十龍医薬科医院中心
このガキ、いくつだ?ヒスイよりちょっと上だな。親御さんは何してるんだ?…
不機嫌なまま、セキエイはルチルがドンブリ飯を平らげる様子を眺めていた。小綺麗なスーツの男と小汚いボロを纏う子ども。不釣り合いにも程があった。
セキエイ
「つーかお前さ、服それしかないわけ?あと、臭い。風呂入ってねーだろ。」
さすがにこのセキエイの無礼な一言に頭にきたのか、ルチルはドンブリを抱えたまま、口をへの字に曲げた。
ルチル
「失礼だな!あったらこんな服、着てねーよ!」
そう声を張り上げて、ぷいっと横を向いてしまった。
散々俺に言っておいて、自分が言われたらこれかよ。セキエイは一瞬思ったが、
セキエイ
「シャワーぐらい貸すわ。来な。」
と椅子から立ち上がった。
ルチル
「へっ!?」
セキエイ
「俺の職場に行くから、ついて来い。」
ルチルもセキエイにつられて椅子から立ち上がった。
ルチルがセキエイに引っ付いて歩くこと数分。十龍でもそこそこ大きい医療センターが目の前に現れた。
ルチル
「うぎっ、病院かよ!」
ルチルは跳ね返って服についた泥を見るような目付きで大きな建物を見た。
セキエイ
「何だ、病院嫌いか?注射が怖いのか?」
セキエイはそんなルチルなどお構いなく医療センターに足を踏み入れる。ルチルは顰めっ面のまま、
ルチル
「ろくな記憶がない。しょっちゅう栄養失調を起こしてぶっ倒れて連れてかれるけど、金がないからって追い出されるんだ。」
ルチルはしばらく口を噤んで、口の中で散々噛んだガムを吐くように言った。
ルチル
「医者も看護師も、嫌いだ。」
セキエイ
「あっそ。」
セキエイは空返事だけして、病院の中へとどんどん進んで行った。
消毒のツーンとした匂いがルチルの鼻をつく。長い廊下の部屋にはすべて看板がついている。ここが病院だと、ルチルにはっきりとわからせていた。当然ルチルの気分は良くない。
「先生、おはようございます。その子は?」
セキエイ
「おはよう。あぁ、この子は気にしないでください。えーと、子ども用のパジャマはこれでしたっけ?」
ルチル
「?」
セキエイはルチルに構わずに話を進めていったが、ある部屋の前でピタリと足を止め、
セキエイ
「シャワー室だ。中に石鹸がある。これ、パジャマだけどその服よりましだろ。」
とルチルに言い、綺麗に畳んである白いガウンのようなパジャマを渡した。
しかし、ルチルはその親切を素直に喜べなかった。ルチルは突然俯き、セキエイと目を合わせようとしなかった。
何だ?まだ文句あんのか?
セキエイはルチルの様子を眺めていた。
ルチル
「あ…あ、俺、…女です…」
セキエイ
「まじで?」
ルチル
「はい…」
さっきまでの威勢の良さは、紙飛行機のようにどこかへ飛んで行ってしまった。その丸顔の頬は、ほんのりと紅く染まっていた。セキエイが連れてきたシャワー室は、男用だった。
セキエイ
「んだよ、今更女を見せんじゃねーよ。ほら、女風呂は奥だ。俺は入れないから勝手に行け。」
セキエイは隣の赤いマークのある扉を指差した。
セキエイはそんなことを思いながら、ルチルをシャワー室に残してそそくさと着替えに行った。あぁ、腹減った。あいつ本当に美味そうに飯を食うな。白衣に袖を通したセキエイは、今度は医師として病院のシャワー室へ向かった。
ルチル
「…」
シャワー室の前に、炊きたての肉まんのようにホカホカと体から湯気が出ている綺麗になったルチルが立っていた。
セキエイ
「なんだお前、結構可愛いじゃん。」
ルチル
「なっ!…」
ルチルは一瞬声を出したが、シャワーを浴びる前よりも更に顔を赤くして俯いてしまった。
何だよ、お前、可愛らしい女の子じゃん。
セキエイ
「まーいい、ちょっと診察室3まで来い。受付には言ってあるから、直接入れ。」
セキエイは、ルチルを手招きして先に病院の奥へ行こうとした。が、
ルチル
「ちょっと待ってくれ。俺は字が読めない。数字しかわからない。お前の名前も読めないんだ。」
セキエイ
「じゃあついてこいよ。俺の名前は外国語読みだからみんな読めない。」
ルチル
「そうなのか?」
ルチルは少し早足で、ちょこちょこと遥かに歩幅の大きいセキエイについて行った。ここから先は、医師と患者という不思議な関係に切り替わった。
ルチル
「…」
看護師
「どうしたの?怖くないわよ。」
一体、今までの生意気な態度はどこへ飛んで行ってしまったのだろう。借りてきた猫という言葉がこれほど合う光景はなかった。ルチルは診察室に着くなり、挙動不審に辺りをキョロキョロ見回し始めた。
ルチル
「…痛いの嫌い」
看護師
「放っておくと、余計に痛くなるわよ。」
年配の看護師は、最もなことをルチルに言った。
くっさいな、このツンとくる匂いとやたら真っ白な空間と、パイプ椅子が苦手なんだよ。ベッドもこれじゃまるで、まな板の上の鯉になった気分だ。
このときルチルは不快だった。どうしてか、自分は家畜のように扱われているのじゃないかと意味不明な不安に襲われていた。
セキエイ
「右足を見せてくれ。」
向かいの椅子に座ると、セキエイはルチルに声をかけた。
ルチル
「んだよ、何もねーよ。」
セキエイ
「嘘をつくな。太もも、痛いだろ?」
ルチル
「…」
ルチルは仕方なく、白いパジャマをめくった。
セキエイ
「ほら見ろ。これ、縫うぞ?」
ルチル
「はっ!?」
ルチルはとっさに目を見開いた。
ルチル
「やめんか!よせー!」
と無意味な抵抗をするも、周りの人たちに押さえつけられ動くことができない。
セキエイ
「うっせえな、黙れよ。はい終わり。」
ルチル
「?」
えっ、もう?ルチルは拍子抜けして、ぽかんと口を開けた。騒いでいたわりにはほんの一瞬で、ほとんど痛くなかったからだ。
セキエイ
「お前なー、うちの子でもこんなに騒がないぞ…」
セキエイ含め、周りのスタッフ達はこのお騒がせ者に苦笑いをしていた。
「口は悪いけど、いい先生よ。」
ルチルはしばらく、病院のベッドで休むことになった。そばにいた看護師が点滴をつけながら笑っていた。
看護師
「だいぶ体が弱ってるのね。少し休んで。」
ルチル
「は、はぁ…最近ろくに食ってなかったし…」
変な男。あいつがアンデシン様が、唯一敵わない相手か。まー金はありそうだなー。ルチルは近くの鏡で自分の顔を見つめた。スッキリ綺麗になった顔は肌がツヤツヤしていて別人のようだった。ルチルもそろそろ、身だしなみを気にし始めるお年頃だ。盗みばかりを繰り返す日々の中で、そんなことを気にしている余裕はなかった。
布団が柔らかくて温かい。固い段ボールとは大違いだ。ルチルは白い布団に身体をくるみ、久しぶりの安堵を覚え目を閉じた。




