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どこかの秘密基地で

男その1

「ほら、ガキ、やるよ。」


ルチル

「…」


ルチルは男から、紙袋を渡された。ただの何もない茶封筒だが、分厚くて少し重い。


男その2

「わかったら、とっとと行け。」


男達に促され、ルチルは駆け足で出て行った。むしろ、言われなくてもすぐに出て行きたかった。封筒の重さは、ルチルの小さな手の中に文鎮のように存在感を示していた。


外は生憎の雨だった。傘のないルチルは、ピチャピチャと水たまりも気にせずに家へと走った。とにかく帰りたかった。


家の中は真っ暗だった。母はいなかった。ルチルは小さい豆電球をひとつだけ点けて、濡れた足のまま家の奥へ向かう。ここまで来て、ルチルはようやくふーっとため息を漏らした。


ルチル

「…なんだ、これ…」


紙袋の隙間から中身を覗いたルチルは、思わず身震いした。見たことのない札束が入っていたからだ。


怖い。俺、どうすれば…


ルチルの指は震えた。しばらく何もしなくても食えるほどの金を、いとも簡単に手に入れ入れてしまったからだ。


でも…


失ったというよりも、ルチルの心に傷を残していた。もう嫌だ、もう関わりたくない。一歩間違えば、あの3人の笑顔を今後奪うところであったからだ。


ルチルは札束を取り出し、ペラペラ数え始めた。けれども、数が多すぎてもう計算しきれなかった。


もうやめよう。こんなの、ダメだ。やっぱり俺は、真面目に生きたい。札束を握りしめたルチルの頬は、うっすら涙が伝っていた。


どれくらい蹲っていたのだろうか。部屋の隅でひとりで体育座りをしていたルチルは、札束を握りしめたまま体をゆっくりと起こした。


いつの間にか雨は止んでいた。窓の外から光が差し込んでいた。ルチルは封筒から札を数枚しか抜き出して、鍵のついた箱に残りをしまい込んだ。こうしないと漁られてしまうからだ。家にいる人ですら、もはやルチルは信用していなかった。


