卒業の時、周りの人は
卒業式。
中学の卒業式は、華やかな高校デビューの手前の最後のイベント。
3年間共に過ごした仲間との別れ、そして新たな出会いへの期待。
それぞれの思いを胸に、教師は生徒の名を呼び、壇上に上がらせて卒業証書を受け取らせる。
しかし、僕の目の前にある現実は、真逆の光景を映し出している。
「次、石崎くん!」
「…先生、一人呼び忘れてますよ」
どこか嘲笑するかのように、「面倒だ」という態度を隠すことなく、次を促す教師。僕の名前を飛ばして次の生徒の名前を呼ぶ担任。次のやつもそれが当たり前のように、嘲りを伴って振舞う。
「こんなクズ生徒に卒業する資格などありません!」
僕の担任は、不満と苛立ちを隠そうともせずに、語気を荒げ、卒業証書を投げ捨てる。
クラスの連中や、同級生達からクスクスと言った笑い声が聞こえてくる。
簡単に言うと、僕は担任を含めたクラス全員から嫌われている。…一人不登校の子がいるけど。
なぜ、僕がこのような扱いを受けているか。
それを知るならば、まず僕には『小さい頃の記憶がない』ということを知っておくべきだと思う。
『小さい頃のことなんて覚えていないものだろう?』
そう言われたら、確かにそうだ。
だけど、普通はおぼろげながら覚えていると思う。
あの時はこんなことがあったとか、こんなことをしたとか。ほんの少しだけでも。
僕は本当に全く覚えていない。幼い頃誰と遊んでいたのか、どんな生活を送っていたのか。そもそも、ここで生まれたのか。
そういう記憶が一切ない。…真っ白なんだ。
中学になるまでの記憶や思い出。特に、小学校前半くらいまでの記憶は大部分が欠けていて、当時のことは全く思い出せない。
…いや、たった一つだけ、覚えていることもある。
どんな状況で交わした約束なのか…それははっきりしないんだけど。
『おおきくなったら、いっしょにいようね!』
『うん!いっしょにいよう!』
こんな約束を、小さな頃、近所に住んでいた女の子と交わした、というのははっきり覚えている。
自分の人生において、唯一無二と言えるレベルの、生きる希望だ。
…昔の事は両親や祖父母に聞いても、言葉を濁すだけで詳しいことは答えてくれず、僕はそのことにもやもやしていた。
その、約束を交わしたことについても、だ。
最近よく見る夢と何か関係があるのだろうか? そう思わずにいられない。
…そして、そういうのは標的になりやすいんだ。
僕は激しいいじめを受けていた。両親もほとんど家に帰らず、祖父母に育てられていたのもあるのだろう。
「物覚えの悪いアホ」だとか「両親に捨てられたヤツ」…など、言いだしたらキリがないほど。言葉による誹謗中傷は、止むことがなかった。
小学校の時は、言葉だけ、かつ教員もある程度まともだった。けど、問題は中学に入ってから。
言葉も行動も、筆舌に尽くしがたいものへと変貌した。出来ることならこっちを完全に忘れてしまいたい。
「記憶がないなんて嘘でしょう?」
「親が帰ってこないのは結局お前がクズなだけ」
「あぁ鬱陶しい…早く失せなさいな」
まずは、担任の教師が、僕のいじめに加担し始めたんだ。
初めのうちはただ言葉がきついだけ、小学校の時と同じだと思っていた。
でも、時が流れるにつれて、次第にそれが僕に悪意と憎悪をぶつけているものだということに気がついた。
加担、ではなく煽動している、と言えるレベル。
中学に入ってから、言葉だけではなくそこに暴力も加わり始めた。
激しくバットで打ちのめされていたのは、まだ奴らに隠す知恵がなかった時の代物だ。
半数以上の教師や一部生徒から僕に対しての暴力や暴言、その他の嫌がらせなど日常茶飯事。
そのうえ、僕に対する暴力を隠すために、決して表から見えないような場所を的確に傷つけるよう、教員は指示をする。
