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綾港の旧役所にて

その頃。ここ、綾港では。


「久しぶりだな、エイジ。お前も懲りない奴だな」


セキエイ

「誰も戻るなんていってないだろ?」


「ははは」


電話の向こうの相手は嗄れた声で笑っていた。ヒスイを学校へ送った後に、セキエイは「おっちゃん」の元へと電話をかけた。


「アンに身元がバレたのか」


セキエイ

「なぜわかる?」


セキエイは咄嗟に答えた。セキエイがこのおっちゃんの元へ電話した理由を、あっと言う間に当ててしまったからだ。


セキエイ

「アンから連絡があったのか!?」


セキエイの声は荒れていた。辺りは車のクラクションが鳴る通り。そこの片隅の公衆電話からセキエイは電話していた。


「公衆電話からかけると内容がバレるぞ」


おっちゃんはセキエイの質問を無視して答えた。


セキエイ

「こんなの俺が変えればいい。そのくらい朝飯前だ。アンは?」


「連絡なんてねーよ。そんな相手じゃねぇ、アンはもう、雲の上の人間さ。お前、本当にかかわりないんだな。奥門か綾港にいりゃマフィアどころか一般人すら知ってるぞ?」


おっちゃんの声は笑っていた。昔とまるで変わらない。とぼけたふりは超一流だった。


ガヤガヤ騒がしい繁華街のボロい廃墟の近くの公衆電話になど人は来ない。この廃墟は旧役所でかなり大きかった。どうやら噂によればならず者の溜まり場のようだが、さすがに昼間は人っ子ひとりいなさそうだった。昼間なのにどんより暗いのは建物が大きいせいか、それか…


セキエイ

「だから、もうキッパリ切ったと言ってるだろう。でもアンは別だ。ヒスイだってそうだ。俺はアンのためなら何でもする」


「あーはいはい、惚気はそっちでやってくれ」


セキエイ

「惚気じゃねぇよ!真面目な話しだ」


セキエイは啖呵を切った。


「おー恐。とにかくな、俺の元にアンから連絡はない。お前、何か狙われるようなことでもしたんじゃないのか?アンに技を破られたんだろ?」


おっちゃんはもう笑わなかった。本気だとわかったのだろう。先ほどよりは真面目な声をしていた。


セキエイ

「心当たりがない。」


セキエイはひとつ大きく深呼吸をして、再び話し始めた。


セキエイ

「俺はあのとき、アンから記憶を一部消した。だからアンは俺とヒスイの居場所はつかめなかったはずだ」


「そこまでしなくたっていいだろー。可哀想に。子どもに会えないなんて、母親にとって1番酷だろう?アンなら自殺しかねねーぞ?」


おいおい、とおっちゃんはため息をついた。


お前が言ってんじゃねーよ。

セキエイは思ったが、ここは飲み込んだ。


「それになお前、下手したらアンにやられるぞ。お前の技を破るってこたぁ、そんだけアンが強くなってるってことだ。お前はもう力を使ってないんだろ?今マフィアもアンには寄りつかねーぞ?」


おっちゃんは受話器の向こうで、再びため息をついた。


確かにそうだ。アンはいとも容易く場所をわかってしまった。


アンは写真や特徴など、イメージを元にしなければ透視はできないはずだ。なぜなら、セキエイがアンの透視を妨害したから。よくテレビでやっている霊視なんかがそうだ。根拠のない、何もないところから自分達を浮かべることなど、今のアンはできなかった。


透視できるような手掛かりとなるものは、セキエイがアンの記憶から消していた。


てことは。確かに誰かが俺を狙ってる。


アンに依頼したのか、それとも…


「とにかく、アンに連絡しろ。お前の力によれば、連絡してきたのはアンで間違いないんだろ?」


セキエイ

「あぁ、すまんな…」


そう言って電話は終わった。が、外が騒がしい。壊れかけの公衆電話の箱を何者かがバンバンと叩く。


何だこいつら。妙なクスリでもやっておかしくなってんのか?


