夢と現実の交錯の中で・その2
気がつけば、雨が降り始めていた。雨脚はどんどんと強くなっていった。サーと雨が降る音と、車が水たまりを跳ねる音と、大きさがあまり変わらなくなってきていた。
アンはようやくヒスイの手を離して、ベッドの横に置いた椅子から身体を起こした。部屋の角の窓へ向かい、左手を伸ばして窓を閉めた。
雨音はアンの耳には聞こえなくなった。日付はまだ変わらない。そんなに遅い時間でもないようだ。
アンはまた、ヒスイの元へ戻った。
ヒスイ
「…」
アン
「あ!」
アンが白いカーテンを開いた瞬間に、ヒスイがパチリと軽快に眼を開けた。
アン
「ヒスイ!!」
ヒスイ
「…あれ?…」
ヒスイは爽やかな目覚めのように、目を擦って陽気に体を起こした。
ヒス
「あ、ママ、おはよう…」
アン
「ヒスイ!!良かったぁ!!」
ヒスイ
「へ?」
アンはヒスイの元へと駆け寄り、体を抱きしめて、頬にキスをした。
ヒスイ
「?どうしたの!?あれ、ここ…」
ヒスイはうまく状況を把握できていないようだ。辺りを見渡したいところだが、アンに動きを阻止されてそれができない。
アン
「心配したよ。ずっと寝ていたんだ。1日半かな?」
ヒスイ
「ママ、ずっといてくれたの?」
アンは長いキスを終えて、ヒスイの頬から顔を離した。
アン
「そうだよ…」
アンはふふっと笑って、またヒスイの頬にキスをした。
ヒスイ
「……」
一方のヒスイの顔色は、あまり好ましいものではなかった。竜巻を起こす前のことを、あれこれ思い出してしまったからだ。だがここは親子、アンはすぐに気がついた。
アン
「さっき、君のお友達が来てね。」
ヒスイ
「誰?」
アン
「第二学園の子。」
ヒスイ
「第二学園?」
アンはヒスイを抱きしめたまま、絵本の読み聞かせをするように優しい声で話し始めた。
アン
「うん。ヒスイ、喧嘩したんだろ?…怒らないからさ、ママに教えて欲しいな…」
ヒスイ
「…」
わかった。あの人か…ヒスイがスギの顔を思い出すのに、さほど時間はかからなかった。
ヒスイ
「…」
ヒスイはアンと目を合わせないように、少し俯き加減になって目を逸らしてしまった。そのためか、アンの表情も一緒になって暗くなった。
アン
「僕達のことを言われたのか?いいよ、それでも。パパもね、ヒスイが我慢をしている方が辛いんだよ。」
ヒスイ
「…」
堪えられなくなってしまったヒスイは、遂にメソメソと涙をこぼし始めてしまった。
…やっぱりそうか。僕から、エイジに言うしかないか…
ヒスイがそう簡単には言わないことは、アンもわかっていた。仕方ない。アンはヒスイの背中にそっと手をかざした。ところが、
ヒスイ
「…ママもできるの?」
アンの精神操作の術はすぐに、ヒスイに破られてしまった。
アン
「あ、うん…ごめんなヒスイ、姑息なことをして…」
ヒスイ
「…ううん…だって、そんなこと言ったら、パパ悲しむもん。」
優しい子だな。誰に似たんだよ。アンはヒスイの背中にかざした手を更にヒスイに近づけて、ヒスイの背中を撫でた。
アン
「?」
何だろう。エイジか?コツンと何かが床に落ちた軽い音がしたが、どう考えてもドアをノックする音とは違う。アンはヒスイを抱えたまま、カーテンの向こうに映る黒い影を眺めた。
しかし、様子が変だ。エイジじゃない、誰だ?
ヒスイ
「ジンさん。」
アン
「?」
アンはキッとヒスイを見た。
ヒスイがカーテンのシルエットに声をかけると、すぐに小さな手が飛び出して、シャーっとカーテンが開いた。
ジン
「ごめんなさい、夜遅く、びっくりさせちゃって…」
アン
「ジンさん!?どうしてここに?」
傘もなく、突然の雨に打たれたのだろう。ジンは雨で濡れたらしく、長くて黒い髪の毛はしっとりと湿っていた。羽織っていた紺のコートは黒っぽくなっていた。
ヒスイ
「しばらく、お話ししてたんだ。」
アンはヒスイから腕を離して、すっくと立ち上がった。
アン
「洗濯してあるので、よかったら使ってください。風邪引いちゃう。」
アンは荷物のところへ行き、ボストンバッグからすこし大きいタオルを出して、ジンに渡した。
ジン
「ありがとうございます、急に押しかけたのに…」
ジンはアンからタオルを受け取り、顔に近づけた。あ、この匂いだ。タオルから、ジンが覚えていた花のような優しい匂いがした。
ジンはタオルで濡れた体を軽く拭き、アンがずっと座っていた椅子に招かれて座った。
ジン
「私が来ると、取材かと思うかもしれませんが…全然そういうのじゃないです。個人的になんです。しかもこんな時間に…本当にごめんなさい。」
慌てて来たはいいが、ふと落ち着いて座ると我に返って、ジンは気まずさで胸がいっぱいになった。
アン
「むしろ、わざわざ来てくれてビックリしていますよ。そうか、仕事柄ご存知なんですね。」
アンはまだ、キョトンとしているようだ。この人、割と顔に出るな。ジンはアンの苦笑いを見ながら思った
。
…ヒスイ、どういうことだ。話し合っていたって…
アンは、ジンに聞こえないように、わざとテレパシーを使ってヒスイに呼びかけた。
すると、ヒスイからすぐにテレパシーで返答があった。ヒスイは口を結んで、じっと獲物をねらうライオンのようにアンを見つめ返した。
…ジンさん、危険な予感がするんだ。それに、元からママのこと知ってるんだよ。
…なんだって?後で、詳しく教えて…
アンは瞬きをして、ヒスイに合図を送った。
アン
「この時間までお仕事ですか…お疲れ様です。」
アンはまた笑顔に戻って、ジンと世間話を始めた。




