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武器倉庫にて

月も見えない、静かな夜だった。いや実際は静かじゃない。綾港の街は賑やかだ。例の2人が、力強くで時間を止めていたからだった。


ここは綾港の海沿いにある倉庫。電子ロックに、大きな手が触れている。


「UNLOCKED」


と表示が出て、倉庫の扉は開いた。薄暗い建物の中を、2人の足が踏みしめる。


セキエイ

「ヤバい。俺、体が鈍ってるな」


セキエイは、すぐ後ろに引っ付いて歩くアンに声をかけた。


アン

「見る限りでは、そうでもなさそうだが」


セキエイ

「アンはもっと米食え。痩せすぎだ。」


セキエイは部屋の明かりをつけた。ここは見事なまでに、武器ばかりが揃っている。奥にあるのはノートパソコンと、小さな机があった。


アンは部屋の奥にある、ノートパソコンが置かれた机に向かった。


アン

「このパソコンは、僕じゃないと電源が入らないんだ。ここのパソコンと僕の家のパソコンとがデータ共有しててね。」


アンはパソコンを開き、ポチポチいじり始めた。


アン

「…君のデータも追加しておくよ。風使いのセキエイさん。手を貸してくれ。」


セキエイはアンの声を聞き、前屈みになってパソコンをいじる背中にそっと近づいた。


セキエイ

「手はどっち?」


アン

「どっちでもいい。ただ、どの指を認証させたか覚えておいてくれ。」


セキエイ

「わかった。」


セキエイは、左手の薬指を差し出した。


アン

「…僕と同じだ。」


アンはセキエイの左手を掴み、読み取り機の上に乗せた。


懐かしい。セキエイは辺りを見回した。2年振りに来ても、ここはまるで変わってはいなかった。時間の流れを教えてくれるのは、前よりも更に小さくなったその後ろ姿だけだった。


セキエイはまだ、迷っていた。


アン

「…行った。これ、見てくれ。」


アンはパソコンの画面を指差した。


セキエイ

「前と同じか?」


アン

「覚えているか。なら話が早い。そうそう。下に行くにつれて案件が古くなるんだ。今、1番新しいのはこれ。これをやろう。」


セキエイ

「……」


セキエイは、依頼人を見て、顔を顰めた。


セキエイ

「これは、後回しか?」


セキエイはパソコン画面を指差した。そこには、ターゲットの顔が載っていた。


アン

「タイミングを合わせているんだ。今やったら、いくらなんでも怪しすぎるだろう。」


セキエイ

「なるほどね。あと」


セキエイは、パソコンからそっと指を離した。


アン

「?何だ?」


セキエイ

「アンに協力を依頼をしたい場合、いくらかかる?」


アン

「…どういうことだ?」


アンは、首をひん曲げてセキエイに尋ねた。


セキエイ

「タダとは言わねーよ、もちろん」


アン

「待ってくれ、君は何をしたいんだ?それによるが…」


アンはフッと笑った。面白いんじゃなく、その場を誤魔化すための笑いだ。


セキエイ

「ヒスイを狙うやつを殺す。」


アン

「…」


アンは口を噤んだ。セキエイの表情は、もうすっかりと殺し屋のそれになっていたからだ。


セキエイ

「俺ひとりで殺りたいけどな。アンが俺に頼むと、俺に契約書を書いて、便宜上金銭が絡むだろ?だったら形だけ作って俺が金を払うよ。ただし、絶対に止めは俺にやらせてくれないか。」


アン

「いいよ、そんなの。」


アンは断った。


アン

「金なんかいらない。適当に金額を書いておけば、君に返す。それか、僕が君に頼んで奥門の家を引き払う条件にしないか?僕は一緒に暮らしたい。それに…」


セキエイ

「なんだ?何でもするぞ?」


アンは口をモゴモゴさせて、小さな声で話し始めた。


アン

「もうひとり、子どもが欲しい。」


セキエイ

「わかった。」


セキエイは、すぐに返事をした。


あれから。殺し屋セキエイは、依頼人の元へ向かった。待ち合わせは依頼人の家だった。


セキエイ

天津大厦テンシンマンションねー…」


セキエイはパッと見、どう見ても殺し屋には見えないラフな服装で街を歩いていた。カツカツとブーツを鳴らして、着いたのは廃墟のような、ボロボロの巨大なビル。ここにギュウギュウ詰めで多国籍な人たちが住んでいるから驚きだ。それどころか、格安宿や床屋や食堂など店まである。


