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山の上のマンション 〜うさぎの管理人と、ひとり暮らしの瞳さん〜  作者: まーサンタ


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第16話


目が覚めた。


カーテンの隙間から、まだ淡い朝の光が差し込んでいる。


時計を見る。


いつも起きる時間より、少しだけ早い。


私はもう一度眠ろうかと思った。


けれど、窓の外から小さな物音が聞こえてきた。


遠くで鳥が鳴いている。


それから、どこかで足音がする。


私はベッドを出た。


顔を洗い、お茶を淹れる。


まだ静かな朝に、湯気がゆっくりと上っていく。


窓を少し開けると、冷たい空気が入ってきた。


「今日は早起きしてしまいましたね」


私はカップを置いた。


せっかくなので、少し外へ出てみよう。


小さなバッグだけを持って部屋を出る。


エレベーターで一階へ下りる。


扉が開くと、朝のエントランスにはまだ人影が少なかった。


外へ出る。


すると、ちょうどマンションの前を歩いている姿が見えた。


茶色い毛並み。


犬の田中さんだった。


「おはようございます、田中さん」


「あ、おはようございます。瞳さん」


田中さんが振り返る。


「今日は早いですね」


「ええ。いつもより早く目が覚めてしまって」


「私も、いつもこのくらいの時間に散歩しているんですよ」


「そうでしたね」


田中さんが少し笑う。


「よかったら、一緒に歩きませんか?」


私は頷いた。


「お願いします」


二人で歩き始める。


朝の山道は、まだ人通りが少ない。


空気がひんやりとしていて、歩くたびに少しずつ目が覚めていくようだった。


田中さんはゆっくり歩いている。


「この時間は、気持ちがいいですね」


「ええ」


「昼間とは、同じ道でも少し違って見えます」


「朝の山は静かですからね」


道の脇には、昨日まで気づかなかった小さな花が咲いていた。


「こんなところに咲いていたんですね」


「私も今朝、気づきました」


田中さんが嬉しそうに言う。


「名前は……」


そこで田中さんが黙った。


私は思わず笑った。


「まだ分かりませんか?」


「はい」


「いつか分かるといいですね」


「頑張ります」


私たちは笑いながら歩いた。


しばらくして、マンションが見えてきた。


「そろそろ戻りましょうか」


「そうですね」


来た道を戻る。


マンションの前まで来ると、エントランスのあたりから、朝の挨拶や子どもたちの声が聞こえてきた。


「あら」


私は足を止めた。


そこにいたのは、亀の佐田さんの奥さんと息子さんだった。


息子さんは小さなランドセルを背負っている。


「おはようございます、瞳さん!」


「おはようございます」


佐田さんの奥さんが笑顔で頭を下げた。


「お散歩ですか?」


「ええ。田中さんと一緒に」


「そうだったんですね」


息子さんが田中さんを見る。


「田中さん、おはよう!」


「おはよう。今日も元気だね」


「うん!」


そのとき、エントランスの扉が開いた。


「おはようございます」


人間の相田さんの奥さんと、娘さんが中から出てきた。


二人とも、同じマンションに住む住人だった。


娘さんもランドセルを背負っている。


「おはようございます」


「おはようございます」


「瞳さんも、朝のお散歩ですか?」


「ええ」


相田さんの娘さんが田中さんを見る。


「田中さんも一緒?」


「そうですよ」


「いいなあ」


娘さんが笑った。


朝のエントランスには、出かける準備をする人たちの声が重なっていた。


「そろそろ学校へ行く時間ですよ」


佐田さんの奥さんが息子さんに声をかける。


「うん!」


相田さんの娘さんも、ランドセルを背負い直した。


「じゃあ、行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


私が声をかける。


「行ってらっしゃい!」


田中さんも続ける。


「気をつけて行っておいで」


「はい!」


二人の子どもたちが並んで歩いていく。


佐田さんの奥さんと相田さんの奥さんも、それぞれ子どもたちを見送る。


「行ってらっしゃい」


「気をつけてね」


小さくなっていく二人の背中。


朝の道を、ランドセルが揺れている。


しばらくみんなで見送っていた。


「元気ですね」


私が言うと、佐田さんの奥さんが笑った。


「朝からあれだけ元気なら、安心です」


「本当ですね」


相田さんの奥さんも頷く。


田中さんは子どもたちが見えなくなるまで、じっと見ていた。


「さて」


田中さんが言った。


「私たちも戻りましょうか」


「そうですね」


みんなでエントランスへ入る。


そのときだった。


「おはようございます」


声がした。


見ると、管理室の前にうさぎさんが立っていた。


「おはようございます、いなばさん」


私が挨拶すると、うさぎさんは穏やかに笑った。


そして、エントランスに集まった私たちを見渡す。


「今日はとても賑やかな朝ですね」


「そうですね」


私が答える。


「ちょうど子どもたちの登校時間だったんです」


「なるほど」


うさぎさんは外へ目を向けた。


「今、行かれたところですか?」


「はい」


「それなら、きっと今日も元気に帰ってきますね」


「そうですね」


朝のエントランス。


犬の田中さん。


亀の佐田さんの家族。


同じマンションに住む人間の相田さんの家族。


そして、うさぎさん。


ほんの少し前まで静かだった場所に、朝の挨拶や笑い声が残っている。


私はその様子を眺めながら、ふと思った。


朝というのは、不思議なものだ。


一人で始まったはずの一日が、いつの間にか誰かと一緒になっている。


「では、私は家に戻ります」


「私たちも」


みんながそれぞれの方向へ歩き始める。


私は最後にエントランスを振り返った。


うさぎさんが、いつものように静かにそこに立っている。


「いなばさん」


「はい?」


「おはようございます」


「はい。おはようございます、瞳さん」


その言葉を交わして、私はエレベーターへ向かった。


十五階へ戻る。


部屋の窓から外を見ると、朝の山はもうすっかり明るくなっていた。


今日は、いつもより少し早く始まった。


だからこそ、いつもより少しだけ多くの人と「おはよう」を交わせた。


私はお茶を淹れ直した。


静かな部屋に、湯気が立ち上る。


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