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死体置き場でロマンス?

ルチル

「ははは!は…」


ルチルは音もなくしゃがみ込んだ。腰が抜けてしまったのか、女の子座りをして立ち上がろうとしない。それは砂の城が崩れるかのように、静かで儚い瞬間だった。


セキエイ

「さて、どうすっかな。」


この男にとって、これは修羅場でも何でもなかった。セキエイは簡素な机にスイッチを置いて、ふわっとひとつ呑気にあくびをする。


セキエイ

「お嬢さん。ちょっと。」


セキエイは蜘蛛のようにべったりと床に張り付くルチルの元へ行き、しゃがんでお姫様抱っこをした。


ルチル

「……」


ルチルは何も言わなかった。抵抗もしなかった。眠ったのかと思うくらい、なすがままにセキエイに抱っこされて、仕切り板の向こうを眺めていた。


セキエイ

「種明かしをしてやるよ。行儀が悪いが、ここにいろ。」


セキエイは簡素な机の上にルチルを置いて、この実験室を出た。


ルチル

「……」


ぐったりと力をなくしたルチルは、仕切り板の向こうを眺めていた。もう頬に伝った涙は半分乾いていた。


仕切り板の向こうにはセキエイがいた。セキエイは男のいる椅子の近くにいる。そこで、


ルチル

「あれ?…」


ルチルは仕切り板を覗き込んだ。男の体が動いている。ルチルは気がついた。


セキエイは仕切り板に背を向けて、動く男の体を更にキツく固定し、部屋を出た。


ルチル

「何だこれ?」


ルチルはセキエイが戻ってきて、すぐに尋ねた。


セキエイ

「電流なんか流れてねーってこと。」


セキエイは、アッサリと種明かしをした。


ルチル

「はぁっ!?待てよ、じゃ、あいつはまだ、生きてるのか?」


ルチルは目を見開いて、セキエイを問い詰めた。


セキエイ

「そうだ。お前が本当に殺せるかどうか、試しただけ。あれはアイヒマン実験の応用版だけどな。」


ルチル

「ちょ、ちょっと待て。でも、苦しんでいただろう?あれは何だ!?」


ルチルはセキエイに食いついて、矢継ぎ早に質問をした。全くもって納得できないようだ。当然と言えば、当然だが。


セキエイ

「あれは俺があいつに攻撃していただけ。お前のスイッチは何もない、ただのおもちゃだ。ほれ、ランプを点滅させるから、スイッチを上げてみろ。」


ルチル

「?」


ルチルはセキエイに言われるまま、持ちっぱなしにしていた汗だくのスイッチを上げた。


ルチル

「…何も、ない…」


ルチルは、ポカンと口を開けた。


ルチル

「でも、どうして…」


セキエイ

「考えて欲しかっただけさ。」


セキエイはルチルから、スイッチを受け取った。


セキエイ

「さっきの実験が、何が言いたいかというと、条件さえ揃えば誰でも人は人を殺せるってこと。でも、お前は途中、もうやめろと叫んだ。だから、考え直して欲しかったんだよ。本当は殺したくないんだろ?どうする?」


セキエイは、ルチルに尋ねた。ルチルはまだ、ポカンとしていた。


ルチル

「どうする、って?」


セキエイ

「こいつが犯人なのは間違いねぇよ。俺はその現場を見た。透視でな。」


ルチル

「と、透視で!?」


ルチルは狐につままれたかのように、眉を曲げる。


ルチル

「何なんださっきから。お前といいヒスイといい。何者なんだよ!?」


セキエイ

「…ヒスイ?」


セキエイの仏頂面は、ようやく崩れた。セキエイは感情を取り戻したかのように、逆にルチルに尋ねる。


セキエイ

「ヒスイが何をした?」


ルチル

「あいつは尖沙西のデモを予知したぞ。おかげで助かったけど…あいつがデモを仕組んだとは思えない。それに、ここへはどうやってきた!?どうして時計の針が止まるんだよ!!何なんだよ、お前たち?!」


