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追放処分

エルディーテが次に目にしたのは、祝賀会で沸き立つ騎士らの姿だった。


宿舎の食堂に集う彼らの多くが酒に酔っており、エールを手に語り合っている。


エルディーテの姿は相変わらず、というべきか、前回オルディスと会話出来た時と違って視認されていなかった。


語らう騎士らの中にオルディスが居ないか見渡していると、人が多く集まる場所に彼は居た。


春の夜会で目にした時よりも顔の肉付きが薄くなっており、身体の方は骨格の良さを強調する筋肉や厚みのある胸板が騎士服の上からも伺える。


その逞しく成長した姿にあれらかまた数年が経過しているのだと気付いた。


年数と苦労を重ねたからだろうか雰囲気が違う。


騎士団に入った時のオルディスと比べると正義感溢れる利発な青年といった気配は完全に消失して精悍さが際立っている。


「もう少し足掻いてみる」


あの時そう言ったオルディスの人生は少しは好転したのだろうか。


夜会では随分と憔悴していたため、他の騎士らに囲まれて笑っている姿を目にするとほっとする。


彼らの会話の内容からすると、前日に褒章式があったらしい。


食堂でオルディスは英雄と祭り上げられていた。


功績の証として特別な意匠が施された剣を授かったようで同期の騎士らが羨んでいる。


オルディスの腕章は一般騎士を示すものだが、剣を授かるというのだからさぞ素晴らしい功績を収めたのだろう。


賑やかな声に耳を傾けてみると、オルディスが英雄と称えられたのは、隣国シルフィードの師団の護衛任務の功績によるものだった。


リシア帝国で行われた協定会議の帰路、国境の関所までの護衛任務を仰せつかったオルディスら数名の騎士が賊を討ったという。その時の形勢は不利な条件が多く揃っており、本来ならば死者が出てもおかしくなかった。


