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手がかりへ

「鳥が喋ってはおかしい?」


模様のない真っ青な鳥は嘴を開いて厳粛に問う。

その声は性別を意識させない中性的なもので、追及するような口調だった。


「いや、おかしくはない。ケルベロスが喋るんだ。あり得ないことはない……」


冷静に、心の内をそのまま言葉にしたエルディーテは、しかし怪訝な顔つきのまま鳥を見た。


「君は冥界の存在なのか?」


自分が今見ているものが何か確かめようとした問いだった。


しかし鳥はエルディーテに応えることはなく、ぐるりと身体の周囲を旋回すると肩に留まり囁いた。


「挑戦者よ、ケルベロスは信用しない方がいい」


「それはどういう意味だ……」


肩口に移る視線は無意識に鋭くなり、眉間に皺が集まる。


しかし鳥は煙の如く消えてしまった。





「――何かいいものは見つかったか?」


突如、扉の外で声が響いた。

ハッとしてエルディーテは最初に入ってきた扉を見る。


あの声は外に居るケルベロスのものだ。


邸を出たエルディーテはケルベロスを見上げた。


「貴族の屋敷のような場所だった。中は変な扉がいくつもあったが……この邸は一体なんだ?」


「協力すると言っただろう。お前を助けるためのものだ」


ケルベロスは六つの眼はエルディーテをじっと捉えたあと言った。


「……ここに居ると寿命を縮める。だがあの邸に中に居れば少しはマシだ。俺を寝かしつける妙案でも思いついたら出てきて試せばいい」


「ありがたい申し出だが、悠長なことをするつもりはない。それに妙な青い鳥が居た。あれはなんだ?」


体感ではとても命を削られている感覚はなかった。

実際、感じさせるものではないのかもしれない。


だがエルディーテは己の命よりもサフィアの魂がいつまで留まっているかが重要だ。


寿命が縮まるという審議を確認することよりも関心があったのは先ほどの鳥のほうだった。


だがケルベロスは視線を眇めて問い返す。


「鳥?そんなものは覚えていないな。お前が作り出したのでは?なんでもあると言っただろう。強く望んだものが現れる。ただし幻だがな」


ケルベロスを信用するなと告げて消えた鳥の言葉を信じたわけではなかったが、しかし冷気が漂う薄ら寒いこの無機質な冥界で喋る存在というのはけして軽んじることはできない。


――あの鳥は幻だったのだろうか。


そんな疑問が胸に落ちた。


弟のディアンから死者の復活の噂を聞いてからずっと、何を信じるか試され続けている。


鳥の言葉、ケルベロスの言葉、二つは相反している。

試練を達成するためには、何が本当なのか見極めなければならない。


エルディーテは暫く思案したのち、ケルベロスに問いかけた。


「あの邸にお前を眠らせるためのものを望めば、それが出てくると取っていいのか?」


「なるほど。面白いな」


ケルベロスは小さな欠伸を零したのち歯列を覗かせる。


「だが俺自身どうすれば眠れるかは分からない。試したいならやってみればいい」


「……分かった」


協力するという意思が本当ならば、邸はエルディーテに何らかのヒントを与えるはずだ。


ケルベロスの善意が本物か確かめるためエルディーテは再び鎧を身に着け剣を取った。


さきほどの鳥といい、何が出てくるかは分からない。




「私の望みは、サフィア様を連れ帰ること。そのためにケルベロスの試練を達成するための手がかりが欲しい」



心で願った事を口にして、扉の取っ手を持ち捻る。


そして再び邸に踏み入れるべく進もうとしたその時。


突如、足元が抜けた。


ぐらりと身体が傾いて、魂が抜けるのではないかと錯覚するような落下の感覚に肌が栗立つ。


「なっ……!!?」


真っ逆さまに落ちて行く。


「エルディーテ、何があった」


扉は開きっぱなしの扉から零れる青白い淡い光と共に、遠くの方でケルベロスの声が聞こえた。


しかし光はどんどん遠くなってゆく。


続く急速な落下の気持ち悪さに耐えきれずエルディーテは苦し気に瞼を閉じた。



ーーーーそして、気付くとエルディーテは同じ邸に居た。


落下したのが嘘だったように衝撃もなく、絨毯の感触を掌に感じながら床に張り付いていた。


ぐらぐらと酔いの回った頭が重く眼を細めて見渡すと、初めに見た景色と少しだけ異なっていることに気付く。


扉の数が違う。

それに、歪な形だったものが一般的に目にする形で存在していた。


困惑するエルディーテは唇を僅かに震わせ吐息を零す。


すると突如、騒がしい足音と共に、直ぐ傍を少年が走り抜けた。

身なりの整った緋色の髪の少年だった。


「兄さん、待ってよ!」


その彼を呼び止めるように、違う方から声があどけない響く。


聞こえてきたのは玄関の広間に繋がる緩やかな階段からで、口ぶりからして少年の弟だと分かる。


エルディーテには目もくれず、階段に手をかけながら兄を追うため降りている。


「急げよオルディス!」


「分かってるよ!」


すると今度は、二人の兄弟を窘めるような高い声が響いた。


「二人とも、焦っては駄目よ。転んでしまうわ」


女性がひとり赤子を抱いて階段の上から二人に声を掛けたのだ。


この人物もまた、エルディーテを認識していない。


「だって生まれるんだよ!?馬の出産は早いって父様が言ったし……よしオルディス、行くぞ!」


「うん!」


兄の方が降りてきた弟を見て玄関の扉を開く。


――誰にも私が見えてない?一体ここはどこなんだ。まさかこれが手掛かりだと?


