時は流れて、卒業の日
――――話は中学の卒業式に戻る。
教師陣や、生徒達、一部保護者の態度を見て、他の保護者席がざわつく。…さすがに中学卒業だから、両親も時間を作って来てくれてたというのに…!
クラスメイトの嘲笑の声が聴こえてくる。
「そうだ不正野郎!消えろよ!」「お前邪魔なんだよ!」
「…ほら早くどけ、邪魔だ」
他の教師達も何事も無いかのように式を進めようとしている。もちろんそんな光景に保護者席はかなりザワついている。
僕はとても強く、ドス黒い苛立ちを感じていた。
「まずいっ…!」
聞き覚えのある声がボソッと聞こえた。
だけど、僕はもう、怒りとか悔しさとかいろんな感情が渦巻いてしまい、視界が真っ黒になった。ゾワッと言う感覚と同時に、ドス黒い気持ちが自分の心を覆い、怒りに任せ、明確な殺意を持って教師に殴りかかろうとした。
瞬間、体育館に響く轟音。
同時に我に帰った僕が見たものは、如月学園の学園長の姿。来賓席が崩れ気味になっているのは、そこから飛び出したからだろうか。
「はいどーもー!如月学園の学園長でーす!この学校から我が学園に輩出する人が多いということで、今回来賓としてお伺いさせてもらいましたー!」
飛び出したのは、如月の学園長。
何やら顔に酷い焦りのようなものを感じ、無理矢理明るく、わざとらしく振る舞っているように見えるが、その真意はわからない。
「ぐ、ぐぅっ…」
「あんたの、あんた達のその行為、人として、学業に携わる者として見過ごすわけにはいかないのよ。
ましてや、今年から創設した特別推薦枠を不正とまでのたまわれちゃあこっちも黙っていられないわけ。わかります?」
如月の学園長は、担任の頭を掴みながら言う。
ほぼ同時に、保護者席からのざわめきが大きくなり、轟音を聞いた僕も冷静さを取り戻し、気持ちが落ち着く。
耳を傾けてみると、保護者の間で驚きの声がザワザワと響いている。
「…特別推薦枠って言ったら…」
「たしか、学園側から選ばれた人が無条件で入学できるって噂の…」
「それを不正扱い…?」
「聞いてた話と違う…」
などといったざわめきの声。
僕の特別推薦枠を完全に不正扱いしていたのは学校内のものだけだったようだ。大きなざわめきが、それを示している。
「まぁ、私の怒りはそれだけじゃあないのよ…ね!」
教師を壁に投げた直後、どこからともなく長柄の武器を取り出し、顔のそばを突く。見た感じ、杖のようなものだった。前に師匠から聞いたことがある。
『杖や棒の達人は、どんな武器にも勝る最強の力になりえる』と。
周りに聞こえないほどの小さな声で、如月の学園長が言う。僕は集中してその言葉に耳を傾けた。
「一応その子、知り合いなのよね。んで、知り合いをあんなぞんざいな扱い受けて、黙って見てもらえると思ってた?実は私って意外と身内びいき、しちゃう人なのよね。
…それに、このままだとあの子が…いやどうでもいいか。
でさ、分かんないかな?あの子から感じるドス黒い感情。
…全員、その命が惜しかったら式を通常通りに進めなさい?」
その先の言葉は、初めて聞いた時のような天真爛漫な声ではなく、殺気の籠った、冷たい一言。
担任だけじゃなく、周りの全員に対して発するような感覚を覚える。
「外道共が」
「ひ、ひいぃっ!」
そんなやりとりがあって、渋々、本当に嫌な声で僕の名前を呼ぶ教師。しかし、その顔には恐怖と怒りがにじみ出ており、僕を睨みつけているようにも見える。…実際、睨みつけているんだろうけど。
とはいえ、どうも卒業式どころの話ではなくなり、送辞や答辞もぎこちない。何より校長の話や来賓の話もうやむやに。というか、騒ぐだけ騒いで如月の学園長は退席してしまった。
如月の学園長は僕のことを「身内」だと言っていたが、先日会っただけで、知り合ったと言えるような仲ではない…けれど、あの武器の捌き方に、僕はどことなく見覚えがある。
…如月の学園長は、そういう人なんだろうと、納得しておくことにした。
厳かなはずの卒業式が、まるでスキャンダルが発覚した会社の記者会見のような…なんか、とにかくざわついたものになってしまった。
そんな卒業式だからか、別れの悲しみを分かつような雰囲気には決してなれなかったんだろう。泣いてる奴なんか誰もいなかった。
僕も何が何だかわからない。ただ一つ言えたのが、如月学園の学園長は、ただものではない。それだけだった。
