魔法の世界へ、降り立って
俺たちはマキュ姉先導の下結界を抜け、ヴァッサーの町へ。
そこでは他の聖戦士達…フェイト兄を中心とした成人組と、あの場にいなかった人間達が待っていた。
「あ、きたきたー!」
無邪気に手を振っているのは、妖精族のルーファ。ヴァルハイムに向かうということで、案内役を兼ねて里帰りするということで今回同行することに。迎えに行ったのはフェイト兄。
聖戦士最年少のエルこと、エルフィも一緒に来ている。
アル姉曰く「聖戦士としての活動をそろそろ見せておきたい」からだそうだ。
一人、雷の聖戦士は不在だが、それ以外の面々は勢揃いだ。
「…ねぇ、雷の聖戦士?が不在な理由って?」
「三奈の疑問は尤もだな…不在な理由は職業上の理由。ちょっと特殊な職業就いてるし、19歳で成人したてだから忙しいんだ」
「…こっちの成人は18歳なんだ?」
「世界で共通の法律上では、そうだな。酒の解禁は20歳だけど」
「へぇ…因みにどんな仕事?」
「探偵。…今資格取得のために色々やってるみたいで、合流は難しいみたいなんだ」
「色々説明したいのは山々だけど世間話はほどほどにね。割とスケジュール詰まってるの。
こっからまずは列車で聖都に行って、聖都の港からそのまま船に乗って一旦メルカトゥーラに向かうよ。そこからはまた列車に乗ってヴァルハイム近郊の町まで行く感じだね」
俺はマキュ姉の言葉に一抹の不安を覚える。
「船、か…」
「にぃさま…」
「…お兄ちゃん」
船に乗る、と言うことで不安になっている俺を見て、流奈と由衣が声をかけてくる。
「さすがに、隠しきれないよね」
「だな。多分俺はダウンしてるだろうから、二人で説明をしてくれるか?」
「うん、わかった」
俺は船に弱い。先ほど、薬が必要だと言ったが、要は船酔い+αの薬だ。
すぐに船酔いするのもそうだが、原因自体は他にもある。その辺りの説明は、俺の妹たちに任せようと思う。あまり自分で話したいことでもないし。
「…康治、どうかしたの?ちょっと顔色が悪いわよ?」
今俺に話しかけてきたのが【ティリア・ハイレン】
ティアナの姉であり、俺たち若手の姉貴分。
昨日は色々と準備があったらしく、同調の時には不在だった。ルルリアと一緒に連携して準備をしてたらしい。
ティリア…俺はリア姉って呼んでる。彼女は「薬学の知識がマスター」なため、ほとんど医者のようなもの。
そのため、俺の顔色が悪いことも一瞬で見抜いたようだ。
「大丈夫…じゃないかな。…じきにわかると思うよ」
「…あまり無理はしないようにしなさいよ。何かあったら私やティアナがいるから」
その後俺たちは滞りなく列車に乗り、聖都へ。…前もだったが列車に乗ると千春がグロッキー。列車に弱いんだろうな。
「…前にあまりしゃべらなかったのはこれのせいよ…この、列車独特の揺れが…うぇっぷっ…話しかけないで…」
聖都グロウ。
ここ、聖都グロウは海に面している、俺たちの住む大陸のグロウ・テーレで一番の都だ。
世界中に向けて船が出ており、いわば大陸の玄関口としての役割を備えている。
それぞれの聖戦士の領地に向けて鉄道も伸びている。前回の会合では一旦聖都に集まり、そこから鉄道でやってきた。
貿易都市としての顔もあり、世界中から行商人が集まっている。これは風の聖戦士の分野で、貿易の管理は風の聖戦士の役目だ。領地はすぐ近く。
聖戦士の領地で栽培された野菜や果物なんかを世界中に輸出している。その逆、輸入ももちろん然り。
そして、聖都の中心にそびえ立つのが聖王城。聖都の守りを固めるために要塞の役割を備えており、「現在の歴史上において」陥落したという記録はない。
その聖王城に住まい、聖都を治めているのが聖王。俺たち聖戦士は聖王様と呼んでいる。
聖王様は、「来るもの拒まず、去る者追わず」を信条に掲げ、色々な人間の謁見を許可している。特に制限は設けられておらず、ありとあらゆる人間が聖王に合うことを許されている。
それ故に、一度テロ組織から襲撃を受けてしまった。しかし、聖王様は「剣一振りで撃退した」と、世間では言われている。それはあながち間違いではない。
