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竜殺し

「ジェイド!」


ジェイドが横に跳んだ。

雷魔法が着地した場所の石を焦がし白い煙が細く立ち上る。直撃は免れたが、衝撃で体が大きく揺れた。


「くそっ、本気で殺しにきてやがる」


ジェイドが舌打ちして素早く立ち上がる。


店主の瞳は依然として虚ろなままだった。

感情も迷いも、何もない。

ただ命令に忠実に従うだけの人形のようだった。

次の魔法が準備されていくのが、手のひらの光でわかった。


「こいつに剣は向けられねぇ」


ジェイドが歯を食いしばりながら僕に言った。それはわかる。でも、それではジェイドは防戦一方だ。

店主の手から光が放たれる。


「ジェイド、逃げて!」

「どこに逃げろってんだ、この広さで!」


次の魔法が放たれた。今度は炎の塊だった。

ジェイドが剣の腹で受け流す。熱が腕に伝わったのか、一瞬顔を歪めたがすぐに表情を消した。


「おい、じじい! お前あいつの師匠なんだろ? 止める方法とか知らねぇのかよ」


ジェイドが叫ぶ。

無礼なやつだとぼやきながら、老人は冷静な声で答えた。


「止める方法は……あるにはあるがいまはまだ不可能だ。だがあいつはこんなことになる可能性も考えて、あの手錠をあえて外さなかった。あれのおかげで魔力は普段の5分の1程度に抑えられている。直撃すればただでは済まんが、少し当たるくらいなら骨折程度で済むだろう」

