杳葉にて
セキエイ
「そんなに急いで食ったって、飯は逃げねーぞー。」
「んだってよぉー、腹減っちまったんだよー!!」
セキエイ
「うるせぇ。黙って食え。」
何だこのガキ。図々しいにもほどがあんだろ。セキエイは頬づえをついて、この子犬のような大飯食らいを眺めていた。
ここから、話はさっきまでいた廃墟まで戻る。
「おぉ!サンキューな!」
セキエイが電話ボックスを開くと、相手はすぐに起き上がってセキエイに飛びついた。破れた、元々黄色だったような長袖のシャツは黒ずんでいた。
おぃ、よせよ!スーツ汚れんだろ!とセキエイは言いたげに、
セキエイ
「よせ。くっつくな。俺にくっついていい人間はこの世に2人だけだ。」
と吐き捨てた。
「んだよ。せこいな。俺の名前はルチル、よろしくなー。」
セキエイ
「聞いてねーよ。」
セキエイはいつも通り、興味ない人は冷たくあしらった。
ルチル
「よろしくしろよ。さもないと師匠にチクるぞ。」
ルチルはむすーっとしながらセキエイの左手首をぐいぐいと引っ張った。
おー高そうな指輪。まぁ、盗むのは止めといてやるか。ルチルはセキエイの嫌がる顔も無視して手首を掴んでいた。
セキエイ
「お前の師匠など知らん。」
ルチル
「嘘をつくな。」
セキエイが迷惑そうな顔をしても、ルチルがセキエイの手首を握る力を強めていった。
ルチル
「俺の師匠はアンデシン様だぞ!どうだ、アジア1の殺し屋だぃ!」
セキエイ
「…」
アンの名前をルチルが出した途端、突然、雷にでも打たれかのように、セキエイの脳みその思考回路はショートして動かなくなった。…
アン、何なんだよ、お前は。
本当、俺のことを引っ掻き回すな…
何も言わなくなったセキエイを、ルチルは口元を緩めて見ていた。
この男の弱味を握るのは、いとも簡単だったからだ。
しつけーガキだなー。セキエイは眠い目を擦りながら、ルチルに聞こえるか聞こえないかの声でぼやいた。ルチルは聞かないどころか、廃墟からずるずるとセキエイにしつこくくっついてきていた。
ルチル
「腹減ったー!」
セキエイ
「俺は減ってない。」
セキエイはキッパリと言い切って、ルチルを無視するかのように電話をかけた。電話の相手はもちろんアンだ。
そして、約5分が経過した。
セキエイ
「はぁ?おぅ…ん…」
腑に落ちないのはセキエイの眉間のシワが物語っていた。どうやら、アンとこのガキは本当に知人同士だったのだ。
ルチル
「腹減ったー!」
電話をしているうちは、気を遣えたのかルチルは行儀良く静かにしていたが、終わってしまうと途端に泣き出す赤ん坊のように騒ぎ始めた。
これにはさすがにセキエイも折れたようだった。
セキエイ
「アンの知り合いじゃしょうがねーな…来い。」
ルチルは早足でセキエイの後をついて行った。そのまま廃墟の隣にある杳葉という屋台にセキエイとルチルは入った。
綾港の人たちの朝はゆっくりだ。みんなここのようなお店で軽く摘むか、テイクアウトをして職場でちょこっと食べるかが多い。
ちょうど今、マーライコウ(中華風の蒸しパン)が蒸しあがったようだ、少し甘い匂いがブワッと店内に吹きかけて客の食欲をそそっていた。これにはルチルの腹の虫が大暴れを始めた。
セキエイ
「なんか頼め。ただし、ひとつだけだぞ」
完全にセキエイは根気負けをした。ルチルは遠慮なくパイコー飯を注文した。
ルチル
「うめー!あぁ、温かい飯は久しぶりだ!」
セキエイ
「…」
そんな浮かない表情のセキエイなどつゆ知らず、ルチルは目の前に置かれたドンブリ飯をかきこんでいた。
ルチル
「アンデシン様の飯もうまかったなー。」
セキエイ
「は?お前何あいつの飯まで食ってんだ?」
ルチルの向かいに座って、頬づえをついたままのセキエイはつぶやいた。
どういう関係だよ、このガキと。知り合いだからよろしく~じゃねーぞ、アンのやつ…
色々なことがありすぎて疲れていたセキエイの頭は、少しだけ動いていた。
アンのやつ、後でガキの分の飯代を出せよ?セキエイは心の中で声を張り上げた。
ルチル
「いいだろ別に?アンデシン様がクッキーとエッグタルトを焼いてくれたんだ、美味かったぞ?俺のかあちゃんの分もくれたんだ、お前みたいにチンケなことは言わなかったし。」
セキエイ
「奢ってもらっといてその態度は何だ。文句あんならもう食わなくていいぞ。」
セキエイの気分は天気予想でいう下り坂だった。




