ある意味、教育を受ける現場にて
そんなことを考えながら歩いていると、セキエイの足は校門の前にあった。さ、行ってくるか。セキエイはそこであくびを1つし、校舎の中へ入っていった。
「こんにちはー!」
セキエイ
「こんにちは。」
子ども達は開放感のある明るい廊下を元気よく練り歩き、すれ違いざまにセキエイに挨拶をする。本来ならここに、もう1人駆け回る子どもがいたはずだ。その彼は、まだ、眠りについている。
セキエイは職員室の扉をノックした。扉の向こうから誰かの声がして、セキエイは扉を開ける。
懐かしいな。俺が通っていた小学校なんて、こんなに綺麗じゃなかったぞ?いいよな、今の子は。青味がかる職員室の壁を目で追いながら、セキエイはヒスイの担任の元へと足の爪先を向けて歩いた。
担任
「セキさん、お忙しいところ、わざわざありがとうございます。」
担任の先生は中年の男性だった。未だに入院しているのは、ヒスイだけである。セキエイも担任と同時に挨拶をする。その後、職員室の近くの待合室のようなところへ、セキエイは担任と入った。
セキエイは持参してきた診断書を手に、しばし担任と話し合いを始めた。
担任
「ヒスイ君は、まだ、目を覚まさないのですか?…」
担任はセキエイから受け取った診断書に、さっと目を通しながら話を切り出した。何を隠そうも、診断書を書いたのはセキエイ本人だ。
セキエイ
「一度目を覚ましましたね。けれど、明日念のため再検査です。頭部を打撲しているので…」
担任
「他の子達は皆、大丈夫なんですが。」
…だから何だよ。セキエイは目を泳がす担任を見て、少しイラッとした。セキエイの考えすぎかもしれないが、担任はヒスイだけ、何でまだ入院しているんだとでも言いたげだった。その思惑は、外れるのだが。
セキエイ
「これは私の医師としての判断です。今のままで通学は、まだ厳しいので…」
担任
「いや、しっかりと休んでくれた方がいいです。まだマスコミも学校に来ますし、落ち着いてからの方がいいでしょう。」
何だよそれ!マスコミかよ!セキエイは更にカチンと来て腹が立った。が、ここは大人。セキエイは不機嫌を顔に出さないよう、必死で誤魔化した。
ま、ここでイラついても仕方がない。セキエイは平然を保とうとした。だが、セキエイにはまだまだ気になることがあった。
セキエイ
「ヒスイは、クラスの子とうまくやっているんですかね?」
担任
「それは問題ありません。少なくともクラスでは、中心的存在です。」
担任は思ったよりも、アッサリと答えた。
本当かよ。じゃあ、今回は何なんだよ…セキエイはもう一度尋ねたが、返事は変わらなかった。セキエイは、どうも担任の言葉をイマイチ信用できなかった。
しかし、セキエイの今日の目的地は、この担任との話し合いではなかった。
学校も忙しいのだろう。今日は何かイベントがあるようだ。学校はバタバタしていた。廊下からは軍隊のように足跡がザクザクと聞こえてくる。
担任はセキエイから目を離し、待合室の角にポツンとひとりぼっちになっていた電話に、手をかけた。そのまま、誰かとモゾモゾと話す。
担任
「今、理事長室にいるそうです。どうぞ、ご案内します。」
電話の受話器を下げてから、担任はセキエイを理事長室へ連れて行った。これこそがセキエイの目的だった。
担任はセキエイを理事長室に案内すると、そそくさと職員室に戻ってしまった。
しめた。ここまで来れば、あとはセキエイの1人舞台だ。セキエイは、理事長室の扉を開けた。すると、どうぞお入りください、と秘書の声が聞こえた。
セキエイ
「失礼しますよ。どうも。」
セキエイが入ると、一瞬こいつは…と目で訴えた秘書の顔が見えた。セキエイは、その瞬間を見逃さなかった。
秘書
「……」
セキエイ
「俺の顔を知らないとは言わせねーぞ」
セキエイは口元を歪めた。秘書の背中から、冷や汗が滴る。しかしその首元にはナイフが当てられて、身動きが取れなかった。
