昔むかし、あるところに
セキエイは目を閉じていた。
ここは静かだ。落ち着く。
どこにいるかもわからないのに、不思議と安心感をおぼえていた。
気がつくと、セキエイは夢を見ていた。
肌寒い気温。薄暗い場所。
あぁ思い出した。俺は今、記憶の海の中だ。だから落ち着いているんだ。
この先がどうなるか、もうわかっているから…
セキエイは夢を見ていたのではなく、それは単に、過去を思い出していただけなのだが。
誘拐犯その1
「ははは、ざまぁねぇな。あっという間に億万長者だ!」
セキエイ
「………」
セキエイは黒ずくめの男達が、ロープで体を縛り付けられた1人の少女を囲いながら話す姿を家政婦よろしく、覗き込んでいた。
どれくらい前のことだろうか。それすらあやふやなほど前のことだった。そこは、陰気臭い場所だった。暗くて、ジメジメして、何もない。ザ・無機質、ザ・殺風景。そんなところにセキエイ達はいた。
誘拐犯その2
「おい」
黒ずくめの男の1人が、体育座りをしている少女の目の前でしゃがみこむ。少女はうつむいて、猿轡をはめられていた。
男は少女の赤に近い茶髪をかきあけ、耳元でつぶやいた。
誘拐犯その2
「残念だったな。お前の母ちゃん、お前のこと、要らないってさ。」
少女
「…………」
少女は黙って、うつむいたままだった。
誘拐犯その1
「しっかしまー、こいつ本当に大人しいな。ウンともすんとも言わねー。つまんねぇな。」
すると、少女の髪をかきあげた男は、その手をそのまま顎へスライドさせていった。ごつごつしていて太い指は、少女の顎を撫でた。男はつぶやいた。
誘拐犯その2
「やっぱり芸能人の娘だなー。こいつ結構綺麗な顔してるぞ。色白だし、将来有望だな。」
誘拐犯その1
「お前ロリコンかよ。ビクともしねぇ、何も言わねーからつまらんわ。どうすっか?早目に売るか?」
もう1人の男が、呆れ顔でつぶやいた。
誘拐犯その2
「どうせ売るなら、楽しませろよ。さーて、ベッドに連れてくかな~っとわぁっ!!!」
少女を担ごうとした男は、謎の竜巻に巻き込まれ、部屋の端まで吹っ飛ばされた。
誘拐犯その2
「いてぇな!!」
すごい、俺と同じことができる!
セキエイはドアの隙間からその様子を眺めて思った。そこにはどこか嬉しさも相混じっていた。同郷の人がいたときと同じような安心感だった。セキエイは、途端に少女に魅せられてしまった。
少女に飛ばされた男はうつ伏せ状態からノロノロ起き上がる。そして少女に舌打ちをして、パンパンと布団のように服を叩いた。羽織っている黒い服は白い埃をつけていた。
誘拐犯その1
「バーカ、こいつエスパーだから。下手に扱うと秒殺されっぞ。おい、エイジ」
セキエイは男に呼ばれ、覗いていたドアを開けて部屋に入った。
誘拐犯その1
「こいつを連れてけ。お前じゃないと、力を封じ込められねぇ。あとは好きにしろ。売るなり分解するなり、殺して棄てるなり。」
セキエイ
「…はい。」
セキエイは男の言われるまま、体育座りの少女を抱えて、この何もない、醜さに溢れた部屋を出た。
セキエイは重い部屋の鉄の扉を閉めた。閉めてすぐ、少女の口元にかかっていた猿轡を片手で器用に外した。この子と友達になりたい。セキエイはワクワクしていた。
セキエイ
「なぁ、君は何ていうの?」
少女
「…」
笑顔が溢れるセキエイとは反対に、少女は暗い顔で何も言わず、黙っていた。
セキエイ
「…」
セキエイはしばらく廊下を歩いた。少女からの返事は、しばらくない。それでもこの長くて薄暗い廊下を歩いた。
セキエイ
「怖かった?俺もこうして、ここに連れてこられた。」
