第4話
朝から、雨が降っていた。
山の上にあるマンションは、いつもより静かだった。
窓を打つ雨音を聞きながら、瞳は温かい紅茶を飲んでいた。
「今日は出かけないほうがよさそうね」
テーブルの上には、読みかけの本。
今日は一日、家でゆっくり過ごすつもりだった。
すると――。
コンコン。
玄関の扉を叩く音がした。
「はい」
扉を開ける。
「おはようございます、瞳さん」
そこにいたのは、傘をたたんだうさぎさんだった。
「あら、いなばさん。どうしました?」
「十五階の様子を確認しております」
「十五階の?」
「はい。風が強くなってきましたので、こちらの窓とベランダを確認しておこうと思いまして」
「ああ……」
瞳は窓のほうを振り返った。
最上階ということもあり、強い風の日には少し気になることがある。
「それなら、どうぞ」
「ありがとうございます」
うさぎさんは部屋の中へ入り、窓の様子を確認する。
「特に問題はなさそうですね」
「よかったわ」
うさぎさんが窓を確認している間にも、外では雨が降り続いている。
「それにしても、濡れていますよ」
「これくらいなら問題ありません」
「そう言って風邪をひいたら困ります」
「兎は風邪をひかない、などと言いますが――」
「いなばさん」
「はい」
「そういう問題ではありませんよ」
うさぎさんは少し黙った。
「……おっしゃる通りです」
瞳は小さく笑った。
「よかったら、タオルをお貸ししましょうか?」
「ありがとうございます」
しばらくして、うさぎさんは濡れた耳をタオルで丁寧に拭いていた。
「少し休んでいってください」
「しかし、まだ仕事が――」
「雨が弱くなるまで」
瞳は紅茶を一杯、テーブルに置いた。
「どうぞ」
「……いただきます」
うさぎさんは椅子に座った。
窓の外では、雨が静かに降り続いている。
「こうしていると、昔を思い出しますね」
瞳がぽつりと言った。
「昔、ですか?」
「ダニエルと暮らしていた頃も、雨の日はよく家にいましたから」
「そうでしたか」
うさぎさんは、それ以上尋ねなかった。
ただ、紅茶を一口飲む。
「おいしいです」
「それならよかった」
二人の間に、しばらく雨音だけが流れた。
やがて、雨が少し弱くなる。
うさぎさんが立ち上がった。
「では、そろそろ仕事に戻ります」
「ええ。でも、今日は無理をしないでくださいね」
「承知しました」
玄関まで見送る。
「いなばさん」
「はい?」
「雨が強くなったら、また様子を見に来てくださいね」
「もちろんです」
うさぎさんは穏やかに笑った。
「そのときは、また紅茶をいただけますか?」
「ええ。いつでもどうぞ」
扉が閉まる。
瞳はしばらく玄関に立っていた。
十五階には、この部屋しかない。
だから雨の日には、外の音がいつもよりよく聞こえる。
窓の向こうでは、雲の切れ間から淡い光が差し始めていた。
「……明日は晴れるかしら」
瞳はそう呟いて、部屋へ戻った。




