海賊の親玉は、大嵐を冠する
甲板に向かったメンバーと二手に分かれてからしばらく。俺たちが船内を回っていると、客室の中から悲鳴が聞こえてくる。
「なっ…!既に客室まで潜り込んでいたか!」
内部班のリーダーとなったバリー兄が扉を開けると、人質に取られたであろう子供が、首に斧を突きつけられている。
「へっへっへ…」
「真菜、斧を撃ちぬけるか?」
「…揺れがすごくて正直弓じゃ厳しいかな…!」
バリー兄は冷静に真菜に問うが、正直揺れが激しすぎて真菜じゃなくとも海賊の斧を撃ちぬき、無力化するのは難しいだろう。
「…だろうな。たとえ銃を使ったとしても照準は難しいだろうよ。レーザーサイトでもあれば別だが…こいつにんなもん…」
「魔術での無力化も考えたけど、この揺れじゃコントロールも術式を描くのも安定しないわ…っ!さっきの康治みたいな至近距離で当てるようにしないと無理よこれ…」
揺れが激しいせいか、銃や弓なんかでピンポイントを狙い撃つのはかなり至難の業だというのが3人の態度から伺える。
事実、バリー兄はハンドガンのような、小型の銃を握っており、現在優先しているのは至近距離の取り回しである。
「へっへっへ…さすがの聖戦士もこの揺れと人質じゃあ手が出せないか…」
「ククク…」
見渡してみると、どこか不敵な笑みを浮かべた男が奥に一人。巨躯ではあるものの、どこか知的な風貌である。
それ以外は、子供を人質にしているやつが一人と…あまり生気を感じない、不気味な男達が数人。
「いやぁ、これだから嵐の中を襲撃するのはやめられない…ここまで我々の思うがままにことが運ぶのだからねぇ…」
「へっへっへ、親分の言う通りでさぁ!」
人質を取っている海賊が、下卑た笑みを浮かべる。俺はその笑みにひどい嫌悪感のみを覚えた。
「10年以上前にもこういう状況があったが、あの時はガキを海に落としたらギャーギャーわめきながら溺れてなぁ…それを助けるためにクソジジイが海の中に飛び込みやがってよぉ…」
「…あ?」
下卑た顔を浮かべた海賊が、さらに醜悪な笑みを浮かべながら語りだす。
「あの時は傑作だったぜぇ!まぁあの時も聖戦士相手だから逃げちまったけどよぉ!もう生きてねぇんじゃねぇか?あのガキとジジイはよぉ!」
「…この…下郎が…ぶち抜かれ―――」
「おい」
バリー兄が怒声を上げるよりも早く、俺は立ち上がっていた。
「あ?なんだてめぇ?動くとこいつの命はねぇぞ?」
「そうか…てめぇが…てめぇがあの時。…俺を落としてくれやがったんだな…?」
俺は、沸々と湧き上がるドス黒い感情と明確な怒り。その二つの感情で、もはや船酔いも忘れている。一歩、また一歩と歩みを進め、力を込めると瞬時に下卑た海賊の前へ。そして、斧を掴んでいた腕を捻り上げ、そのまま力を込める。
「ぐあっ!」
「…あれは…縮地か!あいつ、いつの間に覚えたんだよ…!」
斧を落とした海賊。ティアナに目配せをすると、サッとこちらにやってきて、子供を救出する。
俺はそのまま、さらに腕に力を込める。…折らない程度に。
「てめぇが海に落としたガキとやら。それが今ここでてめぇの腕を握っている奴だとしたら…?」
「なっ…!生きてやがったのか!」
「その通りだ。……おい海賊ども!」
俺は沸々と湧き上がる感情をどうにか抑え、海賊達へ呼びかける。
俺の言葉を聞き、不敵な笑みの男がピクリと眉を動かす。そのほかの海賊は、なにか様子がおかしい。
「もう逃げ場はねぇぞ。ここには聖戦士がそろっている!おとなしくお縄に付きやがれ!」
「…ククク…」
不敵な笑みの男は、顔を抑えて高らかに笑いだす。
その顔は、とても強い愉悦を感じると一目見てわかるものだ。明らかに余裕がある。
「カーッカッカッカッカ!これで我々を拘束したつもりですか!」
そう言うと、指を鳴らす。すると、一部の海賊たちの体が溶けだし、強い腐臭を漂わせる。俺が腕をつかんでいるやつは、そのままだが…
「なっ…フレッシュゴーレムか!」
フレッシュゴーレム。
死体の肉を使って創り出された人工生物。主な材料が人の屍肉なため、製造のための術式は命の属性の禁術になっている。
残った海賊達が特に反応を示さないところを見る限り、奴らにとってフレッシュゴーレムは当たり前に使用しているものらしい。
因みに「死体を使ったゴーレム」のため、腐敗臭が恐ろしい。
その臭いを自覚すると同時に、忘れかけていた船酔いの感覚が、一気に戻ってくるのを感じる。
「ご明察。今回はあくまで聖戦士達の実力を図るための様子見よ…まぁ、そこの人間以下の男は手土産です。存分にいたぶりなさい」
「…てめぇ」
「ククク…甲板では今頃サハギンたちが大暴れしてる頃でしょう。…さぁ、嵐よ!この船を揺らしなさい!」
甲板がかなり騒がしいのはそのためだろう。状況はかなり不利みたいだ。
同時に、船が大きく揺れ出す。…ぐっ、やばい…
「無理しないでください!拘束は私がやりますから!」
「私も手伝うから、ほら早く下がって!」
海賊の腕を離しかけたが、フェミリィがフォローしてくれた。海賊の腹を殴打し、気絶させ、ルルリアが縄で腕を結ぶ。
「ありがとうフェミリィ…流石に…この揺れは…」
「…私もギリギリです。ルルがフォローしてくれたから何とか…!」
「なーに、二人ならこのくらい大丈夫よ。康治の因縁の相手なんでしょ?」
そのほかのメンバーは不敵な笑みの海賊に近づこうとしたが、揺れが先ほどと比べてかなり大きく歩くことすら難しい様子だ。
船が転覆してしまうんじゃないかってくらいの揺れと、打ちつける波音、雨風がかなり激しい。
乗客のフォローをしているみんなも、足元が覚束ない様子で、何度か壁に激突している。
一方で、不敵な笑みの海賊は、揺れを物ともしていない。
…そう、まるで、その部分だけ、揺れなんて全く存在しないかのような。
「では、我々はここで。状況は有利とはいえ、聖戦士がほぼ揃っている状況では、流石に逆転されてしまいそうです。奪うものは既に奪いましたし、長居は無用でしょう」
「…おい、お前。名は?」
バリー兄が不敵な笑みの海賊に問う。
「では、今後もお会いするでありましょう、若き聖戦士達に敬意を示して、私の名を教えてあげましょう。【マリク・テンペスト】それが、私の名です」
「…テンペスト?それに、マリクって…」
「それでは、ごきげんよう」
千春がどこか怪訝な顔をして反応する。その直後、風に包まれるようにしてマリクは消え去る。同時に、今までこの辺りを覆っていたであろう大嵐が、忽然と消え、穏やかな海域になった。
意識を失った海賊達を連れて行くことはなかったと言うことは、こいつらは捨て駒に過ぎないということか。兵士に差し出したところで碌な情報なんかないだろうし…
「…ごめん、限界…ぐぅぇっ…」
「あぁっ!?康治!?」
突然嵐が去り、緊張と不安の糸が切れてしまった俺は、そのまま床に突っ伏した。
船酔いの感覚が完全に戻ってきて、俺はそのまま意識を失った。




