表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/53

十龍の北都通りにて

「もうこんな時間か。ヒスイ、帰ったら寝なさい。」


屋台で野菜炒めを摘みながら、父はつぶやいた。


ヒスイ

「うん。疲れたー。」


公園で長い時間はしゃいだ2人は、家に着く前に疲れ切っていた。まだまだ家までは道がある。


「仕方ない。ちゃんと歯を磨けよ。いつもすぐにサボろうとする。」


父はワンタンを頬張るヒスイに向けて言った。


学校では上手くやっているのだろうか。父は時折心配になった。いつも笑顔だが、本当はヒスイが泣き虫なことはわかっていた。


先生

「いいですか。父子家庭というだけで、どうしてもうちの学校では不利になります。しかもお子さんは普通の子じゃないんです。」


2年前の学校での面談を、父は思い出した。ヒスイが飛び級をするときに先生に言われたことは、まだ父ことセキエイの胸に刺さっていた。


セキエイ

「普通の子ではないって、失礼ですね。」


セキエイも負けじと言い返す。しかしそれはきかなかった。


先生

「奥様はまだ、行方不明だそうですね。」


セキエイ

「3ヶ月前の、奥門の火災で。」


さすがに話を深追いしすぎたか。担任の先生はぐっと言葉を噛み締めたかのように、口をすぼめた。セキエイは相変わらず、一重まぶたを細め、ぼんやりとしていた。


普通の子じゃない、か。セキエイはため息をついた。


ヒスイは生まれてすぐに言葉を覚えた。それもひとつじゃない。どの言語も、一度耳にしたらペラペラ勝手に歌っていた。活発で運動も好きなためか力も強く、ひょいと歩いては妻のアンデシンを悩ませていた。計算も好きだ。


あっという間に同級生を追い越し、名門のお金持ち学校から特待生として声がかかった。同級生たちはまだ絵本を読んでいるのに、すでにヒスイは計算問題すらこなすようになっていた。


ブランド特注の制服、テレビでお馴染みの講師、綺麗なカフェテリアに豪華な修学旅行。全額学費は免除だが住む世界が違った。一般人が行けるところではない。


別に俺は、ヒスイにエリートになって欲しいわけじゃない。好きに生きればいい。セキエイは名門校にヒスイを入れることに、二つ返事をすることができなかった。近くに住む、ヒスイが仲の良い子どもたちと離れてしまうことや、根っからのボンボン達と果たしてヒスイは合うのか、不安は未だにつきなかった。


アン、お前ならどうする?

セキエイは行方をくらませてしまった妻に何度も問いかけた。


ヒスイ

「パパ~、お酢頂戴!」


セキエイ

「…あぁ、俺のところにあったか。」


セキエイはふと我に返ってヒスイにお酢を渡した。


ヒスイ

「ありがとー!」


…まぁ、大丈夫そうだな。セキエイは思った。ヒスイの中のアンは紫色の目で、お酢を渡すセキエイを見つめていた。


ヒスイ

「ただいまー!」


2人が帰ってきたのはいつもよりも遅い時間だった。ヒスイはバッグを置くと洗面台へ駆け足で向かった。


セキエイ

「先にシャワー浴びろよ。パパ洗濯するから」


ヒスイ

「うん」


ヒスイは小さな口を精一杯開けて歯ブラシを咥えていた。繁華街の中にある古い一部屋の高層アパートは、2人で住むには少し狭かった。トイレとシャワールームにくっついた洗面台からヒスイは飛び出し、テレビの電源を入れた。


ヒスイ

「ママに似てる」


ヒスイはテレビに映る女優を指差した。紫色の目に栗色の髪をした、綾港で有名なベテラン女優だった。


セキエイ

「あぁ、色素がな。」


セキエイはちらっとテレビを見て、ジャケットを脱いだ。


…この子は鋭いな。セキエイは思った。この女優がヒスイと血が繋がっていることは、セキエイにとっては都合が悪いことだった。ヒスイはすーっと洗面台へと戻った。セキエイはなぜか、その間にチャンネルを替えた。


セキエイ

「?」


ジャケットに入れていたセキエイの携帯電話が鳴った。ジャケットから取り出すと、宛名不明の1通のメールが入っていた。


嫌な予感がする。風邪の前日のような悪寒がセキエイの背筋を襲う。


俺はもう、足は洗った。関係がない。今はただ、カジノのディーラーでアルバイトの医師で、そして父親だ。何だ…


「気をつけろ、殺されるぞ」


セキエイの悪夢は、見事的中することになった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