全てが変わった、この日の出会い
「はぁ…」
少し遡って、10月。
ここは僕の通う、ちょっと「一般的ではない」武術の道場。さっきも言ったように、ここは祖父の友人の道場である。今は自分ともう一人しかいない。みんな出払っているから。
僕は今、そこの一人娘で、この道場主の孫でもある【銘刈 麗】と話をしている。年齢は僕の1学年上で、16歳。僕にとっても姉のような存在で、親しみを込めて麗姉って呼んでいる。
家族ぐるみの付き合いではあるが、彼女の両親は既に故人である。2年ほど前…僕が入門する少し前くらいに交通事故で亡くなってしまった。
「どしたん?ため息なんかついちゃってさ」
「…ううん、ちょっとね」
この道場は「銘刈流拳闘術」という独自の武術の道場であり、その道場主である【銘苅 豪】は既に老齢である。が、名前を聞いたらどんな達人でも震え上がると言われているらしい。自分にはよくわからないけど。
今は、修行や組手をするでもなく、ただ空を見上げて時間をつぶしていた。…なんていうか、今は鍛える気持ちになれない。
「何かあったんなら相談しなさいよ?じいちゃんには言いにくいことでも、あたしにゃ言いやすいんじゃない?」
その言葉に、僕は黙ってしまう。…師匠や僕の家族には絶対言わないことを約束してもらってから、ゆっくりと口を開く。
「…進路関係でさ。少し前にうちのばあちゃん死んじゃったでしょ?」
因みにだが、祖母が亡くなったことに対しても誹謗中傷をされた。そこまで下衆いのが、クラスの連中だ。
「…あぁ、そのあとに剣のじっさまが行方不明になったのよね。今どこで何してるんだろう…」
剣のじっさま、というのは麗姉が俺のじいちゃんを呼ぶ時に使っているものだ。
「両親には行きたい高校は伝えてて、書類には印鑑もらってるんだ。でも…」
「わかった。大方、適当に理由つけて入学願書に印鑑押してくれないんでしょ?んで、教師はほとんど相手にしてくれないんでしょ?」
「…察しがいいね。先輩」
…やっぱり、教師達からも相手にされてないことに気付かれてる。
一応、麗姉は同じ中学の先輩にあたる。まぁ、部活とかやってなかったし、知名度なんかは全然なかったけど。
「…あそこの教員達、あんた一人に粘着してるのは知ってたけど…まさかそこまでするとはね…」
実は麗姉やその友人の人も何度か助け船を出してくれたことはある…んだけど、「今後彼に対することに口出ししたら内申点を0にする」と教師に言われたらしく、僕が負い目を感じて麗姉に「大丈夫だから」と言って学校での関わりをなくさせた。
とても悔しそうに拳を握り、悲しい顔をして謝る麗姉の顔は、今でも鮮明に記憶に残っている。
まぁ、師匠の言いつけで麗姉も手を下すことが出来なかったってのもある。
師匠の言いつけ。それは「許可を出すまで決して道場の外で力を振るってはならない」というもの。僕はその言いつけを、しっかりと守っていた。
この道場の名前に傷を付けたくないし…何よりもう、耐えることに慣れてしまったから。
「…だからどうしようって思って。
色々根回ししてるみたいで、誰からも願書に印鑑貰えないで困ってるんだ」
印鑑をもらえそうな唯一の人も、根回しされているのか全くコンタクトが取れない。
「どうしようもないわね…で、あんたの行きたい高校はどこなの?」
「ここの近くにある如月学園。親からもそこに行くよう勧められてたから、本気で行きたいって思ってるんだけど…」
「如月かぁ…高校まであたしと同じだなんてねぇ。それにおじさんたちからのお墨付きまであるんでしょ?羨ましいわねぇ…このこのぉ!」
麗姉から軽く肘鉄を受ける。茶化さないで欲しいんだけどね。
「うーん、しかし一体どうすりゃあいいのよ…」
そんなことを話していると、大きな音を出しながら道場の門が開く音が聞こえてくる。
「たーのもー!」
