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山の上のマンション 〜うさぎの管理人と、ひとり暮らしの瞳さん〜  作者: まーサンタ


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18/19

第18話


朝、いつもと同じ時間に目が覚めた。


カーテンを開ける。


山の向こうから、柔らかな光が差し込んでいた。


私は窓を少しだけ開ける。


冷たい空気が部屋に入ってきた。


「今日は、いい天気ですね」


誰に言うでもなく、そう呟いた。


キッチンへ向かい、お茶を淹れる。


湯気の向こうに、朝の山が見える。


今日は特に予定がない。


買い物に出る必要もなかった。


「今日は家でゆっくりしましょう」


そう決めて、私はゆっくりと朝食を済ませた。


しばらくして、少しだけ外の空気を吸いたくなった。


小さなバッグを持って部屋を出る。


エレベーターで一階へ降りる。


扉が開くと、エントランスには、うさぎさんがいた。


掲示板の前で、何かを確認している。


「おはようございます、いなばさん」


「おはようございます、瞳さん」


うさぎさんが振り返る。


「今日はお出かけですか?」


「いいえ。今日は特に予定はありません」


「そうでしたか」


「少し外の空気を吸おうと思っただけです」


「それはよいですね」


うさぎさんは穏やかに笑った。


「今日はゆっくりお過ごしください」


「ありがとうございます」


そのとき、エレベーターの扉が開いた。


「おはようございます」


入ってきたのは、猫の小林さんだった。


「おはようございます、小林さん」


「おはようございます、瞳さん。うさぎさん」


小林さんは買い物袋を持っていた。


「これから少し買い物に行くところです」


「今日はお休みですか?」


私が尋ねると、小林さんは頷いた。


「ええ。午後は家で友達と電話する予定なんです」


「それもいいですね」


「でしょう?」


小林さんは嬉しそうに笑った。


そこへ、奥から足音が聞こえてきた。


茶色い毛並みの犬。


犬の田中さんだった。


「おはようございます」


「おはようございます、田中さん」


「今日は少し歩いてきます」


田中さんはエントランスの外を振り返った。


「花壇も見てこようと思いまして」


「花の名前は、分かりましたか?」


私が聞くと、田中さんは少し困った顔をした。


「それが、まだなんです」


小林さんが笑う。


「田中さん、花の名前を調べるのが趣味になってません?」


「そうかもしれません」


みんなで笑った。


田中さんはそのまま外へ出ていった。


しばらくすると、エントランスに亀の佐田さん一家がやってきた。


「おはようございます」


「おはようございます」


息子さんが元気に挨拶する。


「今日は公園に行くんだよ!」


「そうなんですね」


「お父さんも一緒!」


佐田さんの奥さんが笑う。


「久しぶりに家族で出かけるんです」


「楽しそうですね」


「はい」


息子さんは嬉しそうに頷いた。


そのあと、エントランスの扉がまた開いた。


人間の相田さん一家だった。


娘さんが小さな袋を持っている。


「今日は何をするんですか?」


私が尋ねると、娘さんが答えた。


「お昼ごはんを一緒に作るの!」


「何を作るの?」


「まだ秘密!」


そう言って、娘さんは笑った。


お母さんも笑う。


「本人が張り切っているので、今日は家で一緒に作る予定です」


「それは楽しみですね」


みんな、それぞれ予定がある。


公園へ行く人。


買い物へ行く人。


家で電話をする人。


家族で料理をする人。


そして、特に予定のない私。


同じマンションに住んでいても、一日の過ごし方はそれぞれ違う。


「では、行ってきます」


佐田さん一家が外へ出る。


「行ってらっしゃい」


私たちが声をかける。


相田さん一家も続いて出ていった。


「行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


最後に小林さんが買い物へ向かう。


「では、私も行ってきますね」


「お気をつけて」


エントランスが静かになる。


私はしばらくその場に立っていた。


「私も戻ります」


「はい」


うさぎさんに挨拶をして、エレベーターへ向かう。


十五階。


自分の部屋へ戻る。


窓辺の椅子に座り、本を開いた。


ページをめくる。


外からは、風の音が聞こえる。


ときどき、遠くを車が走る音もする。


静かな部屋だった。


けれど、不思議と寂しくはなかった。


下の階では、誰かが暮らしている。


今頃、公園では佐田さん一家が歩いているだろう。


小林さんは買い物をしている。


田中さんは花壇を見ているかもしれない。


相田さん一家は、もう昼食の準備を始めている頃だろう。


そう考えると、この静けさも悪くない。


お茶を淹れる。


カップを持って窓辺へ戻る。


山を眺めていると、少し風が強くなってきた。


木々の葉が揺れている。


私はベランダのほうへ目を向けた。


そのとき、廊下から足音が聞こえた。


「瞳さん」


「はい?」


扉を開けると、うさぎさんが立っていた。


「少し風が出てきましたので、こちらの窓とベランダを確認しておこうと思いまして」


「ありがとうございます」


うさぎさんが窓の状態を確認する。


「問題ありません」


「よかったです」


私は少し笑った。


「いなばさん」


「はい?」


「今日は、少し早めに休んでくださいね」


うさぎさんが一瞬黙った。


「……善処します」


私は思わず笑った。


「小林さんにも、同じことを言われているでしょう?」


「はい」


「なら、ちゃんと聞いてくださいね」


「分かりました」


うさぎさんは穏やかに頭を下げる。


「それでは、私はこれで」


「はい。お仕事、お疲れさまです」


扉が閉まる。


私は再び窓辺に座った。


午後の時間は、ゆっくりと流れていった。


やがて夕方になる。


山の向こうへ太陽が傾き始める。


窓から外を見ると、マンションの前に人影が見えた。


亀の佐田さん一家だった。


息子さんが楽しそうに走っている。


少し遅れて、犬の田中さんが歩いてくる。


手には、小さな紙袋を持っていた。


買い物をしてきたのだろう。


さらに少しすると、人間の相田さん一家も帰ってきた。


娘さんが何かを話している。


エントランスの扉が開く。


「ただいま」


そんな声が、遠くからでも聞こえてきそうだった。


私はカーテンを少し開けたまま、夕方の景色を眺めていた。


一つ。


また一つ。


マンションの窓に明かりが灯っていく。


誰かの部屋。


誰かの家。


それぞれ違う暮らし。


私は自分の部屋にも明かりを灯した。


部屋が少しだけ暖かく感じられる。


キッチンへ行き、お茶を淹れる。


カップを持って、いつもの椅子に座った。


窓の外には、夜へ向かう山がある。


同じ建物の中に、いくつもの暮らしがある。


それぞれ違う時間を過ごしている。


そして私も、その一つなのだ。


私は湯気の向こうの景色を眺めながら、小さく呟いた。


「今日も、いい一日でしたね」


静かな部屋に、その声だけが残った。


やがて夜が深くなっていく。


マンションの明かりは、まだいくつも灯っていた。

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