第15話 部屋が足りない? ならば、5LDK領主館を増築してみよう
「ご主人様、お洋服はどこにしまうですか?」
「ああ、ロネ。服は二階のウォークインクローゼットがけっこう空いてるから、そこを使ってくれ。ハンガーもたくさんかかってるから好きに掛けていいぞ」
「はいです! ご主人様! ダッシュでやるです!」
ちっこいメイドのロネが両手いっぱいにアクシラのドレスを抱え、まるで冬眠前のリスのように廊下をパタパタと走り回っている。小さな身体で一生懸命に衣服を馬車から二階へと運び込む姿は、見ていて実に微笑ましい。
「ロネちゃ~ん、あたしも手伝うよ~♪」
「わぁ~リナ先輩! ありがとうなのです!」
我が家の看板メイドであるリナも、すっかりお姉さん気取りでロネの頭を撫でながら楽しそうに作業に加わっている。リナが18歳そしてロネが15歳だったか。年がある程度近いとはいえ、初対面とは思えないスピードで意気投合している。
公爵令嬢のアクシラと執事のセバロ、そしてメイドのロネの三人はこのエド村に正式に滞在することになった。
ただ、この村にはまだ来客を迎えるような来賓用の館なんてないし、旅人が泊まる宿屋の類いすら一軒も存在しない。何しろ一ヶ月前までは、全員が教会の床で雑魚寝していたような限界集落なのだ。
というわけで、いったん俺の住むこの領主館に三人とも同居してもらうことになった。
さて。
まず直面するのが部屋割りの問題である。
俺が完成させたこの領主の館は、間取りとしては5LDKだ。具体的には一階に広々としたリビングダイニングキッチンと、別に一部屋それから風呂とトイレ。二階には四つの部屋とウォークインクローゼットがある。
現状二階の四部屋のうち、三部屋は俺とリナがそれぞれの個室と執務室として使っている。なので部屋割りの算段としては。
アクシラ: 二階の空いている最後の一部屋。
執事のセバロ: 一階にある一部屋。
「う〜ん、じゃあ、ロネの部屋はどうするかな……」
俺が腕を組んでうなると、横からリナが「あ、それなら!」と元気に手を挙げた。
「ブラン様、ロネちゃんはあたしと同じ部屋でいいですよ~~♪ ベッドをもう一つ並べれば全然余裕ですし、夜もお喋りできて楽しそうですし!」
「はいです! リナ先輩と同じお部屋、とっても嬉しいです! 夜更かししてガールズトークするです!」
ガールズトークってなんだ。
二人はすでにキャッキャと盛り上がっており、当人たちがそれでいいと言うなら二階のリナの部屋にロネが同居する形で一件落着……。
―――いや、待てよ。
せっかくこの村の領主館に住むんだ。何もそんな前世の都内賃貸アパートみたいにギリギリスペースを有効活用、みたいな生活をする必要がどこにある?
そして、この村はとにかく敷地が広い。領主館の周辺も全然スペースがある。
「増やせばいいんだよ」
「……増やすとはどういうことでしょう? ブラン様」
ソファでお茶を飲んでいたアクシラが、その陶器のように綺麗な顔を不思議そうに俺へと向けた。相変わらず氷のように整った人形みたいな美しさだ。
「文字通りの意味だよアクシラ。部屋数が足りないなら、部屋数を増やせばいい。つまり増築だ」
「ですが……増築と申しましても、大工の方々を集め、資材を運び、完成させるには数ヶ月は要するかと。すぐさま部屋を用意することなど、不可能では……」
「そこは心配しなくていいぞ」
よ~~し、せっかく増築するなら上に伸ばして三階建てにするよりも、敷地が広いんだから二階建てのまま横に広げるのが良さそうだな。ロネの部屋だけじゃなくて、もう少し部屋数作って……あ、ついでにリビングも今の倍くらいの広さに拡張して、それからあ~して、こ~して、グフフ。
「ふふ、アクシラ様。こうなっちゃうと、もうブラン様は誰にも止められませんよ」
リナがまったくもう~クスクスと笑う。
「……?」
アクシラはますます不可解そうに小首を傾げているが、今の俺はそれどころじゃない。
俺の脳内ですさまじい妄想会議が繰り広げられ。それが完全に固まった瞬間―――【設計図】が発動した。
光の粒子と共に、ピラリと一枚の紙が落ちる。
むくり、ぴょこ。
ぴょこぴょこ。
ぴょこぴょこぴょこ。
「なんか出てきたです! ちっちゃいです! いっぱいです!」