「十分やばいんだが!」


ジェイドが今度は低く身を屈めて店主との距離を詰めようとした。だが店主はその動きを読んでいた。

魔法が連続して放たれ、ジェイドが前に出るたびに弾き返される。遠距離から魔法を連射する店主に、接近戦を得意とするジェイドでは近づくことができない。


「店主! 目を覚ましてよ! 店主!」


冷たい表情でジェイドを攻撃する店主に、僕は必死に呼びかけた。すっと向けられた店主の視線に捉えられた瞬間、僕は体が動かなくなった。

フォレスターの演奏はとっくに終わっているのに、その瞳の中はまるで音が揺れるかのように小刻みに揺らいでいた。音に飲み込まれている。

そこにあったのはいつもの店主の姿ではない。


『バルムンク、珈琲でも飲みませんか』

『一緒に行きましょう、バルムンク』


いつも穏やかに笑っていた店主が、僕を見ていない。

こんな姿は、店主じゃない。


「離れろ、バルムンクっ!」


手のひらが光る。

ジェイドが叫んだ瞬間、店主の魔法攻撃が僕たちをめがけて飛んできた。


「危ない!」


横から飛んできた大きな魔力の塊が店主の魔法にぶつかった。轟音とともに両方の魔法が相殺されて消える。

チェロキーだった。

両手を前に突き出して、肩で息をしていた。


「魔力制御されててこれですか、さすがですね。あたしの全力とほぼ互角です」

「ほう、ガラクタといっても私の子だな。いい魔力だ」

「いい加減黙れよ、クソピアノ野郎!」


店主が僕たちを向いている隙にジェイドがフォレスターのところに一気に攻め込む。

だがくるりと振り向いた店主がそれを防ぐ。


「お前……その傷……」


店主のわき腹の傷は出血がまだ続いていた。黄色いエプロンが赤く染まっている。

直接攻撃することはできないが、逃げ回っているだけだと店主が倒れてしまう。


今度は老人に向かって氷の礫が飛んだ。

僕が老人を庇うように前に出た瞬間、チェロキーがまた相殺する。


「あたしがいる間はこちらへの攻撃はすべて防ぎます。……でも長くは持たないかもしれません」


チェロキーの額に汗が滲んでいた。


「バルムンク」


ジェイドが剣を構えながら静かに僕を呼んだ。


「お前、強ぇんだろ?」

「え?」

「お前、伝説の魔剣『竜殺し』だったよな?」

「そうだけど、でも……」

「剣に戻れ。俺がお前を使う。お前の魔力で店主を止めろ」

「そんなこと……」


できるだろうか。

たしか以前、店主が言っていた。

普通の人は僕を使うと僕の魔力でおかしくなると。僕が無意識に剣を握った人に自分の魔力を混ぜてしまうから、普通の人はその魔力に耐えられないと。


「そんなことしたら、ジェイドが死んじゃうかもしれないよ」

「おいおい、俺がそんな簡単にくたばると思うか?」


ジェイドがニカッと大きく口を開けて笑った。


「一緒にこいつを正気に戻そうぜ」

「……わかった!」


僕は必死に攻撃を防いでいるチェロキーに近づいた。

ポケットから取り出したものを託す。


「これ、お願いできる?」

「これは……?」

「さっき取り出したんだ」


厳重に封印されていた、あの扉の奥にあったもの。

それは壊れた魔核だった。


「店主とは全く違う魔力が流れているのに、間違いなく店主の魔力も混じってる。わからないけど、何かに使えるかもしれない。持っていてほしいんだ」

「わかりました。……大丈夫ですよね? 私、あの人にまだ何も伝えられてないんです。助けてくれたことも知らずに勝手に恨んで……」

「大丈夫。僕たちが必ず店主を取り返すよ」


チェロキーは安心したように微笑んだ。


僕は目を閉じて、意識をジェイドの腰に下げられた自分の本体に集中させる。

剣に戻ればジェイドとの会話はできなくなる。

でも、ジェイドなら心配ない。

ゆっくりと体が消えていく。

視界が変わる。音が変わる。

冷たく硬い、大きな剣の中に僕は戻った。


ジェイドがしっかりと僕を握る。


「いい剣だ。頼むぞ、バルムンク!」


握った手に、力が込められた。

ジェイドの手から、温かいものが流れ込んでくる。ジェイドの魔力だ。普段は魔法を使えないジェイドの、それでもわずかにある魔力が僕を通して形を変えていく。


「おお、すげぇなこれは」


ジェイドが驚きの声を上げた。自分の体に流れる力の変化に気づいたのだろう。


「……お前、こんなことできたのか」


できるよ。でも気を付けて。僕の魔力はジェイドには毒だ。


ジェイドが駆け出した。


店主が魔法を放つ。今度はジェイドは避けることをしなかった。

かわりに剣で魔法を受ける。

魔法が僕に触れた瞬間、弾けるような光が飛び散った。大きな衝撃があった。でもジェイドはびくともしなかった。


ジェイドがにやりと笑う。


どんな武器でも軽々使いこなすジェイドは、僕を使うのが初めてではないみたいに剣の長さや重さを正確に把握して体の動かし方を変えていた。大きな体格をしているのに双剣をうまく使っているだけはある。


もう一発来た。また受けて弾く。

ジェイドは止まらなかった。一歩ずつ、確実に距離を縮めていく。魔法を受けるたびに僕で攻撃を防ぎ、しっかりと前に進む。


「店主」


また魔法が来た。ジェイドは今度は体を傾けて避けた。かすった衝撃で上着の袖が焦げた。


店主の手のひらがジェイドに向く。至近距離からの魔法だ。さすがにこれは受けきれない。


「ジェイドさんっ!」


チェロキーが叫んで魔法を飛ばした。店主の魔法と相殺する。爆風で店主がよろめいた。

その一瞬の隙に、ジェイドが踏み込む。

剣の腹で、店主の手を払った。

魔法が空に散る。

そのまま、もう一方の手で店主の肩を掴んだ。


「戻ってこい」


静かな声だった。

店主の体がわずかに揺れた。


「バルムンク、いくぞ」


ジェイドが大きく剣を振り上げた。

店主の体に当たる直前にそれは止まる。

僕はジェイドの手の中で、店主に向かって呼びかけた。

魔力を使って。

店主への想いを全部を込めて。

珈琲の香りがする遺失物センター。カウンターで微笑む姿。僕に「一緒に帰りましょう」と言った言葉。


店主。

ここにいるよ。

僕たちはみんな、ここにいるよ。

だから、戻ってきて――。


静寂があたりを包んだ。

店主の肩を掴んだジェイドの手も、相殺の構えを取ったままのチェロキーも、老人も、誰も動かなかった。


やがて、店主の瞳が、ゆっくりと揺れた。

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