関さん家で、運命の選択。
綾港の港湾地区から3人が戻ってきたのは、普通だったら深夜過ぎだった。時間を止めていたので、正確な時間はどれくらいかは神のみぞ知るである。
セキエイ
「…ヒスイは寝たから」
忍び足でセキエイは、アンのいる台所へ戻ってきた。
なんせ関家はダイニングに残りは一部屋しかない、まるで上京した大学生が住むような広さの家である。ルチルを入れて4人では流石にギュウギュウだった。
台所にはすーっとお線香の煙のような二筋の湯気がたっていた。2つのマグカップにコーヒーを淹れて、アンは椅子に座ったセキエイに渡した。
アン
「…はい。」
セキエイ
「サンキュ」
アンもセキエイの向かいの椅子に座り、手にしたマグカップをテーブルに置いた。
アン
「…ブラックのストロングコーヒー」
アンはマグカップを覗き込みながらボソボソとつぶやいた。
マグカップの中のコーヒーは薄くて白い膜を張り、小さな泡がぶくぶく蠢いていた。泡は湯気に隠れて見えなくなってしまう。
セキエイ
「?」
セキエイはマグカップを覗き込むアンをふと見た。
アン
「君は昔から好きだね。コーヒーが」
セキエイ
「そうだな」
セキエイは早速コーヒーを一口いただいた。
セキエイ
「やっぱり、俺の好みがわかってるな。」
セキエイはマグカップを持って、小さく笑った。その顔は参ったと言わんばかりであった。
けれども、アンの目は笑ってはいなかった。
アンの頭の中は、ヒスイのことばかりだったからだ。
しかし、
セキエイ
「ヒスイがここまでだったとはな」
先に本題を振ったのはセキエイだった。
アン
「…僕はどうしていいのかわからないんだ。」
そう言うと、アンはまだコーヒーを飲まずに大きくため息をついた。
アン
「今後あの子はどうすべきなんだろう。それはヒスイが決めるのが1番いいに違いないけど、あの子はまだそんな年じゃない。ESPCに報告しなきゃいけないし。」
セキエイ
「…報告するだと?」
セキエイは上目遣いで、ちらっとアンを見た。
アン
「しないのか?」
セキエイ
「したらまずいだろ!?」
セキエイの声は、少し大きくなった。アンは少し驚いたのか、肩がわずかに揺れた。
ESPCに報告をするということは、ヒスイがエスパーとばれてしまうことを意味するのだ。
アン
「え、そんな…」
セキエイ
「あいつを俺たちみたいにしたいのか!?そんなことしたら、今以上に危険な目に遭うだろ!?」
アン
「でも、どうやって隠し通すんだ!?今以上に日に日に能力が高まってるし、僕はもう限界だと…」
セキエイ
「そんなの2人で抑え込みゃいいだろ?」
そう言うと、セキエイは突然椅子から立ち上がった。
アン
「…ど、どうしたんだよ、急に?」
なぜかセキエイにつられて、アンもその場に立ち上がった。
セキエイ
「ヒスイの記憶を消す。そうすればあいつは、自分をエスパーだって、わから…」
アン
「そんなことをしても無駄だ、やめろ」
アンは押し入れに向かおうとするセキエイの後ろ姿に手を伸ばし、両腰を掴んだ。
セキエイ
「何で止める!?その方がいいだろ?」
セキエイは体を左斜めに向け、振り返った。アンはまだ、セキエイから手を離さずにいた。
アン
「そんなことをしても付け焼き刃だ、あの子には効かない。それにもう、家族に都合のいいように精神操作はしないでくれよ!!」
セキエイ
「アン!俺はそんなつもりじゃねぇ!」
セキエイは振り返って、アンの両肩を強引に掴んだ。
アン
「痛いよ、よせって!!」
セキエイはアンの呼びかけにも聞かず、アンに壁ドンをした。
薄い壁のためか、音が隣の部屋まで伝わっていそうだった。鼻と鼻がぶつかりそうなくらいに、2人の顔は近かった。
アンは目を細め、顔を斜め上にあげて自分よりも背の高いセキエイに冷たい視線を送る。
アン
「…何でそうやって男は、ヤケになって力強くで何とかしようとするんだよ!!卑怯だろ!!」
セキエイ
「違う、そうじゃね…」
ヒスイ
「パパ、やめてよ!!」
「…」
2人は同じタイミングで振り返った。すぐ近くに、涙で目が潤んだヒスイが立っていた。
セキエイ
「ヒスイ…」
ヒスイ
「ママを離せ!」
ヒスイはセキエイの太ももに飛びついた。
セキエイ
「何だよ、お前はアンを庇ってばっかり…」
セキエイはアンから目を離し、今にも泣き出しそうなヒスイを見下ろした。そしてそっと壁に貼り付けた手を下ろした。
アン
「何を子どもじみた事を言ってんだよエイジ!ヒスイ、こっちにおいで。」
アンをヒスイを呼んだ。ヒスイはセキエイの太ももから手を離し、小走りでアンに飛びついた。苦虫を噛み潰した顔で、セキエイはその様子を眺める。
セキエイ
「…はいはい、俺が悪いんだろ!?もういいわ。」
アン
「エイジ、ちが…オイ!」
セキエイは、テレポーテーションでどこかへ消えてしまった。
ヒスイ
「パパ!ふぇ~…」
アン
「…」
アンはついに泣き出してしまったヒスイをそっと抱えた。テーブルから、セキエイの飲みかけのコーヒーのマグカップも一緒に消えていたことに、その時ふと気がついた。