教室に戻ったら。今度はクラスの奴らから
「お前のせいで…」「卒業式が台無しに…」等という誹りを受けた。
…さすがに僕も、いい加減我慢の限界だった。
「あの…さ。前々から思ってたけどなんで何もかもこっちのせいにするわけ?そもそもの話だけど、そっちの僕に対する態度がそんなんだから…じゃないの?」
「はぁ?何言って…」
「あーもういい加減に…」
苛立ちを隠すことなく、僕はもう世話になることもないであろう机に向かって、拳を叩きつける。
「黙れよ」
拳を打ちつけるのと同時に、机の木の部分は砕け、鉄の部分は大きくひしゃげる。勿論、拳には傷一つない。
「もう我慢できない。いい加減にしてよ。
師匠に言われてずーっと我慢してたが…流石に無理だわ」
「俺」は苛立ちを隠そうとも思わず、出てきた言葉を口にする。…同時に、僕の意識は薄くなって…
…っと、入れ替わったみたいだな。
豹変した「俺」の態度にイラついたのか、野郎共が殴りかかってくる。それを全身で受けるが、机を殴ったときに全身の筋肉を強張らせている。剛体法、という奴だ。師匠から教わったのを身体で理解した。
故に、そんな弱パンチ、虫に刺されたほうが腫れてしまう分まだ強い。
「…今まで話す機会なかったから言ってなかったけど、俺武術やってんだわ。だからさ、んなへろへろパンチ避ける価値すらねんだわ」
「は…?え…?」
「師匠に言われてっから、直接手ぇ出さねぇようにしてたが…」
俺の顔に押し付けられている手首をつかんで、傷がつかない程度に握りしめる。
「…てめぇら全員、3年間よくもやってくれたな?」
俺はクラスの全員を睨みつけ、そのまま威圧する。
…主犯格っぽいのは何故か見当たらないが、まぁいい。
師匠から教わった、気を高めると言われる呼吸法。そいつを使って、威圧感を出していた。
「この中で同じとこに行くやつ…全員、覚悟しとけや?」
『…』
クラスの全員を黙らせた後、担任が入ってくる気配を感じる。
「なにをしてるの!」
手首を掴んでいる俺を見て、糾弾する材料を見つけた!と言わんばかりの態度で教室に入ってくる担任。
手首を掴まれている奴はとてもわざとらしく痛がる素振りを見せる。
…なるほど、こいつが元凶か?
「先生…いてぇよぉ…」
「アホくせ。わざとらしいにもほどがあんだよ。殴りかかってきたのはそっち。こっちはただ手首掴んだだけじゃねぇか」
まぁ、痛みを与えたのは事実だがな。
(………なんだろう………さっきから……自分の言葉のはずなのに……知らない自分が乗り移ったような感覚……)
俺は口調を荒げながら、握っていた手首を離す。
「まぁ!あなたまた…」
担任は一瞬「罵る理由を見つけた」と言わんばかりにニヤッとした後、顔をわざとらしく歪め、俺に向かって言葉を発しようとする。
だけど、俺はそれを苛立ちを隠そうともせずに遮る。
「どうせ俺が悪いんだろクソババア。んなとこいたくねぇから帰る」
「なっ…!誰に」
「黙れつってんの。てめぇに向かって言葉を発してんだよ。んなこともわからねぇのか?」
…到底「僕」とは思えない口調を発しているのは自分でも理解できる。だけど、誰かが話しているような感覚はなく、「俺」が言葉を発している。なんだ、これ。
とにかく、俺は拳を最大の勢いで突き出し、黙らせる。
風圧で髪がブワッとなり、怒りで歪んだ顔がさらに醜く歪む。
同時にドス黒い感情が、自分に芽生えてくる。自分でもなぜ出たのかわからないくらい、冷たい声が出る。
「そのことも理解が及ばんのか?貴様に多少でも教えを受けていたことは人生の恥だ」
心の中が真っ黒になる。気が済むまで殴りつけたい、今すぐにでもこいつの命を奪ってしまいたい。そんな気持ちが心を覆っていく。さっきも抱いた、明確な殺意だ。
「なっ…なっ…なっ…!」
騒ぎを聞きつけたのか、ほかのクラスの人間がぞろぞろと集まってくる。勿論中には僕の友人たちもいる。
「ちょ…!?康治あんたどうしちゃったの!?落ち着きなさいよ!?」
…………三奈の声が聞こえると同時に、我に返る。どうやら彼女に羽交い絞めにされていたらしい。
「あれ…三奈…?僕は一体…」
同時にクラスの女子の泣き声などが聞こえてきて、ひしゃげていた机が原形をとどめていないことに気が付く。
この椅子…溶けた…の?この感じは?
