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尖沙西にて

ここか。


アンは綾港の尖沙西ジャンシャシーという、繁華街の十龍から地下鉄で二駅ほど離れた場所にいた。


どんな厳重な鍵もアンにはきかない。セキュリティを無視して、この監獄を軽々と瞬間移動した。


今回の獲物はここ、綾港で1番厳しいとされる刑務所に服役中のカーという男だ。


アンは少し離れた場所からカーを捜した。


どうやら作業中らしい。男は刑務所内で工場のミシンで服を縫っていた。ベージュの壁はひび割れて隙間風が吹き、あまり労働環境はよろしくないようだ。カーキ色のつなぎを身に纏い、真面目に作業をしているように見えた。


カー以外にも数人同じように作業をしているものがいたが、アンには誰がカーなのかがすぐにわかった。


生まれ持った器量の良さを武器に、タレントの卵として結婚詐欺をはたらいていた男は、今はその面影をわずかにしか残していなかった。それほどカーは冴えない表情をしていた。つまんねーなーと言いたいばかりに。


アン

「…失礼」


アンは作業場の前の、灰色が支配するジメジメとした廊下にいた刑務官の背後に行き、その不思議な力で瞬時に失神させた。作業場に行くか。アンは刑務官としてカーの側へ近づいた。


女泣かせのカスが。テメーに同情の余地はない!アンの側で依頼人が泣き叫んだのを、アンはカーの顔と被らせて思い出した。被害者は失意のあまり若くして身を投げたという。依頼人はその被害者の親だった。


考えれば可笑しな話だ。カーより僕の方が、よっぽどえげつないことをしてきているのだ。なのになぜ、依頼人は僕に縋るのだろうか。


悪をもって悪を為す?バカか。

アンは顔を顰めた。


正義って、なんだろう。僕にはわからない。個人の信条ほど押し付けられて迷惑なものはない。それでも、悪に染まっても、娘の恨みを晴らしたいのか。


でももし、ヒスイが同じ目にあったら。僕は…


刑務官の持っていたセキュリティカードは使えない、アンはすぐに判断して作業場のロックに軽く触れて壊した。カチッとロックは解除され、ドアは開いた。


顔認識か。面倒くさくなったな。アンは何食わぬ顔をして、作業場にはいり辺りを歩いた。誰もそのことに気を留めず、ひたすら手を動かしてる。アンはすぐにカーの前を通り過ぎた。


アンはくるりと作業場内を一周し、外へ出た。先ほど失神させた刑務官に着替えをさせ、またしても風のようにその場を去った。


カーが心不全で他界したのは、その数分後だった。


依頼人

「…本当にすごい…」


世間を騒がせた結婚詐欺師の不慮の出来事は、すぐに速報で綾港内に流れた。アンの元に依頼人の力のない声が届いたのも、あっという間だった。


アン

「別に、大したことはない。」


アンは素っ気ない返事をし、依頼人からの入金を確認して、仕事を終えた。そしていつも通り、この虚無感を抱きながら、綾港の街を1人でトボトボと歩いていった。


アン

「もしもし。どうしました。」




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