ルチルはアドレナリン全開にして、今までの疑問をとにかくセキエイにぶつけた。それとは逆に、セキエイは割と冷静だった。


セキエイ

「エスパー。」


セキエイは躊躇うこともせずに、さらっと答えた。


ルチル

「…はぁぁぁ!?」


ルチルは机から降りて、セキエイの腰を両手で掴み、グラグラと揺らした。


ルチル

「嘘つくな!そんなの、いるわけねーだろ!!」


セキエイ

「信じなきゃ別にいいけど。」


ルチル

「…」


セキエイは、適当にルチルを交わした。


セキエイ

「で。どうする?お前、あいつを殺すか?嫌なら俺がやるけど。無理すんな。」


ルチル

「…」


ルチルは口を閉じて、まだセキエイに全力で疑いの目を向けていた。


ルチル

「…俺が殺さないって言ったら、ビビり認定すんだろ?」


セキエイ

「ははっ!」


セキエイは、突然吹き出して笑った。


ルチル

「な、何だよ!」


セキエイ

「アホか!お前の好きにすりゃいいだろ?見栄っぱりだなー!」


セキエイは、ケラケラとルチルを笑った。


ルチル

「見栄なんかじゃねーよ!!おれは本当に恨んでるんだよ!」


セキエイ

「んなこと聞いてねーよ。お前がやるか俺がやるかだ。別にどっちでもいい。」


まだまだ、セキエイはクスクスと笑っていた。からかわれたルチルはもちろん面白くない。ルチルは、むっと頬を膨らませた。


だが、


ルチル

「お願いします。やってください。」


ルチルは、セキエイに頭を下げた。


セキエイ

「はいよ。ったく、素直にそう言えよ。ほれ。」


ルチル

「?」


セキエイは、仕切り板の向こうの男を指差した。しかし、特に変化は見当たらない。


ルチル

「何だよ。何もねーよ?」


セキエイ

「もう終わった。見てみるか?」


セキエイはルチルを連れて、部屋を出た。2人はそのまま、仕切り板の向こうの男が腰掛けた部屋へ向かった。


ルチルは男の表情を見ても、ピンと来なかった。まるで眠りについたかのように、男の顔が安らかだったからだ。


セキエイ

「ここを触れ。」


ルチルはセキエイに言われるまま、セキエイの首筋に手を伸ばした。


ルチル

「…ピクピクしてる。温かい。」


セキエイ

「じゃ、次はこいつの。」


ルチルはセキエイに手を掴まれて、男の首筋を触った。


セキエイ

「指紋は検出されないように処理しておくわ。どうだ?」


ルチル

「…何も、ない…」


セキエイ

「呆気ないだろ?そんなもんさ。」


セキエイは、ふとため息をついた。


セキエイ

「人間なんて、簡単に死ぬ。俺も、お前も。」


しばらくして。


夜は更けていた。ここは綾港尖沙西、ネイダーロードのスラム街、天津大厦。ルチルの家だ。最上階の廊下を2人は歩いていた。


あれからルチルは、借りてきた猫のように大人しかった。セキエイは手際良く男の死体を処理する。それはほんの一瞬だった。


どうしてだろう。何も、覚えていない。ルチルはずっとセキエイの近くで、その様子を見ていたはずなのに。ショックで記憶が飛ぶってあるのか。ルチルはそう思っていた。


ブルーシートに覆われたボロ屋には、声が漏れていた。女の息の切れた声が聞こえてくる。


ルチル

「毎晩こんな。気持ち悪い。」


ルチルは崩れそうなボロい扉を、横目で睨んだ。


セキエイ

「そういや外国人がウロウロしていたな。売春宿か。」


ルチル

「そうだよ。バックパッカーも多くてさ。買って泊まるんだよ。」


ルチルは一瞬、言葉を詰まらせると、


ルチル

「やっぱり男は嫌い。気持ち悪い。俺はこんななりだからあまり女にゃ見られねーけど、おかげで助かってる。でも、もう厳しいかもしれない。」


ルチルももう、年頃だった。あの売春婦たちが、だんだんと他人事のように思えなくなってきている。


セキエイ

「変なこと聞くけど。お前はそういうことをされたことはないだろ?」


ルチル

「んだよ、セクハラかよ。」


セキエイ

「ちげーよアホ。お前に手を出すつもりなんか毛頭ねーわ。こちとら妻子持ちだし。」


ルチル

「妻子持ちだって油断ならねーよ。俺は別に、ないけどさ。でも、食えなくなったら、そうするしかないんだろうな。」


ルチルはセキエイから目を離して、もう一度あの傾いた扉を眺めた。


セキエイ

「どうすんだ、これから。あー、料金はちゃんと払ってもらうぞ。」


ルチル

「んなのわかってるわ。」


2人はまた、夜のスラム街をゆっくりと歩き始めた。


セキエイ

「なぁ。」


セキエイは、先にルチルに声をかけた。


ルチル

「なに?」


セキエイ

「今から、アンのところに行くか?」


ルチルの返事は、すぐだった。


ルチル

「よっしゃー!頼むよ!」


…なんだよ、この扱いの違いは…


セキエイは突然はしゃぐルチルをジロリと睨んだ。こう笑うと、ただの無邪気な女の子だ。これで素直さがあれば、完璧なのにと思うが、実はセキエイが1番素直じゃないことはご愛嬌だ。


セキエイ

「…あ」


セキエイは前を見た。そこにいたのは、あの刺青男だった。こちらに向かって歩いて来ていた。相手も、セキエイたちに気がついたようだ。


住人

「なんだ、ルチルの知り合いってお前か。」


先に声をかけてきたのは住人だった。住人はセキエイ達の目の前でピタリと足を止めて、こちらを見て笑った。


ルチル

「おじさん」


ルチルは住人に声をかけた。セキエイはその様子を眺めて、


セキエイ

「お前知ってるのか。」


ルチル

「なんだ?ホーホケキョとかいうやつ。」


セキエイ

「…?何だそれ?」


セキエイは、眉をひそめた。


住人

「法定代理人だ。この子とは一応親戚。よく遊びに行く変な外国人って、お前のことか。よく話は聞いてたよ。」


セキエイ

「…」


ルチル

「な、なんでぃ!」


セキエイは、ルチルをじっと見た。


セキエイ

「突っ込みどころ満載なんだが。変な外国人ってなんだよ」


ルチル

「だってそうだろ?お前もアンデシン様も外国人なんだろ?」


ぎくっと言いたいばかりに、ルチルは照れ隠しかクスクス笑った。


セキエイ

「日本人だよ。」


住人

「珍しいな。この辺に日本人はいないんだけどな。なら話が早い」


セキエイ

「?」


セキエイは、ふとルチルから目を離して、住人を見た。


住人

「この子を引き取ってくれないか。日本人なら、金あるだろ。」


ルチル

「えっ?」


ルチルは、住人を見た。


セキエイ

「俺もそのつもりだったんだよ。話が早いな。じゃ、手伝ってくれ。」




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