言うなれば、人の逞しさ、ここにあり。その一言に尽きた。


セキエイ

「…」


一瞬、ビルの前でセキエイは立ち止まった。何を思ったのか、でも、セキエイはすぐにビルの中に入っていった。


見慣れない顔だな、住人はそう言いたげにセキエイを見た。数匹の猫が、セキエイの行く手を阻むかのように、チョロチョロと足元を彷徨く。何だこの匂い。くせーな。セキエイは一目もくれずに、建物の中を進んでいった。


住人

「おい、お前どこへ行くんだ?」


セキエイ

「?」


セキエイは足を止めて、振り返った。地べたに座った上半身裸で刺青だらけの男が、こちらを睨む。


セキエイ

「ここの1番上の階。」


住人

「…なんか見覚えあるな。」


住人は、目を凝らしてセキエイを見つめた。


セキエイ

「気のせいだ。これだけ人がいれば、似たようなやつはいるだろ。」


セキエイは適当に住人をあしらい、ゆっくりと歩き始めた。


住人

「ま、せいぜいスリに気をつけな。」


住人の言葉を背中で受け、セキエイは階段をゆっくりと登り始めた。


…マフィアか?いや、わからん…


先ほどの男の言葉は、嫌にセキエイの脳裏をかすめていた。錆びて頼りない手すりが螺旋になった階段は、どこか幻想的だった。それでも階段は、背筋を伸ばしてしゃんと立っている。セキエイは階段を信用して、どんどんと歩みを進めた。


階段を登り終えると、セキエイの目の前に、依頼人が立っていた。


セキエイ、依頼人

「どういうことだ」


2人は再会した。決して喜ばしいことではなかったが、ここでは依頼人と殺し屋だ。


依頼人

「…リュー・チンリューだ。今回は頼む。うちはこっちだ。」


ルチルは、1番奥の、花束の置かれたドアを指差した。


セキエイ

「…」


セキエイはルチルの家の前に着いて、玄関ドアの前で手を合わせて黙祷した。


ルチル

「…」


ルチルはその一部始終を、獲物でも見るかのように睨みつけていた。そのとき、白い花びらが、ヒラリとチャコールグレー色の床に落ちた。


セキエイ

「入っていいか?」


セキエイは手を下ろし、目をそっと開いた。


ルチル

「どうぞ。」


ルチルは手を伸ばし、少し乱暴に玄関のドアを開けた。


…うっ…


セキエイは、思わず手のひらで口元を押さえた。何度嗅いでも、この臭いだけは絶対に慣れない自信があった。ルチルはそんなセキエイを放置して、ズカズカと家の奥へ歩みを進める。


セキエイ

「お邪魔…しやす…」


案の定、部屋の奥へ進めば進むほど、臭いはキツくなる。鳥の生肉を夏場に何日も放置したような、嫌な臭いがこの家に漂っていた。


セキエイ

「俺の家に来いよ、お前病気になっぞ!?」


床に黒い人型のシミができたところへ着くと、セキエイはウォエッと噎せてしまった。


ルチル

「情けねーなお前。」


ルチルは小さい声で、人型のシミを前にしてつぶやいた。


元は白だったらしい灰色のカーテンに、何を食ったのかと思うほどの大きなハエが割れた窓から出入りしていた。ルチルは、淡々と話を続けた。


ルチル

「俺の母さんは何者かに撃たれてた。気づかなかった」


セキエイ

「何でだよ、冬場ならまだしも夏場なら半日で臭うぞ」


ルチル

「さぁな。母さんとは、半年はろくに口もきいていない。いつもここで寝てるから。」


ルチルはセキエイに背を向けて、シミの前で突っ立っていた。これもう、土台のコンクリートまで黒く染み渡ってるだろうな。フローリングを取っ替えても無駄か。セキエイは虫の沸いた床を見ながら思った。


