夢と現実、全ての始まり
死んでしまった経験って、ある?
僕はある。
自分の命の灯が切れる瞬間を
僕自身がはっきりと捉え
その全てを記憶している。
強い身体の痛み。殴る蹴るの暴行を受けている自分。
これは僕の日常。
「うぅ…」
「てめぇ調子のってんじゃねぇぞ!」
「きめぇんだよ!」
「おいお前ら!…なんだそいつか…ふんっ、好きにしろ…」
暴行を受けているのが自分であるのを確認した後、自分を見放す、冷たい大人の声。
僕を冷ややかな目で一瞥し、お腹に一度蹴りを入れるとそのまま去っていく。
「うぐっ…」
「うっわー!先生もやったし!お前マジでキモいから先生もやったんだ!」
「ギャハハ!きっめー!」
言われながらも、止まない暴行。
次第に、痛みと意識が薄れていく。
「なぁ、こいつこれで殴らね?絶対死ぬからさぁ!」
「おっ、いいね!試してみようぜ!」
ずるずると、金属のようなものを引きずる音。朦朧とした意識でそちらを伺うと、握られているのは金属バット。
「……」
僕は最早声を出すことすらできない。
声を出す気力すら、残っていない。
あぁ、自分はここで死ぬのかという絶望感だけが、自分の心を埋め尽くす。
「じゃあ、いっせーのーせで殴ろうぜ!」
「おっけー!いっせーのー…」
『せっ!』
鈍い音が聞こえると同時に全身に走る激痛。頭を殴られた感覚を最後に、自分の意識、全ての感覚が完全に無くなってしまう。
「あれ?こいつ動かなくなったぞ?」
「もしかして死んだんじゃね?」
「いいんじゃねーの?こいつ死んだところで誰も悲しまねーし、何かあったら先生たちが庇ってくれるって!」
「そっかぁ!じゃあこいつこのままにして遊び行こーぜ!」
――そう、『完全になくなったはずなんだ』
なのに、何故かはっきりと聞こえてくる周りの声。
『―――駄目よ。あなたはまだここで死ぬべきじゃない―――――』
意識を失った瞬間聞こえて来た声は、どこか懐かしさを感じるような、とても優しい雰囲気だった。
夢の内容って、覚えている?
僕は、覚えている。
明晰夢というのだろうか。
それを動かしているのは、僕だけど、僕じゃない。
毎日降りかかる辛い現実。
それから逃れたいがためか、
本当にこういう世界があるのか。
意外とすぐにその真意を理解することになった。
そして僕は
今も沢山のことを
頻繁に夢に見る。
果たして
それが現実にあった事なのかどうか。
わからないまま、ただただ夢に見る。
――――過去の記憶のようなもの。
『おおきくなったら、またいっしょにいられるかな?』
『うん!ぜったいいっしょにいられるよ!』
小さい頃の自分自身。
目の前には、女の子。
だけどその顔はぼやけていて、はっきりとしない。
僕はその子の手をギュッと握って、『おおきくなったら、ずっといっしょだよ!』と約束した。その子は『うん!やくそく!』と返す。
…これははっきりと覚えている。ずっとずっと、例え何があっても忘れないように、心の中で留めていること。
例え全てを忘れたとしても、覚えていると誓ったもの。
これは、いい思い出。
――――また別の、幼い頃の記憶のようなもの。
自分以外の誰かが泣き叫ぶ声だけが聞こえている。
自分は倒れているのだろう。
目の前には地面だけが映っている。
『はっ!大したことないな!まさかガキだけでいるとは思わなかったがな!』
聞こえてくるのは男の声。何か物騒なことを言っているようだけど、何せ意識がはっきりとしていない。
『だが追ってこられても面倒だ…流石に3人は抱えきれねぇから…あばよ!』
何かが突き刺さる感覚、同時に身体に走る激痛。
これは、悪い思い出。
そして大体この激痛が走ると同時に――――
「!!!!」
同時に、目が覚める。
声にならない悲鳴のような息が漏れる。
「…ぜぇっ、はぁっ…っ!」
また、あの夢を見た。
胸のところがズキズキと痛む感覚がして。
息が切れているのが自覚出来ており、全身から汗が吹き出しているのを感じる。
「…また…?」
ここ最近、同じような夢を繰り返し見ている。
少し前の出来事以来だろうか。
毎日のように、胸の近くを貫かれたような感覚で目が覚める、嫌な夢と、昔約束した思い出の蘇る、懐かしい夢だ。
意識のはっきりした、現実感のある、明晰夢のようなものだけど…明晰夢かって言われたらそれは違うってはっきり言える。
僕の昔の記憶をなぞっているのか、空想の産物か。それはわからない。
…最初のだけ、はっきり覚えている。2年前のこと。今でも鮮明に記憶に残っている。
あれは、夢というよりも昔あったことをなぞるだけの、何かだ。