階段から降りてきたロネが、目を限界まで丸くして尻もちをついた。
手のひらサイズの大工小人さんたちである。「ヨイショ、コラショ」と独自のジェスチャーをしながら整列していく。
「これは……なんとも変わった見たこともない系統の魔法ですな、ブラン様」
セバロが銀縁の眼鏡を指で押し上げ、感心したように小人さんたちを観察している。
「ああ、俺が唯一使える魔法【設計図】だよ。この小人さんたちが、俺の描いた図面通りに色々作ってくれるんだ」
一人の小人さんがトテトテと歩いていって、アクシラにペコリと挨拶する。
「……かわいい」
アクシラから声がもれた。
氷の仮面は崩れていないが、その青い瞳が心なしかキュンと輝いているように見える。なんだかんだでアクシラも年相応の女の子だな。
「そういえば、アクシラは何か魔法が使えるのか?」
何気なく俺が問いかけると、小人さんから目を離したアクシラはほんの一瞬だけ何かを躊躇するように間を置いた。
「……はい。わたくしは氷魔法を少しばかり使えます」
その返答を聞いた瞬間、後ろにいたセバロとロネの表情がピクリとわずかに強張ったような気がした。何か複雑な事情でもあるのだろうか。まあ、とくに追及はしないけど。
「なるほど、氷魔法か。俺は主要属性の魔法は習得できなかった。やはりアクシラは凄いんだな」
「いえ……わたくしの魔法など大したことはできません。戦いにも、さほど役には立ちませんし……」
自嘲気味に俯くアクシラ。
そんな過小評価する必要はないと思うけど。
氷魔法か……よし、ならば。俺は追加で出した【設計図】を小人さんたちに手渡した。
さてさて、明日が楽しみだな。
俺が一人脳内ワクワクに酔いしれていると。アクシラが再び口をひらいた。
「あの……ブラン様。リナさんは一体何をしているのでしょう?」
図面を受け取った棟梁らしき小人さんが、小さなヘルメットを叩きながらリナに向かって激しく身振り手振りで何かを伝えている。リナはそれに合わせて「うん、うん、なるほどぉ~」と深く頷いている。
その様子をアクシラが不思議そうに見つめていた。
「ああ、あれは小人さんと会話してるんだよ」
「リナさんは、あの小さな妖精たちの言葉が分かるのですか? それはどのような高度な古代語なのでしょうか? それともなにかしらの文献から習得したのでしょうか?」
わずかに前傾姿勢で、淡々と疑問を口にするアクシラ。
なんとなくこの子の性格が分かってきたような気がする。
分からない事への探求心が強い。
その表情からは読み取りずらいが、ちょっとワクついているような雰囲気がもれている。
「いや、言葉というか感覚的にわかりあってるらしい。小人さんのジェスチャーや表情? あと雰囲気からわかるらしいぞ。すごいだろ俺の専属メイドは」
俺は冗談まじりに、どや!と胸をはってみせた。
「……すごい才能ですね。素晴らしいです。わたくしはあの動きから、何一つ小人さんの意図を読み取れません……センスがありません……」
うお、めちゃくちゃ真面目に落ち込んでる!
アクシラってば、冗談が通じないというか、何でも自分の能力不足に結びつけて真剣に悩んじゃうタイプか。
でもその高い生真面目さはこれからの領地経営において、趣味に暴走しがちの俺にとってはいいブレーキ役になってくれそうでもある。
とりあえず、アクシラに「俺も小人語は、ほぼわからんから大丈夫だ」とフォローをいれておいた。
アクシラとそんなやり取りをしていると、リナがリビングの真ん中でパッと両手を広げて声を張り上げた。
「は~い、みなさ~~ん! 小人さんからの伝言です! 今日の夜は、工事するから一階のリビングには入らないでね。だそうです!」
「わかったリナ。んじゃ今日は早めに夕食を済ませて、それぞれの部屋に入って寝るとするか。アクシラたちも長旅で疲れてるだろうしな」
俺たちはリナが作ってくれた温かいスープとパンで早めの夕食をとり、早々にそれぞれの寝床へと向かう。
夜中、「トントン、カンカン」とリズミカルな工事の音がかすかに響いていたが、俺は心地よい眠りの中に落ちていった。
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