少女
「…」
長い廊下を渡り歩くと、セキエイは突き当たりにある、先ほどより更に重い鉄の扉を開けた。
セキエイ
「でも今は怖くない。」
鉄の扉はあまり開けて欲しくないようだ。ギィィと文句を垂れながら、ぎこちなく開いた。
セキエイは何とか少女を慰めようとした。海底の貝のように閉ざした少女の口を開いた。そこに真珠があるわけでもないのに、セキエイはそのときを待っていた。
少女
「君は僕をどうしたいの?」
セキエイ
「えっ?」
少女はようやく口を開いた。セキエイはとっさに胸元にある、少女の顔を見た。
少女の口は、また固く閉じてしまっていた。
セキエイ
「…」
セキエイは一瞬だけ躊躇った。どう言えば、俺のことを怖がらないかな。少しだけ思ったが、
セキエイ
「どうもするつもりはないよ。俺にそんな権利はないから。」
と、すぐに答えた。
少女
「何で?さっき、あの男たちが、君の好きにしろって言ってたじゃないか。」
セキエイは少女の顔を見ようと思って、何度も下を向いた。だが少女の高い眉骨と鼻筋が邪魔をして、顔がよく見えない。
セキエイ
「うーん、君がどうしたいのかによる。お腹すいてない??何食べたい?一緒にご飯食べようよ。」
少女
「そんなことしてどうすんの?」
セキエイ
「?」
セキエイは、一旦足を止めた。
セキエイ
「あれ?お腹すいてなかった?でも食べた方がいいよ。ここに来てから、ずっと座りっぱなしで、何も食べてないし、トイレだってろくに…」
少女
「そういう意味じゃない。」
少女はキッパリと言った。
少女
「もう僕は死ぬか生き地獄なのに、そんな優しさなんか無駄だろう。おかしい。」
セキエイ
「おかしいのは君じゃないか?」
少女
「何がおかしい?」
少女の口調が変わり、少し乱暴になった。セキエイは先ほどよりも強くなった視線を感じていた。
少女を見て、どうしたらいいんだろうという気持ち2割、助けたい気持ち8割だったが、セキエイはうちの8割を優先させた。
セキエイ
「君がどうなるかは俺が決めるんだろ?それなのに、どうして死ぬか生き地獄かなんてわかるんだ。俺は君のしたいようにするって言ったのに。」
少女
「そんなの信用できるかよ!わかった、じゃあまずはこのロープを外せ!僕を歩かせろ!」
少女は体を動かそうとするが、セキエイに動きを封じられて動けない。
セキエイ
「あ、そうだな。ごめんごめん。」
セキエイは少女の体に食い込むロープを切り、足を床に着かせた。
少女
「…ったっ!」
セキエイ
「あぁ、大丈夫?足が痺れたの?」
少女は両足を床に着けたはいいが、足が痺れ切って力が入らない。膝から崩れ落ちてしまった。
セキエイは、慌てて少女の肩に腕を回して担いだ。
セキエイ
「ゆっくり歩こう。じきに治るよ。」
少女
「…」
2人は二人三脚のような体勢で、長い長い廊下を歩き始めた。泣いているのかな。セキエイが思ったのは、うつむいた少女の唇が微小に震えていたからだ。顔にかかる髪が邪魔で、少女の目は見えない。少女はまた口を閉ざして、その肩はほとんど力が入っていなかった。
セキエイ
「…家に帰りたい?」
セキエイはそっと少女に尋ねた。
少女
「帰りたくない。」
セキエイ
「そうなの?どうして?」
間髪入れずに少女はセキエイの質問に答えた。セキエイも光反射の如く、少女に質問し返した。
少女
「帰りたくないよ。僕は母さんに、要らないって言われ…うっ…」
セキエイ
「…ご、ごめん!」
セキエイは謝った。なぜかわからず、とっさにその言葉が舞い降りてしまった。泣き始めた少女を、セキエイはそのまま抱きかかえた。