よく見てみれば、足元の床が少し黒くなっている。焦げたような臭いがすることから、恐らく高温の熱を受けたものだろうと思う。…僕が出した…?
一度深呼吸をして「僕」と、冷静さを取り戻す。
(ありゃ、ここまでか…残念…)
その瞬間から「俺」の意識は消失した。
同時に、クラス全体を見回して言葉を紡ぐ。
「ん、もう大丈夫。三奈、ありがと。 …本当はクラス全員にお礼参りっていきたいところなんだけど…師匠に言われてるもんで。僕は手を出しません」
と、同時に、ある先生がやってくる。その人はこの惨状を見て、何も言わず、ただため息をついた。
そのあと、呆れるような、咎めるような。少なくとも僕に掛けたわけではない、というのがはっきりとわかる程度の言葉を発した。
「…私は何もいいませんよ。彼に対する色々なことを全く止めることが出来なかった責任がありますし、何よりも私は彼の味方になると誓っていますので。
進路関係での妨害とかなんとか、あんたらには言いたいことも山ほどありますからね。
私はこのことが終わったら辞職するわ。もう辞めることになったわけですから今まで権力に逆らえず耐え抜いていた分、みっちりお返しさせてもらいますよ」
その先生はそう言うと、ヒステリックに騒ぐ担任の首根っこを掴む。
…今来たこの先生、この中学で唯一、唯一無条件で味方になってくれた人だ。以前、真二達と空き教室で話した時、その手配をしてくれたのも先生らしい。
「辞職前にこのクラスに対して言わせてもらうわ。今回の件は、なぜこうなったのかははっきりしてるはずよ。
一人に対してクラスのほぼ全員、ましてや担任…教員全体まで一緒になって追い込む始末。今さっきキレた彼のほうが、3年間耐え続けた分中学生になって善悪の分別つかない青いガキどもよりも遥かにマシよ。
高校に入っても同じこと続けるようなら、あんたらきっと幸せなんて舞い込まないわよ。
きっと彼は謝ったところで許すはずがないわ。許されないだけのことをしてきたんだもの。心に負った傷ってもんはね、そういうもんなのよ?
いい?肝に銘じておきなさい。あんたらは許されない罪を犯した。その罪は一生付きまとうわ。『やられた側は、一生治らない傷を負う』それがいじめってもんだからね。
言いたいことはそれだけ。さぁとっとと帰りなさいな!」
この先生の名前は、土屋 京香
僕はこの人のことを一生忘れないだろう。だけど、近いうちに再会することになるとは、この時思ってもみなかった。
波乱の卒業式。
それが終わったあと、家に帰った後両親に「今は仕事以外にやるべきことがあるから帰ってこれない」そんなことを言われてしまった。
「家族…いや親族全体にも関わる問題だ。だから、その問題がきちんとと片付くまでは家に帰ることはできないんだ…」
「…いじめについては、気づいていたところがあるわ。それでも、剣…おじいちゃんが言うにはきっと大丈夫だから安心しろと…」
「とはいえ、お前がもし報復に出たとして、こっちはとやかくは言わない。好きにしろ、とだけな」
…このあとも、いろいろ話した。僕も本音を言って、両親についてもいろいろ言われていたこと、それでも決して手を出さなかったこと、大切な友人に恵まれていること。
僕の通う道場の人も優しいこと、たった一人だけ、信頼できる先生がいたこと。それら全てを話した。
僕自身は両親の言葉に納得してる。だって、昔からずっと聞かされていた、いや、信じていたから。やるべきことがあるって。そして、両親なら絶対それを成し遂げてくれるって。
なぜだか僕は心の底から両親のその言葉を、態度をずっと信じていた。不思議なことに、毎日両親のやっていることを知っているかのように、その言葉にスッと納得がいった。
翌日、僕は麗姉経由で師匠に呼ばれて、道場に顔を出す。
師匠は電子機器に疎いから携帯電話なんて使えないのだ。携帯どころかパソコンすら自在に使いこなしていた祖父とは大違い。
「康治よ…」
「師匠…」
この人が僕の師匠、銘刈 豪。師匠は僕の祖父の知り合い―――本人たち曰く、無二の親友で永遠のライバルらしい―――で、祖父と同年齢だ。
