表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/53

十龍のカジノにて

ここは綾港一の繁華街、十龍シーロン。街一面に漢字で書かれた看板が、これでもかっ!と眼の水晶体に向けて攻撃してくる。その中に、金色に輝く大きな建物があった。


綾港の一大産業のひとつ、カジノ。多くの外国人客が札を握りしめて淡い夢を見てやってくる。


外観にも負けずに、カジノの中もカラフルだった。エスカレーターを上がると小さなカフェがあり、そこから先は未成年には刺激の強すぎる場所だった。


客その1

「ああっ!ファック!またやられた!」


客その2

「もうよせよ、帰れなくなるぞー」


とははは、と笑い声が聞こえていた。その横で淡々とルーレット台のそばでディーラーは仕事をしていた。


「さぁ。どうしますか。」


ディーラーは特に誘いもせず、止めもしなかった。彼の冷めた目は天国も地獄も目の当たりにしてきた。遠方からの客は舌打ちをしながら、


客その1

「次でラスト。赤の3。ベット全額。」


「かしこまりました」


ディーラーはルーレットを回した。


結果は差し引きゼロ。客は苦笑いを浮かべて帰っていった。


ディーラーはふうっと息を吐いて、近くにあったプラスチックのコップのお茶を一口飲んだ。まぁあそこでやめて賢明だな。とふと先ほどの客を思い返した。


のも束の間、パタパタと軽くて早い足音がカジノの赤絨毯を蹴飛ばした。


「パパ!!」


「ヒスイ!」


ヒスイと呼ばれた少年はディーラーの腰に飛びついた。思わずこぼしそうになったお茶を置いて、ディーラーは少年を抱えた。


「中に入るなって言っただろ?カフェで待ってろって、たく。」


ヒスイ

「だって、中に入らなきゃトイレないんだもん。」


「で、ちゃんとトイレには行ったのか?」


ヒスイ

「うん。お腹減ったー!」


ヒスイとディーラーのやり取りを見ながら、隣でカードゲームに勤しむご婦人たちは赤子をあやすように笑っていた。


「パパはもう少しで終わるから、待ってて。」


ディーラーは小銭をヒスイに渡した。ヒスイは小銭を握りしめ、またウサギが跳ねるようにパタパタとカジノの外へ出て行った。


赤絨毯を駆け抜けて重厚感のある金色の扉を開く。すると白い壁でガラス張りの、カジノに似つかないオシャレで安いチェーン店のカフェがカジノの横にくっついていた。そこのカウンターからヒスイがよく話す店員が顔を出した。


店員

「ヒスイ君、こんにちは。今日もパパ待ち?」


店員はヒスイに笑いかけた。


ヒスイ

「うん。今日はぶどうジュースにするー」


ヒスイは小銭を店員に渡した。


店員

「はーい、ちょっと待っててね。あそこ空いてるよ。」


ヒスイはぶどうジュースを店員から受け取り、店の奥のソファー席へ移動した。いつもここで、宿題をしながら父を待っていた。そのことはカジノの人たちもカフェの人たちもわかりきっていた。皆、優しくヒスイを受け入れてくれたため、1人でもちっとも寂しくはなかった。


天気がいい。夕方なのに日差しは強かった。街路樹も青々と葉を広げて元気が良さそうだ。公園で駆けっこしたいな。パパ、してくれるかな?ヒスイは大人しくノートを広げた。繁華街だけあって人通りは多い。ヒスイは1人で黙々と漢字をなぞっていたが、父はなかなか来なかった。


「ヒスイ、ごめんな、お待たせ。」


ヒスイ

「パパ、遅いよ。」


ぶどうジュースの入っていたグラスは空になっていた。もう水蒸気も蒸発してしまっていた。ヒスイは頬を少しだけ膨らませ、ソファーから飛び降りた。向かいに立つスーツの痩せた男の後ろは、闇がこんにちはと顔を出し始めていた。


ヒスイ

「明後日の分の宿題も終わったよ。明日何にもしなくていいでしょ?」


「じゃあ、その次の分をやれば?」


ヒスイ

「パパのいじわるー!」


ヒスイは頬をカエルのように膨らませたが、父はクスクスと笑っていた。


2人の家は歩いて数十分のところにあった。地下鉄も通っているが、ヒスイは歩いて帰る方が好きだった。キラキラ輝くネオン、街路樹の黄色い花、そのすべてが煌びやかにヒスイを誘っているように見えたのだ。早く大人になりたい、ヒスイは子供ながらにいつも思っていた。そしてそれを口に出した。


「何で大人になりたいの?」


父はヒスイに尋ねた。


ヒスイ

「ママに会いに行きたい。」


「そっか。」


父の返答は、思いの外あっさりとしたものだった。


ヒスイ

「公園に行きたい」


ヒスイはつぶやいた。空気を読んだわけではない。そこまで察するほどヒスイは頭が回らなかった。ただ単純に、今日は風が気持ち良かったからだった。


「そうだな、行こうか」


父はすぐに賛同してくれた。公園といっても、滑り台などの遊具が少しだけあって、あとはバスケゴールだけの簡単なところだった。近くにあるボールを父が拾うと、


「ほら、行くぞ!」


とヒスイにパスをした。

スーツのまま父とヒスイは、無邪気に走った。辺りからは屋台の美味しそうな煙が立ち込め、夕食時を通行人に伝えていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