セキエイは、目を閉じて、ぐっと拳を握った。


セキエイ

「…もういい。現状はわかった。ここを出よう。」


ルチル

「はぁ?」


ルチルは、セキエイの言葉を聞いてすぐに振り返った。


その眉間にはシワがより、鬼のような剣幕でルチルはセキエイに迫った。


ルチル

「お前まで適当に流して…どうしてだよ!?」


セキエイ

「別にここを離れても話はできるだろう。行くぞ」


ルチル

「あっ…!!」


その瞬間、ルチルはとっさに辺りを見回した。足をふらつかせ、何度も目を擦った。


ルチルとセキエイがいたのは、ヒスイを連れて行ったあの公園だった。ルチルの大好きな、あの夜景が目の前にある。ルチルはピタリと足を止めて、バラバラになった頭の中のパズルのピースを組み合わせていた。


セキエイ

「好きなんだな、ここが。お前は心の中で、俺にそう叫んだ。」


セキエイは長い腕を伸ばして、ルチルの頭の上に、ポンと手のひらを置いた。


父さんより大きい。それに、温かい。ルチルはセキエイの温もりを、隙間風の吹く心に感じていた。温かいお茶を飲んだときのように、不思議と体の中からほんわりと温かくなっていくのを感じていた。


ルチル

「そうだよ。俺はいつも、ここに来るんだよ。夜風に吹かれると、落ち着くんだよ。ガキの頃から、ずっと…」


セキエイ

「今もガキだろ」


ルチル

「うっせぇなぁ!」


ルチルは声を張り上げた。つもりだった。なのに実際は、掠れてろくに声も響かなかった。


ルチル

「だから大人の男は嫌いなんだよ、偉そうで、そのくせ子どもは殴れば大人しくなると思ってやがる!死んだ父さんがそうだったんだよ、ただの単細胞のくせに!」


セキエイ

「じゃあ、なんで写真を持ってる?」


ルチル

「…!?」


ルチルはとっさに体を捻じ曲げ、セキエイを見上げた。茶色い目を剥き出しにして、乾燥した唇は半開きの状態だった。


セキエイ

「お前の思ってることは、お見通しなんだよ。口じゃ親のことを嫌っても、親の仇で強くなりたいと思ってアンに近づいた。そうだろ?俺に近づいたのもそうだ。アンに関わってるからとロクでもねーカスに金でも積まれたんだろう。お前にそんなこと、出来るわけねーだろ。」


ルチル

「適当言うな!」


ルチルは体を震わせて、吠えた。けれども、セキエイは頭に手を置いたまま、ビクともしなかった。


セキエイ

「適当か?お前は根はお人好しだ、そんなことできない。じゃあ、何で俺の前で泣いた?何でそこまで、アンを慕う?何でヒスイの帰りをわざわざ待つ?俺の家のことが好きなんだろ?それが素のお前さんだ、ルチル。」


セキエイは顔色ひとつ変えずに、ただ淡々とルチルに話しかけていた。でも、その目は腐りきった魚のように、何も映さなかった。


ルチル

「お前に何がわかる…」


セキエイ

「わかんなくたっていいだろ。別にお前がどう思おうが、俺は構わん。今の俺とお前の関係は、ただの契約だ。説教も同情もする気などない。お前がしたいと思ったことをする。ただ、それだけだ。」


ルチルはぐったりとこうべを垂れて、肩を窄めた。セキエイはルチルの頭から手を離し、糸の切れた操り人形のようなルチルの肩に手を回した。


セキエイ

「あとはお前次第だ。」


ルチル

「…」


ルチルは、セキエイの浮き出た肋骨に額をくっつけ、顔を埋めた。いい匂いがする。本当気持ちいいな、ここは。ルチルはそっと目を閉じて、心臓の音に耳を澄ませた。


ルチル

「…俺はもう、一人ぼっちになっちゃった…」


セキエイ

「知ってる。」


セキエイの口調は相も変わらずだった。授業中の先生のように、ツラツラと言葉を並べただけのような、淡白なものだった。


ルチルは体をわずかに動かした。初めて立ち上がる赤ん坊のように、出ない力を振り絞って、ぎこちなく腕をセキエイの背中に回した。


ルチル

「お願い、助けて…このままじゃ、悔しいよ、辛いよ…」


セキエイは、両腕をルチルの小さな背中に巻きつけて、黒髪に隠れた耳元でつぶやいた。


セキエイ

「最初からそう言え。助けてやるからな。」


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