セキエイ
「俺を理事長の元へ連れて行け。早く」
秘書
「あ、いや…」
秘書は溺れた犬のように口を開けようとするが、うまくいかない。
セキエイ
「助けを求めても無駄だ。誰も来やしない。命が惜しけりゃ早くするんだな。」
セキエイは笑った。それも、心の底から。あの快感が体の重心からモワッとこみ上げる。
あぁ。俺、他人の命乞いが好きだ。他人の命はまるで、か弱い蝋燭の炎のようだ。俺がフッと吹くと刹那に消えてしまう。その細やかな炎を守るために、人は断末魔という最後の悪足掻きを謀る。
俺は力で物の運命を押さえつけることが好きだ。征服感がある。
ようやく動き出す秘書を見つめ、セキエイは悪どい欲望を満たそうと、理事長へ直接繋がる扉を開けた。
セキエイ
「お前はもういらん。」
セキエイが秘書の肩を軽く手のひらで叩くと、秘書は地震で揺れた本棚のように、体を崩して絨毯の海に飲み込まれた。セキエイはそんな秘書に見向きもしなかった。これを見て、チンが動揺しない訳がなかった。
セキエイ
「どうも。お久しぶりですね。」
今度はセキエイは、肩をガタガタと震えるチンに、ナイフを向けた。
セキエイ
「俺を知ってるだろ?教育者さん。うちの子に手を出す前に、俺を通してもらわないと困るな。」
チンは目ん玉をひんむけて、ひたすら何も言わずに動じずに、セキエイを見つめていた。
セキエイ
「俺にも落ち度はあったけどな。ヒスイが綾港の港湾にいた。だけど、それだけでそんなに目くじらをたてるのもおかしいな。…という設定だろ?」
チンは、唇を震わせて、ようやく話し始めた。
チン
「さ、さぁ…何のことかしら?」
セキエイは、ナイフを持つ手と逆の手をスーツのポケットに突っ込んで、例のあの絵を取り出し、器用に広げた。
セキエイ
「この絵。これ、手を加えてるな。ヒスイが全部書いたわけではないだろ?船に描かれた字はヒスイの字じゃない。それにあいつ覚えていたぞ。僕が最初に描いた数字と違うって。要するに、ヒスイは人身売買の密航船は見ていない。そうだろ?」
チン
「なっ?何をおっしゃってるの?」
チンはホホホと高笑いをした。目蓋はチックを繰り返す。ビンゴか。セキエイはそう確信をした。
セキエイ
「お前らの目的は、やっぱり俺ではない。その通りみたいだな。まー、人身売買組織なんて俺には興味がないや。面倒くさいし。あいつら300人くらいいるもんな。」
チン
「はぁ?あ、あなたこそ、何でそんなこと、知ってるのよ!」
セキエイ
「だって、俺の親父、あの組織にいるから。あの日に、あそこには船はいなかったってさ。」
セキエイは、ふふっと笑った。
セキエイ
「ヒスイが必要なんだろ。吐けよ。誰に頼まれた。」
チン
「あ、あなた、うるさいわね!」
チンは目を細め、近くにあった電話機を両手で持って、セキエイに投げつけた。セキエイはナイフを振り、野球のバットとボールのようにうまく電話機を跳ね返す。ガシャンと音を立てて、電話機は床に落ちた。
セキエイ
「俺が邪魔なのか。」
セキエイは再びナイフをチンに向けた。
チン
「やかましいわね!出て行きなさいよ!さもないと、公安を呼ぶわよ!!」
セキエイ
「無理だ。誰も来やしない。どうしても公安を呼びたきゃ、手伝ってやるよ。手を貸せ。」
セキエイはスーツのポケットに絵をしまうと、ゆっくりとチンに近づいた。そして、電話機を投げた手首を乱暴に掴む。
チン
「な、何すんの!はなしな…あ…」
何か温かいものが、チンの手を伝って、チンはすぐに手のひらを見た。紅く染まったその手を見て、チンは取り乱し腹の底から悲鳴をあげる。そのまますぐに、プツンとテレビの電源のように気を失い、その場で崩れ落ちた。
「…つっ…わかっちゃいたけど、いてーな…」
セキエイは、濡れた雑巾から無理やり絞りでた水のように声を出す。ナイフの刺さった腹を抱えて、そのまま膝を立ててうずくまった。




