は自分のせいで死なせてしまったと後悔の滲む声で言う。
「それはわかったが、お前の目的はなんだ?」
「ふむ、私の目的か? 私の目的は、真実の開示と、エチュード計画の完全終結だ」
ジェイドの質問に答えるが相変わらずファエナの言うことは回りくどく、意味がわからない。
老人がイライラして舌打ちする。
「お前はそんなんだから娘に冷たくされるんだ。自ら気づかせ成長を促すのも大事かもしれんが、闇雲に混乱させてどうする」
「古道具屋は甘やかしすぎだ」
「ちょっと待ってください、二人は前から知り合いなんですか?」
チェロキーが遮ると、ファエナは不思議そうに首を傾げた。
「言っていなかったか。彼は私の保護者仲間だ。いわゆる、パパ友、ママ友の関係だ。エチュードを育てる者同士、時々情報交換をしていたのだ」
「知らないです……ってか所長は自己完結しすぎなんですよ! どうせ脳内で会話して、あたしに話した気になってたんですよね!?」
「ふむ、そうかもしれんな」
「そのふむってとぼけるのもやめてください!」
いや、話が脱線してるから。
早く話の続きを聞かせてよ。
僕が人間の姿だったらそう言えるのに、いまこの場に話を戻してくれる人が少なすぎる。
しかたなく僕は店主に呼びかけた。
「店主、ファエナさんの言ってる真実の開示って何のことかな」
すると店主はやさしく微笑んだ。
「まずは君たちの姿を変えましょうか」
店主がはめていた手錠をはずす。手錠はガシャンと音を立て床に落ちた。
どこまで計算していたんだろう。
自分が操られる可能性を考えて、店主は簡単にはずせる手錠をあえてはめて、僕たちをなるべく傷つけないようにした。
赤く後の付いてしまった手首をさすったあと、黄色いエプロンから珈琲豆を3つ取り出した。
店主の温かい魔力の光を浴びて、僕とミランダとメリンダはふたたび人間の姿に戻った。
その途端、ふたりが店主に抱き付いた。
店主は笑いながらふたりの頭を優しくなでた。
「何も言わずに出ていくなんてひどいわ!」
「パフェなんかじゃ許してあげないんだから!」
「すみません。助けに来てくれて、ありがとうございます」
笑顔を向けると、もう一度強く、ふたりはエプロンに顔を押し付けた。そのエプロンに血がついているのを見て、心配そうに店主を見上げる。
「大丈夫です。もう出血は止まりました。たいした怪我ではありません」
「本当かよ」
まだふらついている店主の肩を支えたままジェイドが眉を寄せた。
だがジェイドの心配に気づかないふりをして、店主はファエナを見据えた。
「さて、そろそろ話の続きを聞きましょうか。おおかた予想はついていますが」
「ほう?」
ファエナの眼鏡が光を反射し、表情が見えなくなる。
「エチュード計画の完全終結といいましたね。フォレスターは今後国の方でどうにかするんでしょうけど、私の存在はどうにもなりません。私がいる限り、エチュードを利用しようとする人間はいつまでも追ってくるでしょう。エチュード計画を完全に終わらせること。それは、エチュードの破壊を意味する。そうですよね?」
店主の言葉に僕たちははっとしてファエナを見た。
エチュードを破壊する。それってつまり……。
僕たちは青ざめる。
ファエナは唇の端をくいっと上げた。
「さすがは察しがいいな。この世界の平和のために、エチュードには消えてもらわなければならない」
「そんなっ」
「ふざけんなよ! そんなことさせるかよ!」
ジェイドがファエナに掴みかかろうとするのを店主が首を振って制する。
いつの間にか僕たちの周りを、ファエナと一緒に来た男たちが円を描くように取り囲んでいた。
「彼らは騎士団の特殊部隊だ。エチュードの攻撃にも対抗しうる。無駄な抵抗はよせ」
「そんな……所長! だめです! この人は私の兄なんです! この人を殺すなら……先に私を殺してください!」
チェロキーが店主を守るようにファエナの前に立ちはだかった。
ファエナはふっと笑うと、チェロキーの頭をぽんと叩いた。
「チェロキー。お前は確かにエチュードかもしれんが、お前は自分の意志でしか魔法を使うことはできないだろう。だが彼はどうだ。正気に戻ったとはいえ一時でも操られ、仲間であろうと攻撃してしまうんだ。そうなって一番苦しむのは誰だと思う? ほかならぬ彼自身だ」
「……あたしが、ガラクタだから」
「ガラクタではない。ただの音痴だ」
「え……?」
チェロキーの驚いた声が、洞窟の中に静かに響いた。