しかしオルディスの指揮により、師団の人間はもちろん、護衛の人間からも死者を出すことなく制圧に成功したという。


その話を聞いて、やはりオルディスはすごい人間なのだとエルディーテは目を細めると同時に、違和感を覚え眉尻を下げた。


これほど優秀で善良な騎士だというのに彼は自分の時代に存在しないのだ。


やはりレニーによって陥れられるのだろうか。


可能性はいくつか考えられるが、どうしてそれほど執着されているのかが疑問だ。


しかしその答えは意外なところにあった。


「オルディス・スナイプ!本日付けでお前をリシア帝国騎士団から追放する!」


突如としてレニー・レイヴンが現れ、令状を手に声高らかに言い放ったのだ。


レニーの腕には副団長を示す腕章があった。彼は早々と昇進していたようだ。


背後に佇むのは宰相であるエルディーテの父ユーク・グラウスと当時の騎士団長の姿だ。


それを見てエルディーテは動揺した。


どうして父がここに居るのだろう。


一方で不穏な雰囲気に警戒し、彼らの動向を窺うべくオルディスの背に周りレニー達を見る。


食堂に集う他の騎士らの視線もレニーらに釘付けとなっていて、しんと静まり返っていた。


皆の注目のなか、レニーはずかずかと一直線にオルディスの前に赴く。


その顔には薄い笑みが浮かんでいた。


「褒章は取り消しだ。その剣は預からせてもらう、お前に相応しくないからな」


レニーがオルディスの前に返せと手を差し出す。その瞬間、父は眉を顰めたが同じく彼らのやり取りを見守る団長は何も言わない。


「理由を聞いてもいいですか?」


オルディスがレニーに胡乱な瞳を向け問うと耳を疑うような発言が向けられた。


「先日のシルフィード師団の護衛任務に起きた襲撃、あれがお前の自作自演であったと判明したからだ」


恍惚としたレニーの瞳からはそれが嘘だと分かる。


しかしその表情はオルディスとエルディーテにしか見えない。


「今度はそうきますか……根拠は?」


「捕縛した賊の一人が吐いた」


レニーの言葉にオルディスは冷静に吐息を溢すと眇めた視線を返す。


そして、その視線はエルディーテの父にも向けられた。


「それなら口裏合わせて好きなように証言させられますよね。私は副団長に嫌われていますし……そうは思いませんか?グラウス様」


団長を差し置いて父に問う姿からするに、この場で取り合ってくれるのは宰相しかいないとオルディスは考えているようだ。


「どうか公平な目でご判断頂ければ」


父はなんと返事をするのだろう。


固唾を飲んで見守っていると、父は難しい顔をした後にレニーとオルディスを見比べ苦々しく告げた。


「残念だが、決定事項だ」


オルディスはその言葉に刮目し言葉を失う。


「ほらな。グラウス様も私が正しいと仰っている」


満足した面持ちのレニーはオルディスを改めて見下ろすと傍らの剣を奪い取ったが、鋭い視線を向け窘めるように父は言った。


「副団長殿。あなたが正しいとは言っていない。まして剣まで取り上げる必要もない。オルディスに返しなさい」


その言葉にレニーの傲慢な表情は消え、瞳が揺れる。


「疑惑と証言が浮上した以上、追求する必要はある。しかし賊の証言以上に何も出てこないだろう。オルディス、スナイプ家が取り潰しにならなかっただけ助かったと思え」


父の言葉はこれまで聞いたことなく冷たかった。


まともな説明がないまま糾弾されたオルディスは今までになく落胆している。


「ユーク様……」


「腐るなよ、オルディス」


父はオルディスに告げると先に食堂を出て行く。


その背中を見届けたレニーは牙を抜かれたようなオルディスを一瞥すると周囲に目を向け命じた。


「誰か、こいつを連れて行け。部屋を撤収させろ」


すぐに立ち上がったのは以前オルディスに助言していた中将の男だ。彼は以前と変わらず同じ色の腕章をつけている。


男はオルディスの腕を取って促し、傍の剣を持つと食堂を後にした。


「……なにもしてやれず、すまん」


身体を支える男は小声で呟いた。きっと彼もまた違和感を覚えた人間なのだろう。


オルディスは無言のまま力なく歩き、部屋に着くと倒れ込むようにベッドへ腰を落とす。


扉を閉めた密室でオルディスは項垂れたまま動かない。その姿を男は苦々しく見つめた。


「オルディス。真偽次第じゃ今回の件は外交問題に発展する……グラウス宰相は国を優先したんだろう」


言葉を選ぶように男は言った。


するとオルディスはしばしの沈黙のあと覇気のない声で返し溜息を零した。


「ーー力になってくれると思ってました……一番弟子だと言ってくれたのに」


「……だとしても足を切るしかないと判断したんだろう。主犯の地位によってはシルフィードに宣戦布告ととられる」


エルディーテは表情を曇らせたまま二人のやり取りを見つめた。


暗に今回の件にレニー・レイヴンが関わっているだろうと憶測する会話は概ね当たっているだろう。


エルディーテが垣間見てきたレニーの執着ならあり得る。そして何より、襲撃の自作自演などオルディスがやるはずがないのだ。


しかし、かと言ってオルディスはレニーを問い詰めるだけの手段がない。


なるほど、とエルディーテは独りごちた。こうしてオルディスは帝国騎士団を追放されたのか。


英雄から一転して糾弾されるこの状況は彼にとって相当に受け入れ難いものだろう。


男が出てゆき荷物をまとめ始めたオルディスの背は力なく、そして少し曲がっていた。


オルディスの荷物は少なかった。


大きめの鞄一つに収まる程度で無駄がない。騎士を解任する通知の紙をぐしゃぐしゃに丸め机に置き、剣を手に部屋の外へと出て行く。


すると扉の外にはレニーが向かいの壁に寄りかかっていた。


無機質な表情のままオルディスは通り過ぎる。しかし呼び止めるかの如くレニーはオルディスの背に向かって名を呼ぶ。


そして嘲笑うようにこう告げた。


「ようやくお前の顔を見なくて済む。ユーク様の弟子は俺だけでいい」

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