なぜなら、俺もその場にいたからはっきりと覚えている。その時は俺のじいちゃんが聖王様に剣聖一刀流を教えるために、俺を訓練相手として連れていったからだ。
父さんは剣術が達者な人間じゃないし、流奈と由衣はそれぞれ用事があったから、俺が選ばれた。勿論、役者不足だと思っていた。実際、ボッコボコにされたし。
聖王様は、慈愛に溢れる人間ではある。が、こと訓練になると全く容赦してくれない。
そんな聖王様は、世界でも5本の指に入るほどの実力を持っている。故に、聖王様一人でもテロ組織を撃退できたのだ。
「今回は、聖王様には謁見しないで行く方向で行くよ」
「ほぅほぅ?それはつまり私には謁見する価値がないということかな?」
「ひぁっ!?」
マキュ姉の言葉に反応する、どこか厳格そうな、それでいて優しさを感じさせる声。
「せ、聖王様!?」
『えぇっ!?』
聖戦士の関係者は即座に膝をつくが、それ以外のメンバーはただ呆気に取られていた。
「よいよい!面を上げい!私かてお忍びで都を回っているようなものだからな!」
聖王様の言葉に、俺たちは顔を上げ、スッと立ち上がる。
「えっと、お忍びで都を回っているということは、城は一体だれが…?」
「城はレオールに任せとる。なぁに、次代の聖王なら謁見くらいこなしてもらわんとな!」
聖王様は意外と豪胆。聖戦士以外はどこか委縮しているようだ。まぁ、一国の王が目の前にいるからな。
そして聖王様が出したレオールという名前が、聖王様の息子【レオール・フォルス・グロウ】である。
「…あの時見たのと全然違う」
ルーファの言うあの時というのは、同調の準備のためヴァッサー領地へ出向いたときのことだろう。
その時、聖王様に謁見する用事があってついでにこの聖都に訪れたんだ。
少し前に禁止魔装具があっただろ? ルーファはあの禁止魔装具の解説役として同行してもらったんだ。
…もっとも、俺たちはその禁止魔装具の正体がかなりヤバい代物だったと言うのを聞かされた。その話は、まぁ来るべき時が来たらで。
謁見の時はかなり王らしい服装で、威厳に溢れるものだった。しかし今の服装は、完全に和装。侍と言われたらまさにそうだろうと言える。
「ふむ、見た感じ同調の儀式はうまくいったみたいだな。現実世界の人間も一人おるようだ。私が現在聖都グロウを治めている、聖王と呼ばれている者だ。名はバルド。【バルド・フォルス・グロウ】だ」
俺たちをさっと見ただけで同調の儀式をしたことがわかってしまったようだ。聖王様は観察眼にも優れている。世界で有数の実力者と言われる所以の一つだ。
フォルスというのは、初代の聖王の名で、代々男性の聖王の血族にはフォルスのミドルネームが与えられる。女性は、次代の聖王、フィリアがミドルネームである。
聖王は、代々男性がその座に就くのではなく、もちろん女性もいた。聖戦士も同じ。今代の聖戦士は約半数が女性。氷、闇、雷、命の聖戦士が女性だ。
「あの、聖王様?そろそろ船の時間が近づいてますので…」
「むぅ?そうか」
そう言って、聖王様は踵を返す…が、立ち止まりこちらに振り向く。
「そうだ、お主らヴァルハイムへ向かうのだろう?それならうちの娘を同行させてはくれんか?」
「…そう言うと思って、既に手は打ってあります」
「ぬぅ?」
「あ、いたいたー!」
遠くから聞こえる、明るい声。その声の主は、銀色の髪を後ろで束ねた、動きやすそうな服装に身を包んでいる一人の少女。
彼女が、聖王の娘【リアーナ・フィリア・グロウ】だ。
「あれ、父上?謁見の間にいるのが兄上だからもしかしてーとは思ったけど、みんなにコンタクト取ってたの?」
「…まぁ、そんなところだ」
「ふぅん、まぁどうでもいいや。兄上がなかなか困ってたからそろそろ戻ってほしいなーとは思ってたけど」
聖王様をなかなか雑に扱うリアーナ。世界広しといえども、聖王様に対してこのような態度を取れるのはリアーナのみだろう。
「さて、知らない顔もいるみたいだし、改めて自己紹介するね。
