十龍医薬科医院中心その2・後編
セキエイ達がバカ騒ぎをしている頃。アンは赤子に戻ってスヤスヤと眠りにつくヒスイの周りで、細々と動いていた。
アン
「?」
キツツキが木をつつくような音がして、アンは病室の扉の元へと歩みを進める。お日様は閉店作業を完了し、カーテンの隙間からは赤黒い綾港のネオンの光のお零れが射しているだけだった。
看護師さんかな?アンはゆっくりと病室の扉を開けた。
「こ、こんばんは…」
扉の前にいたのは、ヒスイよりも少し背の高い男の子だった。よく見ると、腕に包帯を巻いていた。入院しているお友達かな?アンも少年を見て、こんばんは、と微笑んだ。
あれ、そういえば。少年はポカンとしてアンを見つめた。こいつはアジアとヨーロッパの移民の子だ、そう聖太子第一学園の子達がヒスイのことを言っていたのを思い出した。お母さんが向こうの人なんだ。少年はモゴモゴと口を開こうとしていた。
アン
「来てくれてありがとう。でも、まだ目を覚まさなくてね。」
アンは少年を、病室に招いた。2人はヒスイが起きないように、コソコソと囁くような声で話す。
アン
「君は、腕は大丈夫なの?」
「捻っただけです、明日もう、退院なんです…」
少年は、あの第二学園の生徒だった。アンから貰ったジュースを、申し訳なさそうにチューチューと飲む。
アン
「お名前、何て言うの?ヒスイに言っておくよ…」
「言っても、わからないです。オレ、第二学園だから…」
アン
「第二学園?」
アンは、ん?と首を傾げた。奥門にいたアンは、第二学園がどこか、すぐにわかったからだ。
アン
「てことは奥門なのか?」
「あ、そうです!だから、もう帰っちゃうんです。ヒスイ君っていうんですね…」
アン
「それで、よくこの部屋がわかったね。」
どういうことだろう。当然ながら、アンはいまいち状況が把握できなかった。
2人の間の空気は気まずい。そのためか、ぎこちない。アンはそんな雰囲気を壊そうと、優しい声で少年に話しかけた。
アン
「でも、来てくれてありがとうね。君もさぞかし怖かったろう。」
「いや、お、オレは別に大丈夫です…ヒスイ君だけ1番大変で、1人だけ個室だって聞いたから、それで…あ、あと、気になることがあったし…」
と言った後に、あ、しまった!と少年は口をパッと手のひらで塞いだ。でも、もう遅かった。
アン
「気になること!?な、何だ、それは?」
アンはとっさに聞き返した。けれども、聞き返した理由が少年とは違かった。まさか、力のことがばれたのか!?アンの心配は、そっちだった。
「えっえっ、いやぁ…」
アン
「何でもいい、教えてくれ。」
「…」
少年はジュースのストローを噛み締めた。子どもながらに精一杯頭を回転させて、言葉を選んだ。
「先輩とうまくいってなかったみたいです。特待生だから、目をつけられていて…それで、言い合いになってたんです。オレ、今日行事でたまたま第一学園に来ていて止めに入ったんですけど、そのときにガーッと竜巻がやって来て、そ、そこから…ヒスイ君って、ハーフなんですよね?」
アン
「あ、ありがとう…そうだよ。僕はハンガリー人でね。主人が、日本人なんだ。」
アンがそう言うと、えっ?と少年は目を大きくした。
「オレも日本人なんです!スギっていいます。わぁ、嬉しいな!ヒスイ君、日本語話せるの?」
少年は、手放しで喜んだ。
アン
「多少はできるよ。」
スギ
「日本人学校じゃないから、日本人の友達があんまりいないんです。…明日、帰る前に、また来てもいいですか…」
アン
「もちろん。その頃には、ヒスイが起きてるといいけど…」
アンは、まだまだ緊張気味のスギに、にっこりと微笑みかけた。
アン、スギ
「ん?」
ガラッとドアが開いた。2人はドアの方へ、同時に首を向けた。
スギ
「あっ、先生、出歩いて、ごめんなさい…あれ?」
病室に入ってきたのは、セキエイだった。
セキエイ
「あ、スギ君。顔色いいね。良かった。」
スギは?とセキエイを見つめた。セキエイは白衣ではなく、スーツ姿でボストンバッグを持っていたからだ。
アン
「荷物ありがとう。わざわざ来てくれたよ。夜遅いけど、許してくれ。」
セキエイ
「ありがとう。まだ時間大丈夫だぞ。うちの病院、別に緩いから。」
セキエイは、持ってきたヒスイの荷物をアンに渡した。
スギ
「ヒスイ君のお父さんって、先生だったんだ…」
ここでようやく状況を把握したスギは、じっとセキエイを見つめた。
セキエイ
「あぁそう。俺は横浜出身の日本人だよ。君のお父さんは、奥門ジャパンホテルのオーナーさんだろ?お会いしたことあるよ。」
セキエイは日本語でスギに言った。はいそうです!とスギも日本語で答えた。
だが、日本語があまりわからないアンは、?と顔を顰めていた。
スギ
「?でも、カジノにいるんじゃ…」
セキエイ
「どっちにもいる。カジノには、入っちゃダメだぞ。」
セキエイは、ようやく笑った。