師匠はあからさまにしょんぼりとした顔になる。
「本当に済まなかった。お前が一人で我慢してるのは気づいてはいたのじゃが…」
「…いいえ、僕も何も言わなかったのもあります」
「前から言うとるに。孫みたいなもんじゃからタメ口でええと。んで話は変わるがの、…お主は耐えがたき苦痛に耐え、一度も武術を振るわなかった。
…まぁ、お前のどこかスカッとした顔見る限りじゃあ、昨日一発キレたんじゃろうがの」
「…っ」
見抜かれてる。…だけど、師匠の観察眼を考えれば、わかるものだろう。
「まぁ人に手は出しておらんようじゃし、ええじゃろええじゃろ。…人に手を出さずに諫められるほどの強さがあれば、きっと大丈夫。己の力を制御できるはずじゃ」
「…?一体何が…」
「ワシは今この瞬間、お主に外で武術を振るうことを許可する」
前にも少し話したけど、僕は師匠に、道場の外で武術を振るうことを一切禁じられていた。
理由としては「制御できない力を持った時、その力は凶器となる。故に完璧に扱えるようになるまではその力を誇示してはいかん」とのことらしい。
そして今、師匠から「外で武術を振るうこと」を許可された。
「…師匠?」
「まぁ、なんじゃ。一先ずは「一人前」と認めてやろう。
お礼参りとか、教師の逆恨みとか来たら…その時は、ボコボコにしちまえ!わしがなんのためにお前の祖父から頼まれて武術を教えたと思う?このときのためじゃよ!
責任はぜーんぶワシらがとってやるから安心せぃ!お主の武術的才能はずば抜けておるからの、その辺の素人相手なら傷一つ付けずに無力化できるじゃろうて!」
師匠はグーサインをしながら言う。…見た目かなり厳格そうに見えるけど、意外と気さくな人なんだ。
「…はい!」
こみ上げる涙を堪えながら返事をする。それを聞いた師匠は、何やらため息をついた。
「しかしのぅ、あいつもこんな時に失踪せんでもよかろうに…」
「じいちゃんのこと?」
「うむ。とはいえ、あいつのわいふが亡くなったのが原因ではなさそうじゃ。旅に出るかもしれんってのは前々から聞いていたしのう」
僕は何も言わず、ただ話を聞いていた。…師匠も、どこか何かを隠しているような…そんな話し方。そう、まるで両親や祖父母に僕の記憶がなくなった原因のことを聞いた時のような。
そんなはぐらかし方。
その直後。
「うえぁー…初めてくるけど、門重いなぁこれ…」
「そうかな?私は軽く開けられるけど?」
「三奈は特別だろうがよ…この空手女」
「だーれが空手女よ!…まぁ空手やってるのは事実だし別に否定はしないけど…」
そんなやり取りが聞こえたため、門の方にいくと、僕の友人たちが一堂に会していた。
「何でここに?」
「いやぁ、家にいないからどこ行ったもんかって思って、ここ当たってみたら正解だったってわけよ」
「まぁ、なんていうか…卒業祝いと戦勝祝い兼ねて遊びに行かないかーって思って」
真二と智明の言葉に僕は首をかしげる。戦勝祝い?
「いやー、お前があのクソババアに切った啖呵にスーッとしてよ。知ってるか?今めちゃくちゃ問題になってるんだぜ?」
「…それ、本当?」
「マジマジ大マジ。お前に対するいじめあるだろ?あれって結構巧妙に隠蔽されてたみたいでさ。
新聞部の二年とか辞職宣言した土屋先生とかがここぞとばかりに教育委員会だとか警察とかにタレ込んだらしくて。確か…2年の秋月だったか?そいつが「卒業式でようやく裏が取れました!」つって卒業式直後に通報したらしいぜ」
「…そうなんだ」
今度会ったら、その秋月って子にお礼を言わなきゃ…先生にも…
「まぁとにかく、ここにいるみんなすーっとしたってこと!今日はそのお祝いしちゃおうよ!」
「ほっほっほ、いい友人を持ったのぅ…ほれ、いってこんかい。もう儂の話は終わったからの。…どうせ春休みはここにくぎ付けにさせるつもりじゃし」
なんか不穏な言葉も聞こえたけど…今は師匠の言葉に甘えよう。
僕はみんなと一緒に、町へと繰り出すことにした。
「…しかし、秋月か…恐らくあの子のことじゃろうな…」
師匠の呟きは、僕の耳に届くことはなかった。