思えばあの時から、自分の周りが悪い意味で色々変わったんじゃないかってくらいの出来事だった。
「…時間は…間に合うわけないかぁ…」
確実にアラームが鳴ってはいたんだろうけど、眠りが深かったのか全く気付かなかった。
起こしてくれるような身内は、今は誰もいない。つまるところ、一人暮らし状態。
…まぁ、だからと言って急ぐ気にはなれない。
なんなら、学校からの連絡もない。
「…いっか、どうせいてもいなくても変わらないだろうし…遅刻前提で行こ…」
辛い中学生活。登校拒否を考えたほど、辛いもの。だけど、もうすぐそれも終わる。
中学3年生。もうすぐ、卒業。
「…行きたくないなぁ…」
休めるような環境ではないため、重い足を無理矢理動かしながら登校する日常。
もう少しの、辛抱だ。
…そのまま時は流れ、卒業式前日。
その日、僕はとても鮮明なビジョンを寝床の中で垣間見た。
『よう』
何も見えない、真っ暗闇の中。
意識があるかもわからない。そんな中で、誰かが声を掛けてくる。
『廻るのは…100は超えたか?いい加減、この感覚も慣れちまったな…』
声から察するに、男性のようだ。
だけど、彼が何のことを話しているのか、全く理解出来ない。
『そりゃそうだろ。あんだけ廻ったのを見て来たが…初めてだからな、邂逅は』
…?…一体どういう…
『…ま、今はその事は置いておこう。
それよりも、俺が邂逅した、ということは。漸く、鍵が揃った。そういう事だ』
全くもって理解が及ばない。
彼は一体何を言って、何を自分に伝えたいんだ?
『100回以上にも及ぶ輪廻。その中で俺は、ただの一度も、愛する人との非業の別れから逃れることが叶わなかった。
俺はたった一度、奴を拒絶しただけだというのに、奴は俺を許さなかった』
………………彼がそう言うと、断片的にだが、何かが自分の中に流れてくる。
見覚えのある光景と、人々。
知らないのに、知っていて
知っているのに、知らない。
訳の分からない、言葉に出来ない感覚が襲ってくる。
その中でも、とても印象に残ったのは、10の光景。
『何故だ!貴様の誘いに乗らなかったからか!二人で——』
金髪———自分を慕う——
『貴女を生涯お守りすること…叶わず——』
深い緑——朗らかな——
『君が伸ばした手は…俺には——』
淡い緑——いつも冷静な——
『貴女の手に掛かり、命絶えるならば——』
黒い———武人然———
『そんな…どうして…!お前が——』
赤い———小さな——
『ふざけるな!全て終わったじゃ——』
黒い———空手の——
『ん、大丈夫。覚悟はしてた。…君は君で——』
薄紫の———俺の良き——
『…あぁ、星が綺麗だ…君に——』
桃色で———まるで猫の——
『ならば、私を愛してくれた彼女に——』
茶色の———眼鏡が———
『…何故、何故君が殺されなければ——』
黒い———とても——
断片的だが浮かび上がる、合計で10の情景。
そして、それは自分にとって、とても悲しい、別れの瞬間。
「そうか…100回以上の中の10回。ただの一度も…」
『愛する人と、非業の別れからの、バッドエンド、だ』
自分が死ぬか。はたまた、相手が死ぬか。
認識すると同時に、真っ暗だった光景に光が宿る。
ある程度歳を重ね、苦労を重ねた男の顔をした者。
面影しか残っていないが、はっきりと理解出来る。
その男は、自分自身と同じ顔立ちだ。
『分かっただろ?今流れ込んだのが輪廻の集大成だ。
ま、何かの足しにはなったんじゃないか?』
あぁ。
最愛の——青く———笑顔がとても——
『11回目…いや、1回死んじまってるから、12回目か?
それはともかく、皆が揃うとはな…
お前はこの10回の光景を目の当たりにして、どう感じた?
そして、歩みを始める覚悟は出来たか?』
あぁ。
「覚悟…いや違う。過去と輪廻の集大成に誓う」
意を決して、拳を前に突き出し、言葉を紡ぐ。
「今度こそ幸せを紡いでみせる。自分も、みんなも。
あんな思いは、させてたまるかよ…!」
だから、俺は…
「男らしく、沢山の涙を見るくらいならば。
俺は、俺は全てを――――――」
夢の中の決意表明。さぁ、今から始めよう。
女神を拒絶し
女神から愛に引き離された男
100回以上を生まれ変わり
数千年にも及んだ輪廻の果て
彼を愛した11人の女のため
自分を彼女を幸せに導くそのために
輪廻を切り裂き過去を越え
大好きな人達と共に歩むため
『俺の、お前の物語に、負けヒロインなんざいねぇんだ』
この物語の主人公、天田 康治
因縁が因縁を呼ぶ、彼が幸せを得るための長い長い物語。
全ての糸が絡み合い、物語が始まるその瞬間。
まずはその時へと、向かうとしようか———




