とある牢獄にて
ハン
「出せ!出せー!!!」
ハンは留置所にて大暴れをしていた。幸い、怪我はない。だがしかし、出せと言われて出られるほど甘くはない。ハンの目の前には、頑丈な鉄格子が視界を邪魔する。まるでドラマのワンシーンのように、ハンは鉄格子を掴み飼い犬のように吠え立てていた。そこへ、革靴を鳴らして、ハンの前に客が現れた。
係員
「面会だ、出ろ。」
正義のヒーローのように、係員がハンの前に立ち塞がった。ハンは反射的に、パッと鉄格子から手を離した。
ハン
「誰だ!?」
3人組の制服姿の男達はハンの質問に答えず、ハンの腕を後ろに回して手際よく手錠をはめる。とにかく力ずくでハンを連れ出した。
ハン
「何なんだよ、さっきから!…って…」
もちろん好き放題されて、ハンが嬉しいわけがない。抵抗を試みるが、当然うまくは行かなかった。仕方なく、この屈強な男達と暗い廊下を歩く羽目になった。
歩くことものの数分。面会室に着いたハンは、諦めたのかふと静かになった。透明な壁の向こう側に、小さく座っていたのは妻のチンだった。
今にも雨漏りしそうな天井のくすみをバックに、大臣まで上り詰めたとは思えないボロを羽織ったハン。その向かいに座り、ブランド物のスーツを着た厚化粧のチン。どう考えても同じ空間にいるとは思えない。この場では、チンが妻とは思えなかった。
チン
「お金はどこへ隠したの?」
まず先に口を開いたのはチン。口を開けば金の話、チンにとってはいつものことだった。
ハン
「そんなもん、ない!」
またかと言わんばかりにハンはそう吐き捨て、大きくため息をついた。
至極当然だがその言葉を聞いてチンが面白いわけがない。チンはぐっと眉毛を変形させ、表情を一変させた。
チン
「嘘をおっしゃい!さもないと、あなた保釈できないわよ!?」
ハン
「ないもんはないんだ!選挙に敗れて、いくら政党に持ってかれたと思ってんだ!?」
ハンも感情を表に出していた。2人の会話は隣の係員にバッチリと録音されていた。
チン
「冗談じゃない、あなたが余計なことをすれば、私の経営に響くのよ!しかもこっちは教育法人よ、マスコミに何を書かれるか、わかったもんじゃないわ!!」
このやり取りが、この後も続いていくのであった。
チンは、唇を噛んで小刻みに震えていた。怒りに我を忘れている証拠である。その指にはめた指輪を売ればいくらか足しになるだろうに、その発想はチンにはなかった。
係員
「あと5分だ。」
無情にも時は2人を待たない。ハンは先につぶやいた。
ハン
「保釈金くらいなら、何とかあるだろ。助けてくれよ。」
チン
「下手に出てこられても厄介よ。怪我でもして病院にいた方が良かったんじゃないの?まぁいいわ、出るなら出るで。」
過激な発言で世間を騒がせた政治家のハンも、嫁の前ではこれである。やはり、どこの家庭も女が強いのか…いやそれは置いておいて、残りの制限時間も押し問答であっという間に過ぎていった。
係員
「終わりだ。戻れ。」
狭苦しい部屋の壁際で立っていた係員は、ハンの手を後ろに回して元いた部屋に連れ出していった。あの撫で肩の猫背にガニ股、間違いなくハンの特徴を表していたが、国会議事堂を歩いていた後ろ姿には、とても見えなかった。
こうして男達に連れられ、ハンは実験用のマウスになった気分を味わえる部屋へ戻った。
また、男達の手によって、ハンの部屋には厳重に鍵が掛けられた。
係員その1
「…先輩。」
係員その2
「何だ?」
ハンの部屋を出ると、ハンに聞こえないよう、男達はコソコソと話を始めた。
係員その1
「どうしてあの2人は、自分のことしか考えてないんでしょうね。お互い、まるで相手のことなど考えていない。」
係員その2
「…」
先輩と呼ばれた男は、一瞬言葉を詰まらせた。そして、こう言った。
係員その2
「それが人間だからじゃねーの?」
もう、もう1人の男は何も言わなくなった。納得したのかどうかは本人にしかわからない。が、先輩も特に気にはしなかった。
男達は、ゆっくりと廊下を歩いた。