吐き気を感じながら立ち上がり邸を見渡したあと、エルディーテは開かれたままの扉を見た。


なぜか無性に焦燥感に駆られ、その足は少年たちを追う。


冥界の入口とは違う、明らかに自然の光を感じる。

そこへ行こうと歩み、エルディーテは扉を跨ぐ。


すると再び足元が抜けた。


また落ちて行く。

先ほどと同じように落下してゆき、そして次に見えたのは見慣れた景色だった。




そこは、帝国貴族騎士団の訓練塔だった。


今度はずっとそこに居たような錯覚に陥りそうなほど自然に、エルディーテは立っていた。


「――大丈夫ですか?」


後ろから声を掛けられ咄嗟に振り返ると、緋色の髪の男が居た。


顔を見れば歳は十代後半といったところか、若そうな青年だが知的な雰囲気を漂わせている。


エルディーテが固まっていると青年は双眸を大きく二度瞬いたのち、眉尻を下げる。

その反対に形良い唇を持ち上げ、端正な造りの切れ長の瞳が和らいだ。


「驚かせましたね。すみません、ずっと立ち止まったままだったもので気になって。……あなたも入団試験を受けるのですか?」


「……入団試験?」


丁寧な物腰で問われ、ようやく唇を開くと掠れた声が出た。


「えぇ、帝国騎士団の。そのために来たのでは?」


「あぁ……」


帝国騎士団の入団試験、ここはその現場というのか。

自ずと視線は青年の周囲に移る。


エルディーテの勤め先でもある帝国騎士団とまったく同じ造りだ。


幻覚を見ているにしてもやけに現実的だった。


「私はオルディス・スナイプです。お互い健闘を祈りましょう」


エルディーテの知る内部の様子と酷似する場所へ落ちてきたことにますます困惑していると、青年は爽やかに告げ去ってゆく。


――オルディス?


一方的に名乗られた名前に既視感を覚え、エルディーテは振り返った。


最初の落下の時に見た少年の名と同じだ。


――まさか手がかりはオルディスなのか?


俄かに信じがたいが、エルディーテは先ほど試練を達成するための手がかりが欲しいと望んだ。


そのあとに落ちた場所で共通する名に引っかかるものがある。


それだけでオルディスが手掛かりとは決めつけられないが、なにか法則的なものを見つける必要がある。


仮説を立て、エルディーテはオルディスの後を追うことにした。


付いていけば何かが別の発見があるかもしれない。


石造りの建物の内部には多くの人間が集まっている。


少し離れた場所からオルディスの様子を窺っていると、受付けらしき場所にたどり着きサインをしている姿を見つけた。


おそらくは入団試験の登録だろう。


帝国貴族の長男次男は爵位を継ぐために領地経営や補佐などに収まるが、三男以下は帝国騎士団に所属する者が一般的だ。


通常は一般騎士、平民でも裕福な家は入団することが出来るが従騎士から始まり基本的に出世することは叶わない。


ここでいう入団試験とは、貴族に限って行われるものであり、結果をもとに上層部が士官候補生として有望な人材に目星をつけるという習わしがある。


とはいえ殆ど爵位が影響するため、実際のところはただの儀式的なものに過ぎないのだが。


「――オルディス。やはりお前も今年が入団試験か」


オルディスに声を掛ける男がいた。

彼はその背後に二人ほど侍らせている。


エルディーテは度々このような図を見る機会があった。


自分より下位の貴族を侍らせて尊厳を保とうとする騎士は必ずいるのだ。


エルディーテが眉を顰め彼らのやり取りを見守っていると、オルディスは静かに男に視線を向ける。


「レイヴン殿。今日はよろしくお願いいたします」


形式的に返事をする姿に、はっとした。


――まさか、あのレイヴンか?


聞き覚えのある姓だったのだ。


レニー・レイヴン、サフィア王女を襲った副団長をその地位に推薦した帝国騎士団団長の姓と同じだった。



「あまり気合いれる必要はないぞ。入団した暁にはお前を取り巻きに入れてやる、光栄に思え」


不遜な物言いをするレイヴンという男が団長と同じ家のものなら、彼は公爵家の人間だ。


「結構です」


「なに?」


「剣技を磨く時間が惜しいので。では私はこれで」


レイヴンに声を掛けられたオルディスだが、手短に答えるとその場を後にする。


エルディーテに声を掛けた時とは違う、どこか冷たさを感じさせる声音で、その響きはなんとなく聞き覚えがあるような気がした。


「なんだあいつ、普通喜ぶべきだろうが……――そうだ。いい事を思いついた、お前の兄は確か小隊長だったよな?」


レイヴンは不満げに漏らしたあと、侍らせていた男に視線を向け口端を歪める。


「あいつが使う剣に細工しろ」


明かに不正をさせる発言だった。

しかしこのようなことは日常茶飯事だ。


エルディーテは彼らがどうするつもりなのか静かに様子を窺った。


このままオルディスを追うよりもレイヴンの動向が気になったのだ。


「……え。これからですか?試験はまもなく始まるはずでは……」


「だからなんだ?時間がないならさっさと行けよ」


動揺する男に命令するレイヴンは自分の主張が通って当たり前だと思っている。


言い淀んだ男は肩を跳ねさせ、それから周囲を気にしながら足早に移動しはじめる。


そちらを追うべく、エルディーテもまた気配を殺しながら追随した。


そして男は会場の扉を開けそっと抜けた。

一体どんな細工をするつもりなのだろう。


オルディスに再び接触するためにも、有益な情報を得ていたい。


そんな思いで扉を開く。


しかし扉から出た先は、帝国騎士団の通路ではなく、人が賑わうマーケットだった。

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