編集部本社
ジンはこの日、十龍にあるいつもの支店から編集部本社に呼ばれていた。
編集部本社に行くのは久しぶりだった。とは言っても、いつもの支店から徒歩で行けるほど近い。ちょっと近くへ買い物へ行く程度の距離だった。
いつもと同じ人混み。角を左に曲がるとコンビニ、曲がって少し進むとスーパー、隣にタイヤ屋さん。スラスラと言えるほど覚えている。
なのに、この日のジンは少し緊張していたためか、初見プレイのようにオドオドしながら街を歩いていた。心臓がまるでペットボトルの蓋にでもなったかのようだ。何者かにキュッキュと締め付けられる。
着いた。ジンは先輩とともに、編集部本社に入り、エレベーターのボタンを押した。
「第5回報道写真展」ジンが今回応募したコンテストだった。全世界の各マスコミ関係者が、こころを揺さぶる写真をテーマに行う大きなコンテストだ。
それはわずか一昨日のことだった。
上司
「お、おい!やった!やったぞ!」
吉報を電話で耳にした上司が、いつも通りの殺伐とした昼下がりの事務所で突然はしゃぎ始めた。
社員
「どうしたんですか?急に?」
当然のごとく、社員達は手を止めてその上司に注目という名の視線攻撃を浴びせる。受話器を下ろした上司は、すぐさま近くのお偉いさんのデスクの元へ駆け寄った。
上司
「先ほどのお電話で、報告があります!ジンの写真が第5回報道写真展で最優秀賞を取りました!」
その話を聞いた途端に、ガタガタと社員達が終電でも乗るかのように上司の席へ駆けつけた。
それだけすごいことなのだ。
社員
「うそ!?ジンが!?」
社員
「すげぇぇぇ!うちの会社初じゃないですか!?」
職場の社員達は、顔をあわせて大はしゃぎをした。
上司はジンが賞を獲った写真の写しを、慌ててデスクの引き出しから引っ張り出してデスクの上に広げた。
社員
「やっぱりいい写真ですねー…これ、どこですか?」
上司
「尖沙西。デモの直後にいた親子だ。ジンによると、迷子になっていた少年を母親が見つけた場面だそうだ。」
そこにはデモで荒廃したスラム街をバックに、立ち尽くす少年を抱きかかえ、女性がうずくまっている写真だった。
燃えた車に崩れたビル。だが、街灯の弱い光は少年の小さくても逞しい背中と、そこに張り付いた女性の美しい腕に明かりを灯していた。2人の顔は見えない。少年の服も、女性に包まれてよく見えなかった。それでも少年は汚れた地面に足をしっかりつけ、立っていた。
もちろん、アンとヒスイだ。
まるでアスファルトに咲く、2輪のタンポポ。
ジンは無意識でシャッターを切った。
そして今、ジンは表彰式にいた。
あの景色は未だに瞳の奥のフォトフレームにこびりついている。
選考委員長から表彰状を受け取り、ガチガチに震えながらも感謝の意をマイク越しに述べている。その声は初期地震のように小刻みに揺れる。
ジン
「私の作品のアーサーガロンですが、ネパール語で、希望を持て。という意味です。どんなに荒んでいても、人の愛は明日に希望を与えてくれると思い、私はその言葉を名付けました。」
ジンは、多くの人たちの前で、そう言った。
しかし。この写真のせいで、事態は少々厄介なことになってしまう。そのことを、ジンはまだ、この時は知る由もなかった。




