夜風に吹かれて
…うまい。
セキエイは夜風に吹かれながら、マグカップを片手に綾港の夜景を眺めていた。だが、寒い。
セキエイがいたのは自分が入院している病院の屋上だった。なーんだかうるせーなー。セキエイはやたら賑やかな下界を眺めていた。
これぞまさしく、高みの見物、なのかもしれない。
ママをいじめるな、か。ヒスイも男だな。嬉しいような、少し寂しいような気がして、セキエイは残り少ないコーヒーを少しだけ啜った。
俺が殺し屋を辞めて、もう2年か。セキエイはしみじみと昔のことを思い出していた。
セキエイ
「爆弾を積んでいるのは誰だ?」
3年前の尖沙西。古いビルの片隅に隠れ、セキエイは武装したアンの耳元で囁く。
尖沙西のスラム街にある銀行は騒々しかった。銀行の前にはパトカーが集まる。
スラム街を唸らせていた盗賊集団が、銀行強盗をはたらいたからだ。マフィアとの争いもあり、スラム街はこの集団に悩まされていた。
政府からの命令は、この盗賊集団の殺害だった。
セキエイ
「えー、今から人質を救出して建物を爆破する。警戒線の外へ出るように。」
セキエイは持っていた無線機で、現場近くにいた指揮担当の警察官に伝えた。
警察官
「了解。人質は1名だ。」
セキエイ
「了解。若い女性だろ?」
セキエイが無線でそう伝えると、現場の警察官達はざわめいた。
おかしい。なぜなら、誰も人質の人物像を把握していなかったからだ。
セキエイ
「アン、準備はいいか?もう許可が下りた。やるぞ。」
セキエイは無線機を切ってから、アンに声をかけた。
アン
「あいよ。1番左は自爆予定。右端、火炎瓶。撃て、そいつを撃てばフロアは爆破する。おそらく中央の若い女、あいつが人質。」
セキエイ
「了解。」
アンは目をつぶって透視していた。セキエイはアサルトライフルを取り出す。
アン
「右端を狙え。」
セキエイ
「了解。3.2.…」
セキエイは立て篭りする盗賊達を肉眼で見ないで引き金を弾いた。
アン
「今だ」
アンは時間を止めた。その瞬間、アンは立て篭り班のテリトリーの中にいた。
アン
「助けてやる。」
アンは若い女を抱えて、刹那でセキエイがいるビルの中へ戻った。
セキエイ
「よし、戻すぞ。」
アンが瞬間移動でビルに戻ると、セキエイは時間を戻した。
ビルはこの世の終わりかと思うほどの音を立てて、豪快に爆破した。ドカンと鼓膜を劈くような音がして、オレンジ色の閃光が空を照らす。
アン
「ごめん、眠ってくれ。」
アンは人質の女性の耳元でつぶやいた。女性は何も言わずに、眠り込む。
セキエイ
「そいつを指揮担当の元へ戻してくれ。近くに救急車がいる。」
セキエイは燃え盛る銀行の様子を透視しながら言った。これほどまで、サイレンが錯綜することがあっただろうか、尖沙西の街は賑やかだった。
アン
「はい。記憶は消すぞ。じゃ、行ってくる。」
アンは再び姿を消した。
アンは人質を抱えて、銀行の前に降り立った。
警察官
「おおっ!!」
アンの周りに警察官が駆け寄った。
アン
「彼女を運んでくれ。気を失っているだけだ。」
アンは警察官に伝えた。人質の女性より、アンの方が小柄だった。何だか不思議な光景である。
アン
「…まだいやがるな。」
救急隊が女性を運び出すと、アンは爆破した銀行の地下へと移動した。
アン
「エイジ!地下にまだ仲間が生きてやがる!地下に行って、すぐ戻る!」
アンは足音を聞きつけると、すぐに拳銃を構えた。若い男がナイフを持って、アンに襲いかかる。
アン
「まずはてめぇだ、死ね。」
アンは容赦無く男に鉛玉を食らわせた。
アンが発砲したのは二度だけだった。再び爆音がスラム街に響きわたる。アンはすぐにセキエイの元へ戻った。
セキエイ
「アン!」
爆音に一瞬だけ動揺したセキエイが、アンの元へ駆け寄った。アンは無傷だった。が、
アン
「迂闊だった。弾を一発無駄にしてしまった。ナイフを持ってこちらに走ってきた男がいてな。」
アンは最初に撃った相手が持っていた一枚の写真を、ふと眺めた。
セキエイはそんなことを思い出していた。
思えば、あの頃が一番充実していたかもしれない。綾港で、家族3人で暮らしていた、あの頃が…
ぼけっとしながら、興味本位でセキエイはデモ活動の様子を透視してみた。
…そういえば。
セキエイは、ふとあることに気がついた。
ルチルだ。
何であのガキは、俺のことがわかったのだろうか。あのガキは、真っ先にアンの名前を出した。アンのことを知っていたとしても、あそこで俺に会うなんてあまりに話が出来すぎていないか?
そもそも、何でアンと知り合いなんだ?
別にセキエイは、ルチルのことを疑ってはいなかった。
…でも、だ。
セキエイは目を閉じた。スラム街に警察の特殊部隊が押し入り、バンバンと人を捕まえ出していた。少しは収束していくだろう、兆しが見え始めていた。
その時だ。
セキエイ
「あれ?あいつ、どこかで…」
セキエイは、顔を顰めた。