聞こえてきたのは女性の声。門のところまで行くと、そこに立っていたのは水色の髪の少し小柄な女性。
右手を前に突き出して、門を開いたようだ。
年齢は、僕たちよりやや年上くらいか。
童顔なのもあって、年齢が図りにくい。
「が、学園長…!?」
「そそ、学園長。ってことは、あなたも学園の生徒?」
麗姉の反応を見るに、どうやら如月学園の学園長らしい。
「あ、はい。1年の銘刈です」
「あー、はいはい!拳お…んんっ!えー、武術が堪能で、とっても強いって有名な子だよね!」
「…私そこまで有名なんですか?」
「生徒会だし、何より個人的に知ってるからね!」
ドヤ顔をしながら腰に両手を当てて得意げに言う。どうやら如月の学園長はとてもマイペースな人らしい。なんか、話について行きにくい。
「うーん…髪は長いけど…顔付きは全く変わらないねぇ。
…あ、最近元気なかったりする?」
学園長さんは僕の顔をまじまじと見る。
「それで…なんの用ですか?」
僕は少し訝しんでその人の方を見る。いきなりここに来て、しかも大きな音を立てて門を開けて…一体何のために?
「あーそうそう、これ渡すために来たの」
はいこれ、と言いながら彼女は懐から1枚の紙を取り出す。僕はその紙の内容をじっくりと読む。
「…この度、あなたを如月学園の特別推薦枠として、入学を認めます。如月学園学園長…えっと、読めない…」
名前とおぼしき場所に書かれていた文字は、自分には読むことが出来なかった。
…英語、じゃなさそうだけど…?
「えっー!やだなぁ!いつもみたいに…おっと、これは言っちゃダメだっけ」
「?どこかで会いましたっけ?」
そう言うと手を振りながら、何かをごまかすかのように言う。
「あーいやいや、こっちの話こっちの話。気にしないで。とにかく、私、マキュリー・ヴァッサーの名のもとに、あなたを如月学園の特別推薦枠として入学を認めます。
まぁいろいろ混みあった事情もあるみたいだし、願書とか別に出さなくていいよ?もう書類はある人から受け取ったしさ」
【マキュリー・ヴァッサー】
それがこの人の名前らしい。水色の髪や目の色からして、外国人のように見えるが、日本語がとても流暢だ。
片言だったり、訛りなどはなく、それが母国語かのように話している。
「へぇー!特別推薦枠!来年から試験的に実施されるって聞いたけどまさか康治が選ばれるなんてね!」
「あの、ありがとうございます。でも、なんで急にこんなものを…?」
「別に、急に決まったわけじゃないよ。…ずっと前から決まっていたことだから」
突然真面目な顔になり、僕にそう告げる。…が、意味が理解できなかった。
「まぁとにかく、進路については悩む必要はないということ!中学最後の自由な時間、思いっきり過ごしちゃいなさい!それじゃあね!」
そう言って門を「おらぁっ!」と言いながら『片手で』軽々と開けて道場から出ていく。
「うちの学園長って一体何者?うちのすんごく重たい門を軽々と片手で開けて出て行くなんて…相当な筋力ないと無理よ?あれ」
この道場はとても門が重いことで近所では有名だ。何年も放ったらかしにして、かなりガタが来てるんだけど師匠曰く「門の開閉も修行のうちにしてしまおう!」とのことらしい。ただ修理が面倒だっただけだって麗姉とよく話してる。郵便受けが外にあるのは郵便局から苦情が来たとかなんとか。
「…知らないけど、とにかく進路については考える必要なくなったからもう悩まなくていい…かな」
「それもそうね。さて、組手でもしましょ!」
〜〜〜〜〜〜
道場の外、彼らを見守るのは 〜???〜
「…無事に渡した?」
「うん、渡したよ。…調査、依頼しといて良かったかも」
「そう、それは良かった。…しかし、教師ともあろう人間がいじめに加担するなんて…信じられないわ」
かなり苛ついた表情を見せながら隣の眼鏡が言う。