…とても狡猾で、卑怯な奴らだ。先導していじめを行うやつらが運動部のエースだなんて、考えたくもない。
担任以外の教師もほとんどが自分へのいじめを黙認、いや完全に許可、先導している。暴力のやり方を指導するくらいだし。
冷ややかな目を投げるだけならばまだマシで、虫の居所が悪いとその苛立ちを暴力や、理不尽な成績不振という形で僕にぶつけてくる。
クラスが騒がしかったり、何か悪いことがあったら全てが僕の責任になる。
…そんなことが当たり前だった中学生時代。
二年前のあの時。僕は死んだことを自覚した。
その直後、女の人の声が聞こえた。
少し経ってから何故か意識が戻った僕は、怪我一つない身体でその場に倒れていた。地面には血の跡や金属バットがあり、暴行を受けていたのは紛れもない事実らしい。…隠蔽されたみたいだけど。
次の日学校に行くと、ぎょっとした顔で僕を見た教師やクラスメイトの姿。
「なんで…?頭殴ったよな…?」「動かなくなったの確認したぞ…?」と。
教師たちも僕が死んだことを信じて疑わなかったらしく、
「ちっ…生きていたか…」「まさか…失敗…?」など、何やら焦っていた。
生きていると不都合だったんだろうか、学校ぐるみでの殺人の隠蔽を企む。大した場所だ。
そこから、自分に対する暴力が、巧妙に表に見えないものへと変わっていった。
僕は一緒に暮らしてる祖父母、海外で仕事をしてる両親に心配をかけたくなくていじめについてはずっと黙っていた。…多分、気づかれてはいる。
不登校にならずに無理矢理体を動かして登校していたのはこれが理由。
そんな折、祖父は自分の友人の道場に僕を入門させた。
タイミングとしては、死を自覚した後のこと。
洞察力の高い祖父が、何も言わずに僕に武術を習わせてくれた。
何やら、強い決意を感じたのは気のせいなのだろうか。
祖父の親友であり、僕の武術の師匠に当たる人。
その人は、弟子として、家族としても僕をとても可愛がってくれ、その人の孫にあたる僕の姉弟子も、僕を弟のように可愛がってくれた。
道場に紹介をしてくれた、祖父。優しくてひょうきんで、いざという時には木刀を持って子供たちを守り、周りの評判も良かった、そんな僕のじいちゃん。
そんな祖父は、祖母が亡くなって数日経ったあと、僕を置いて行方不明の身となってしまった。
どこに行ったのか、今何をしてるのか。僕の両親ですら所在を掴めていない。
ただ、一人暮らしのスキルは祖父母にみっちり仕込まれていたため、生活には苦労していない。そこにはとても感謝している。
何度か、道場で寝泊まりをさせてもらったけれど。
実際、両親がほとんど家に帰らないのは共に「考古学者」なんて特殊な職業についているからであり、別に家族仲が悪いわけではない。定期的に連絡もとっているし、病気になったらすぐに帰って来てくれた。
両親が執筆した論文なんかもたまに送られてくる。
それに何より、帰って来た時は僕との時間を最優先にしてくれている。
だけど、知らない人間からしたら家族仲が悪いように見えるのだろう。だからこそ、教師までもが加担してしまうんだろうなと勝手に結論を付けていた。
その担任が3年間全く同じヤツだったというのもあり、僕の中学の生活は忘れたい記憶ナンバーワンに入る程度には腐った物だ。
クラス替えなんてない、変な学校だからね、ここ。
だから、3年間担任が変わらず、クラスの面々も変化がないものだった。
…ああいった教師は僕みたいなやつの担任になることを拒むものだと思うんだけども。何故か僕の担任を受け持っていた。
何か不思議な力でも働いていたのだろうか?と疑いを持ってしまうほどには不自然なもの。
希望なんてありはしない、そう思っていた。
だけど僕の全てが変わった瞬間がある。
それは、約半年くらい前の事だった。