ルチルはサンダルを履き、外へと駆け出した。


どれくらい歩いただろう。もう日も暮れそうになっていた。


保護者

「何かしら、あの子…」


近くにいる人たちは、ルチルを怪訝そうな顔でチラチラ見ていた。それはルチルも、とっくに気がついていた。


金を手にしてさすがにシャワーを浴びて綺麗な服に着替えたが、制服を着ていない子どもがひとりでほっつき歩くのは違和感があった。


それでもルチルは紙袋を持って、そこにいた。高級車でお迎えですか…ルチルは横目で周りにいる人たちを睨んでいた。


何だろう。金持ちって、幸せなのかな。ルチルはヒールをカツカツ鳴らして歩くご婦人や、テロテロのスーツを着た紳士を眺めていた。


こんなカッコつけて、そのくせ他人を見下すような人間になって、


お前らそれが幸せなのかよ。


「ルチルー!!」


そんな孤独なルチルに、誰かが手を振った。


ルチル

「お、おう。」


ルチルの元に、ヒスイがやって来た。


ヒスイ

「どうしたの?」


ルチル

「お前を待ってた。来い。」


ルチルは手招きして、ヒスイを連れてその場をそそくさと去って行った。


ヒスイ

「そんなに急いでどうしたの?」


早足で歩くルチルに、ヒスイは不思議そうに声をかける。それでもルチルはどんどんと先を進んで行った。


ルチル

「俺みたいなのと一緒にいると、お前、いじめられっぞ。」


ヒスイ

「なんで?」


ルチル

「何でって…」


ルチルは足を止めて、クルリと振り返った。


ルチル

「どう見ても住む世界が違うだろ?こんな乞食と一緒にいたら、お前まで変なやつだと思われるぞ。お前はボンボンだろ?俺となんか一緒にいる人間じゃねーだろ。」


ヒスイ

「そんなことで人を見るなって、パパとママが言ってたから。」


ルチル

「…」


ヒスイは何食わぬ顔で、ルチルを見つめていた。


ヒスイ

「人の足元ばかり見てると痛い目にあうって。」


ルチル

「…わかったよ。」


ルチルはヒスイに背を向け、


ルチル

「ちょっと近くの公園に行きたいんだけど。来てくれ。」


と、またスタスタと歩き始めた。


ヒスイ

「ねぇルチル、パパと病院で待ち合わせしてるけど、一緒に行かない?今日はママも夜来てくれるんだ。」


ヒスイは先を歩くルチルの背中に声をかけた。


ルチル

「そうだな。ちょっと、顔は出したかった。」


ルチルは振り返ることなく、スタスタと公園の近くへ向かった。


公園と言っても、空き地の方が近い。ベンチにガジュマルの木がある、簡素なところである。2人はそこの近くを通ったが、


ルチル

「…まぁいいや。そのまま十龍の医療センターに行くか。」


ルチルは中に入らずに通り過ぎた。


ヒスイは不思議に思った。


ヒスイ

「なんでパパの病院、知ってるの?」


ルチル

「お前が俺に言ったじゃん。」


あ、そういえば。こいつは俺が病院に行ったことのあることは知らないのか?気がついたルチルは、適当に流した。


ヒスイ

「そうだっけ?忘れてるだけか。」


ヒスイは?と思ったが、あまり気にせずにそのままやり過ごした。


あれから2人はセキエイのいる病院に到着した。


セキエイ

「なーんだよお前。ちゃっかりおしゃれまでして、ヒスイとデート?それとも、またぶっとい注射でも食らいたいのか?」


診察着姿のセキエイは、ルチルを見て、ふふんと笑った。


ルチル

「…」


ルチルは一瞬だけ頬を膨らませたが、口答えなどせずにすぐ大人しくなった。


なんだ、妙に大人しいな。セキエイはふと気になったが、


セキエイ

「お前、ヒスイに変なこと教えんなよ。」


セキエイは、ルチルに釘をさすように言った。けれども、答えたのはヒスイだった。


ヒスイ

「じゃあ先に帰ってるね。ルチルもいい?」


セキエイ

「わかった。気をつけろよな。ママにちゃんと連絡しろよ。」


ヒスイ

「うん。」


…大丈夫かよ。アンに連絡すっか。


ヒスイはルチルとともに家に向かったが、セキエイはどこか釈然としなかった。


夕暮れが街を染めた。2人は繁華街を歩いていた。


ヒスイ

「ルチル、それ、何?」


ヒスイはルチルの持っている綺麗な紙袋を指差した。


ルチル

「…何でもない。ただの俺の荷物。」


ルチルは小さい声でつぶやくと、ヒスイの後を大人しくついて行った。


ルチル

「なぁ」


ルチルはヒスイに声をかけた。セキエイたちの住むアパートはもうすぐ先。


ヒスイ

「どうしたの?」


ルチル

「ちょっとだけ、寄り道していいか?」


ヒスイ

「どこ?」


ルチル

「ほんの一瞬だけだ。」


ルチルに言われ、ルチルは次の角を右に曲がった。


着いたのは、さっきの公園だった。


ヒスイはさすがに不安になり、キョロキョロと辺りを見回した。


ヒスイ

「何もないよ?」


ルチル

「後ろ見ろよ。」


ヒスイ

「?…あ…」


もう日は暮れていた。綾港の夕暮れは一瞬だけだった。そこには宝石箱をひっくり返したかのような、海沿いの夜景が見えた。


ルチル

「綺麗だろう?」


ヒスイ

「すごいね!よく知ってるね。」


ルチル

「まぁな。何かあったら、俺はいつもここに来るんだ。あと、これ。」


ヒスイ

「?」


ルチルはヒスイに、小さなブレスレットを渡した。ブレスレットといっても、チェーンに指輪がくっついているだけのものだった。どちらかといえば、キーホルダーに近い。


ヒスイ

「何これ?いいの?」


ヒスイはルチルから、ブレスレットを受け取った。


ルチル

「お守りだ、やる。」


ヒスイ

「ありがとう。腕につけると、ちょっと大きいな。」


ヒスイは左手にブレスレットを巻きつけながら言った。


ルチル

「お前、男のくせに痩せすぎなんだよ。食えよ。」


ヒスイ

「仕方ないよ。パパに体型がそっくりなんだ。」


ルチル

「さっさと着けろ。わかったら行くぞ。」


ルチルは、スタスタと歩き始めた。




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