それに反応して私は肩をすくめる。
「私だって同じだよ。…見る影もないくらいにオドオドしちゃってるもん。まぁ、今のあの子からしたら私は知らない人間なのはそうなんだけど。
特別推薦枠での入学は今に始まったことじゃないし、本当なら書類来た時点であれを郵送する予定だったんだけどねー。願書の提出がいつまでたってもないから、こりゃもう直接渡すしかないよね」
あの人たちも如月学園に入学させるようさりげなく誘導してたみたいだしね、と私は続ける。
「だけども、急に特別推薦枠なんて渡しても大丈夫なのかしら?彼の扱いは、また悪くなるばかりだと思うけども」
「んー、まぁ確かにそうだよね。…私だって急にこんなの渡されたら裏口入学疑っちゃうもん」
眼鏡が書類を見ながら嘆息する。確かに、知らない人が見たら完全に裏口入学だ。
とはいえ、彼の家柄を考えると特別推薦枠で活動させるのはかなり都合がいい。
「ま、その辺りの評価は『向こう』の方で済ませちゃってるわけなんでしょう?」
「そうだね。…学力は正直ギリかな? んー、数学が怪しいね…それ以外は普通レベルではあるけども」
国語だけ一切の点数がない、白紙の状態。
これは恐らく、彼の担任が担当してる教科であろうと推測出来る。…本当に、何故あれを教師として雇っているのか全く想像がつかない。
それ以外の成績も、内申に関してはかなり出鱈目が多い。
素行不良だとか、真面目に授業を受けないだとか、授業妨害が多いとか。
彼を「唯一正当に見てるたった一人の教師」や、独自の情報網から、彼の評価が出鱈目なもので、全く参考にならないと判断した為、独自の情報網から彼の学業の成績の情報は掴んである。…意味不明な減点がかなり多いみたい。
…多分、如月以外の高校にはどこも通えない。
それを踏まえて、どうにか入学の為の学力はあると判断。
いやもうなくてもいいよこの際。保護しちゃう。
…にしてもあの先生、スカウトしようかなー。
結構不満持ってるみたいだしなんならこっちのがもっといい条件出せるし、一応私立だし。
「やれやれね。とにかく、これで関係者全員に行き渡ったはずよね?」
「うん、彼で全員だよ。…入学に関しては妨害とかはさせない。絶対に。ま、妨害があったとしても関係者…みんなや私が力でぶちのめすと思うけど」
書類に示してあるのはこれで全員。
後は4月の入学式を待つだけ。
「さすがに卒業してまで粘着するほど愚かではないでしょう?…だけど、備えは確かに必要ね」
「…わかってないなぁ。そんな粘着するほど愚かだからこそ、あんなことするんだよ。
あそこから入学する生徒結構いるみたいだから私来賓として式に呼ばれてるんだよねー。
正直億劫だから…やっぱ任せちゃダメ?」
「ダメよ。…正直卒業式が一番何があるか分からないのだから。まぁ、責任はこちらが取るからもし何かありそうなら対応は任せるわ、ぶち壊しちゃってもいいから好きにしちゃって」
「んー、好きにしていいならまぁ、やるけど。なんか、嫌な予感してきたし。…来年からはそっちがいくんだからね?評判下がっても文句言いっこなしだよ?」
「分かってるわよ。…と言いたいのよね、私も。もう評判は気にしないわ、私も聞いててイラついたもの」
そう言いながら、二人で道を歩く。卒業式、あの子も行きたくないだろうに。
いっそ卒業式はサボってくれた方が私も楽なんだけど、あの子の性格上無理よね。
この特別推薦枠を持ってきたあの人。僕はどこか見覚えがあった。
なんだろう、あの人のことは知らない。はず、なのに。家族に似たような、親近感。何かそんなものを僕は感じていた。
この出会い、いや再会か。
ともかく、言葉じゃ表せないこの出会いが、僕の全てを変えた。
道場の名前は前たまたま見かけた名字で自分のPNと同じじゃねぇか!から思いつきました。