私はリアーナ・フィリア・グロウ。一応、聖王の娘です。そのうち如月学園にお世話になると思うので、よろしくお願いします、先輩!」
そう言って頭を下げるリアーナ。
「えっと、私特別扱いされるのあんまり好きじゃないの。だから、普通に後輩として接してほしいな」
こちらは主に三奈やルーファに向けた言葉だろう。
「…まぁ、というわけです。聖王様が反対しなければ、しかるべき教育を受けた後に如月の中等部に編入させたいとは思いますが、どうでしょうか」
「成程な。相変わらずフェイトは手際がいい。反対する理由もないからな、私はリアーナの学園入学を許可しよう」
「やった!ありがと父上!」
そう言うと、リアーナは流奈に近づいて両手を握る。
「これで一緒の学園に通えるね、流奈!」
「うん!」
流奈とリアーナは、歳が同じということで何かウマが合ったのか、親友とも呼べる関係だ。
たまーにお忍びでうちに遊びに来たりするため、俺や警備兵、町の自警団たちは来る度に大慌て。そういうところは親子なんだなーって思う。
「さてと、そろそろ船の時間も来るだろう。私からは、向こうの世界で有名な一つの言葉を贈らせてもらう。
「少年少女よ、大志を抱け!」きっとこの先大きな壁が立ちふさがろう!だがお主らならきっと立ち向かい、壁を乗り越えられることを信じておる!」
そして大仰に手を前にやり、俺たちに向かって言う。
「さぁ行け!世界がお前たちを待っているぞ!」
そう言うと「はーっはっは!」と笑いながら去っていく。
勿論、周りはざわついている。「聖王様が…」「さすが聖王様…」「いつものことでしょ…」といった野次馬の声が聞こえてくる。お忍びで外に出たんじゃなかったのかね。
「…それじゃ、ちょっと予定外に時間食ったけど、行きましょ。メルカトゥーラ行きの船はもう来てるはずだよ」
そういうマキュ姉に先導され、俺たちは港へ。
そこから、俺たちは特に何か起こるわけでもなく、グロウ‐メルカ間の定期船へと乗り込む。
…が、俺の問題はここからだ。
「うぅ…」
「…船が出発しただけで酔うとか、どんだけあんた弱いのよ」
「…悪い…」
俺は船が出発すると同時に、船酔いを起こした。
これが俺の最大ともいえる弱点だ。俺は船に極端に弱い。
理由はあるんだが…これは俺の口からは語りたくない。いい思い出じゃないし、何より思い出すのが辛い。
「とりあえず、ミーティングはこの部屋でやるわ。あんたが聞き逃さないためにもね」
「ありがと、リア姉…」
「それじゃ、みんなを呼んでくるわね。真菜、流奈、由衣も。康治をちゃんと看ててあげなさいよ?」
「うん、わかった。出来るだけ早く戻ってきてね?」
リア姉は俺たちを残して船室を出る。
「…ね、本当に大丈夫なの?」
「…正直大丈夫じゃない。結構やばい」
「無理もないかな…真菜ねぇさまは知ってるでしょ?にぃさまのトラウマ」
「うん、本人から聞いたし、なにより事件についてはかなり話題になったからね」
真菜には俺の船酔いの理由は教えてある。…話している途中でトラウマが蘇って吐きそうになったけども、真菜が優しく抱きしめてくれたから何とか耐えられたってのもある。
それからしばらく。リア姉が呼んだため、全員が俺のいる船室へと集う。若干狭いけど、まぁ仕方ないとは思いたい。
「…さっき船員に聞いたんだけど、少ししたら嵐に見舞われる可能性があるみたい。だから、全員武器の準備は怠らないようにしなさい」
「あの、なんで武器の準備を?なにか嵐と関係があるのですか?」
マキュ姉の言葉に、三奈が質問する。マキュ姉は少し考えた後、口を開いた。
「そうね、あまり船に乗らない子たちは知らないと思うけども…この辺りには、嵐に紛れて略奪を行う、通称大嵐海賊団が出没するの」
「…っ!」
「大嵐海賊団…」
その言葉を聞いて、俺は若干恐怖がにじみ出る。そして、大きく揺れ出す船内。俺はその瞬間、全身から冷や汗が吹き出し、耐えがたい恐怖に身を包まれてしまう。
身体が硬直し、震えが止まらない。視界がぐにゃりと歪む感覚がし、頭の中が真っ白になってしまった。
「っぁ…」