ヒビの入ったガラス戸を1枚挟んで、数人の若い男が鬼のような形相でセキエイを睨んでいた。


やるか。面倒くせー。セキエイはガラス戸を開け、訳のわからない言葉をセキエイに浴びせる男の胸ぐらを掴んだ。


「うわぁぁぁぁ!!」


男はセキエイに豪快に一本背負いをされた。ドスッという派手な音を出して、男は背中から地面へと叩きつけられた。


「ヒィィ!やべぇ、こいつ強え!」


セキエイ

「ジャパニーズジュードーだ」


セキエイは逃げ出そうとする男の足を踝に引っ掛けて、わざと転ばせた。


「痛てぇぇ!」


セキエイ

「はーいはい、何なんだよ。俺がなんかしたか?」


セキエイの質問には誰も答えずに、男たちは廃墟から一目散に逃げて行った。


セキエイ

「…まぁ、いっか。」


セキエイはパンパンと手を払って、ふっと一息ついた。やけに疲れる日だ。朝からこれかよ…と一瞬己の行動を後悔したが、すぐさま公衆電話の割れかけたガラス戸を引っ張った。もちろん電話の相手は1人しかいない。


セキエイ

「俺だ」


セキエイはろくに自己紹介もせずに、否、する必要のない相手に電話をかけた。


アン

「どうして僕だってわかったんだ、セキ・エイジ。思い出したよ」


セキエイ

「それはこっちのセリフだ、ショーヨム・アンデシン。ははは!」


セキエイの後悔は、一瞬にして消えてなくなった。


だが、しかし。


アン

「ちょっと君に何度か御説教と御忠告があるんでね。会えないか。もちろん、僕の1番大切な人は無事だろうね?」


相変わらず偏屈なやつだ、変わっちゃいねー。セキエイはこぼれ落ちる笑みを止めることはできなかった。


セキエイ

「僕の1番大切な人か、それは俺も同じだ。俺にとっても1番大切な人は元気すぎて困ってるわ。」


待ち合わせ場所は綾港・十龍城通り八段に決まり、2人は電話を終えた。後ろから津波のような殺気をセキエイが感じたためだ。


セキエイ

「しつけーやろーだな。てめぇはドMか?」


暇なのかよ。あーあーメンドクセーナーオイ…


セキエイは目を閉じた。ガラス戸は先ほどよりもヒビが大きくなっていた。そして、さらにそのヒビを大きくしようとしていた。


たまにゃ使ってみるか、セキエイはガラス戸を叩く、乱暴かつ粗野な音に傾けたくもない耳を傾けた。


午前中の暑い日の光のせいで、冬なのに電話ボックスの中はやたら暑い。このオンボロ廃墟には似合わないほどの眩しさであった。


いや、違う。先ほどのバカ達じゃない。誰だ?


セキエイは目を閉じたまま、相手の様子を伺っていた。


…ガキ?何でこんなところに?


セキエイが頭に浮かんだのは、10才くらいの髪の毛がボサボサのアジア人の子供だった。誰がどう見てもルンペンの、ボロを纏った裸足の色黒の小さな少年だ。実際はその通りだった。


「開けろよー!ねぇー!」

いくらガラス戸を叩けども、分厚いガラス戸は見事に防音性を発揮していた。これが最期の大仕事と言わんばかりだった。


セキエイ

「こいつは大丈夫そうだな。」


と、くるりと素早く振り返ってガラス戸を開けた。


「ああっ!!」

前のめりになって、必死にガラス戸を叩いていた騒音の主は転んだ。


「あたっ!急に開けるなよ~ぉ!」


セキエイ

「なんだ、スラムのガキか。」


セキエイは安心でも安堵でも落胆でもない、本当にただの意味のないため息をついた。








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